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Sunday, March 01, 2020

『夏への扉』ロバート・A・ハインライン(書評)

【3月1日 記】 SF小説というものは僕はあまり読まないのだが、その中にあって歴史的名作と言われるこの作品を読んでみようと思ったのは、冒頭の文章がとても素敵だと聞いたからだ。

主人公の「ぼく」はピートという牡猫を飼っている。そして、彼の家には 11のドアと、彼がピート用に板切れで作ってやったドアが一つある。ピートは冬が苦手で、自分用のドアを開けてそこに冬景色が見えると決して外には出なかった。

その代わりにピートは主人公の「ぼく」に人間用のドアを一つずつ開けさせる。

彼は、その人間用のドアの、少なくともどれかひとつが、夏に通じているという固い信念を持っていたのである。

素敵な書き出しだ。この書き出しについて誰かが(多分 JAL の機内誌だったと思うのだが)書いていた文章を読んで、僕は無性に読みたくなった。

この作品の、SF としての道具立ては冷凍睡眠(コールドスリープ)とタイムマシンである。自らが腕の良い技師である主人公は、しかし、他人が作ったこれらの仕組みを通じて、1970年と2000年のアメリカを行ったり来たりする。

1957年に発表されたこの小説が、2000年について書いている未来像があまりに見事で、そのことに驚く向きも多い。確かに、さすがにコンピュータ社会を予見するには至っていないが、今実現しているものとあまり変わらない技術や商品の記述があって、時々驚いてしまう。

だが、僕が一番驚いたのはそこではない。そして、時代を行き来していろんなことを成し遂げるトリックでもない。

親しかった友人に裏切られて無一文になる主人公。いっそのこと冷凍睡眠で30年後まで眠りにつこうかと決意する主人公。しかし、その際にどうしても愛猫を一緒に連れて行こうとする主人公。

愛する人を守るために必死になる主人公。一度友だちに裏切られていても、やっぱり信じられる友だちを見つけ出して、彼らに賭けてみようとする主人公。

そんな彼の人柄に素直に惹かれ、彼の楽観性に相槌を打ち、彼の頭脳明晰さと幸運を素直に喜びながら、僕らはページを捲るのである。

そして、最後にまた、夏への扉の記述がある。

そう、僕らはこれこそがきっと夏への扉であると信じて、扉を開け続けるのであり、そして、その行為に誇りと喜びを感じるのである。

SF としての精度は僕にはよく分からない。でも、読んで元気が出る小説だった。それで充分である。

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