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Sunday, May 24, 2020

無題

【5月24日 記】 時々世の中はいつのまに、どうしてこんなに変わってしまったのか?と思うことがあります。

僕らが大学生になったころ、政治について語れないことはある種の恥でした。最高学府で学ぶ知識人の端くれとして、僕らは政治からエンタテインメントまで、すべてについてなにがしかを語れることが求められました。

教養課程の授業に赤いヘルメットの上級生たちが乱入してきて、「クラス討論会」と称して政治論議をふっかけてきたときに、僕らは一人ひとりがそれにどう答えるかによって、ひとりの人間としての価値を試されている気がしました。

高校時代には政治のことなんて考えたこともなかった僕らは、必死で情報を収集して、必死で考え、必死で議論に参加し、必死で自分の考えをまとめたものです。

それが今ではタレントが「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグでツイートすると、「今までファンだったのに、急に政治のことなんかツイートして失望した」などというリプがつきます。「今まで政治的な発言なんかしたことがなかったのに、違和感がある」などと言われます。

今まで政治的発言をしたことがなかったタレントが初めて政治的発言をしたことは本来祝福すべきことである、と僕は思います。

中には、一旦ツイートしながら削除してしまったタレントもいました。それは炎上したからではなく、自分のタイムラインで賛成派のファンと反対派のファンが言い合いになっているのを見ているのが哀しいから、というまことに情緒的な反応でした。こういうのはとても残念です。

小泉今日子は、今まで選挙には行くけど政治的発言はしないという主義で生きてきたけれど、そんな自分が今の政治を作ってしまった、と毅然と抗議を続けました。井浦新もその先陣を切りました。

結果、法案の国会提出は延期されました。これは8年前の「アラブの春」をめぐって津田大介が名付けた「動員の革命」ではないでしょうか。

一方で、あのときの「動員の革命」に対する絶望感が考察の出発点となっていると受け取れるのが宇野常寛の『遅いインターネット』です。宇野は今回の事態をどう見ているのでしょう? 今回の国会提出延期は、宇野が唱える遅いインターネットでは多分実現しなかった姿だと思います。

ただ、その後に黒川検事長が文春砲にすっぱ抜かれて、多分黒川がそのことを官邸に報告して、それでこの状態では法案を通しても意味がないと断念したのだという見方もできます。そういう見方をすれば動員の革命は幻です。

でも、タレントも文化人ももっと政治に関して語ったほうが良いと僕は思います。今までは松尾貴史とラサール石井みたいな高齢者ばかりが発言していた中で、もう少し若い層が物言うようになってきたのは喜ばしいことだと思います。

そして、彼らの果敢な発言に対してなんでもかんでも悪し様に否定するものではない、と、ここは宇野常寛の遅いインターネットに同調します。

テレビのワイドショーで、自分は詳しく知らないと言いながら、反対派には勉強不足が多いと批判して見せたタレントもいました。

法案反対のツイートをした著名人の名前を集めて「反日リスト」などと称して喜んでいる人もいます。政府に異を唱えることが即「反日」とされるのが僕にはよく分かりません。

twitter での誹謗中傷が木村花を死に追いやったと報道されています。政府に異を唱えることが反日になるのに、タレントに汚い言葉を浴びせるのが許されると考えるのは非常に変なことだと思います。ダルビッシュ有は「有名税」なんてものは嘘だと怒りのツイートをしています。

今、朝日新聞はサヨクと叩かれることが多いですが、僕らが学生の頃には左翼でも右翼でもありませんでした。

左翼は連合赤軍、革マル、中革、あるいはせいぜい日本共産党、日本社会党止まりで、右翼は数々の極右の団体、三島由紀夫、児玉誉士夫、あるいはせいぜい自由民主党の右派止まりでした。

朝日新聞はそのどちらでもなく、それは知識人の論壇とみなされていたように思います。僕は特に父親が中小企業を経営していた関係でずっと産経新聞を取っていた(父親は産経は中小企業の味方だと思い込んでいた)ので、早くひとりぐらしをして朝日新聞を取りたいと、ずっと憧れてきました。

村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』では、主人公の「僕」は、屋外の土の上に朝日新聞を敷いて生まれてはじめてのセックスをしたのでした。あのシーンは何か、あの時代の象徴であった気がします。

朝日新聞が変わってしまった面ももちろんあるでしょう。でも、読者の側でものすごく安易に、一方的に決め込んでしまっている面があるのも確かだと思います。

僕らの時代はどこに行ってしまうのでしょう。

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