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Sunday, March 29, 2020

Play Log File on my Walkman #133

【3月29日 記】 いつものプレイログ披露。今年はまだ2回め。今まで一つひとつの記事が長すぎたような気がしてきたので、今回から5曲ずつにする。

  1. 星降る街角(敏いとうとハッピー&ブルー)
  2. ジュリアに傷心(チェッカーズ)
  3. プリズナー(柳ジョージ&レイニーウッド)
  4. Runner(爆風スランプ)
  5. 世界の国からこんにちは(三波春夫)

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Friday, March 27, 2020

映画『三島由紀夫VS東大全共闘 50年目の真実』

【3月27日 記】 映画『三島由紀夫VS東大全共闘 50年目の真実』を観てきた。僕はドキュメンタリを普段見つけないので、ドキュメンタリとしての作りの巧拙を語る気はないけれど、逆にそんなことに全く気を取られることなく、めちゃくちゃ面白く観た。

1969年5月13日、東大駒場キャンパス900番教室で、1,000人を超える全共闘の学生と三島由紀夫の討論会が催された。その模様をTBSが取材した映像がまるまる残っており、それを編集して、間に様々な人のインタビューを挟んだドキュメンタリだ。

このインタビューの人選がまことに適切だ。いや、人選も適切なのだが、彼らの振り返りや解説、解釈が適切で、それがあるおかげで、僕らは議論の進み行きを整理しながら見届けることができるのだ。

インタビューされている人たちの何人かはその時その場にいた人たちだ。つまり、当時の東大全共闘の学生だった人。今ではみんな70歳過ぎの爺さんだが、それぞれ演出家であったり学者であったりする。そして、取材に入っていたTBSの記者と新潮社のスチル・カメラマン。

さらには三島が率いていた盾の会のメンバー。三島と親交のあった瀬戸内寂聴、三島を取材した『平凡パンチ』の記者(三島が『平凡パンチ』で扱われるような、言わば“スター”であったことを今日初めて知った)。

さらに、純粋に第三者的な立場から、平野啓一郎、内田樹(彼はこの翌年に東大に入学した)、小熊英二がキャスティングされているのだが、彼らの(とりわけ内田の)見立てや理解に説得力がある。

妻も観たいと言うので一緒に観たのだが、僕らのように、三島が自衛隊のどこかを占拠して演説の末自決した事件をリアルタイムで見聞きはしていながら、年齢的にその意味を解釈することがまるでできなかった世代にとっては、やっぱりとても気になる映画だった。

そして、僕らの疑問にいろんな意味で答えを出してくれる映画だった。

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Tuesday, March 24, 2020

クジ運

【3月24日 記】 前にもここに書いたことがあるけれど、僕は狭い意味でのクジ運は悪くない。狭い意味というのは文字通りクジを引いて当たる、懸賞などに応募して当たるという意味である。

最近で言うと、宝くじで1万円当たった。それから、twitter でやっていた某企業の新ロゴ案のアンケートに投票したら 500円分の Amazonポイントが当選した。これ、いずれも先週の話。

今までで言うと、宝くじでは5万円が2回、3000円ぐらいならちょこちょこ当たっている。読書週間の図書くじで1等=10万円分の図書券、wowow の懸賞で Tポイント1万点(=1万円分)というのもあった。

最初に当たった大きめのものは、中学時代にラジオ番組のプレゼントでもらったポール・マッカートニー&ウィングスの LP かな。

その他、小さな懸賞やプレゼントには割合よく当たる。トマトの苗とか、磁気付きブレスレットとか、PayPay で 1000円返ってきたとか…。

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Saturday, March 21, 2020

映画『Cats』

【3月21日 記】 映画『Cats』を観てきた。

ミュージカル『Cats』を初めて観たのは1983年12月10日(日)、新宿西口のキャッツ・シアターでの劇団四季創立30周年記念公演だった。その後、劇団四季のミュージカルは何度か観ているが悉くがっかりさせられた。

今日まで観た四季の公演でがっかりしなかったのは、生まれて初めて観た『エクウス』(1978年3月4日(土)サンケイホール)だけで、これは市村正親がまだ若手だった頃の公演で、ミュージカルではなかった。

四季のミュージカルが何故そんなに肩透かしかと言うと、歌やダンスがどれだけ素晴らしくとも、ストーリーがあまりにつまらないからである。彼らも当然世界の名作ミュージカルを選んで上演しているわけだから、あくまでミュージカルというものは圧倒的な歌唱力とダンス・パフォーマンスで魅せるものであって、所詮いずれのストーリーもチャチなのかもしれない。

ところが今回は根本的に違う。それはカメラが入るからだ。

観劇というのは観客席からの定点観測だが、カメラが入ることによって、その視点は縦横無尽に動かすことができる。あたかも観客が上手から下手まで走りながら観るみたいに。

横移動だけではない。視点は上にも下にも、人間の身長の限度を超えて動かすことができる。それどころか真上からの映像も、真下からの映像も可能になる。

そして、圧巻はまさに踊っている最中のダンサーたちの内側に入って行けることだ。入っていって、動いているダンサーを上から下から横から斜めから、カメラ自身も動きながらダンサーのダイナミックな動きを捉えることができる。

それどころか、舞台という場所の制約がないから、場面によっては劇場の外へ出て100mぐらい後退し、劇場の屋根も壁も爆破しないと見えないような、思いっきり引いた構図の素晴らしい画も見られる。

そんな画期的な映像の予告編を見て、僕も妻もいっぺんに観たくなった。そして、アメリカ本国ではめちゃくちゃに酷評されているというニュースを聞いて、これは何が何でも観ないわけには行かなくなった。

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Friday, March 20, 2020

映画『初恋』

【3月20日 記】 映画『初恋』を観てきた。

少なからぬ人が異口同音に言うように、三池崇史監督の作品には当たり外れがある。それは僕もそう思う。ただし、どれが当たりでどれが外れかとなると、観る人によって微妙に違っていたりもする。

だから、誰かが貶していたからと言って外れかなと思うのは早計である。現にこの映画も、僕の周りには「自己満足に過ぎない」と酷評する人と「今年一番のお気に入り」と激賞する人の両方がいた。

三池監督一流の悪い冗談なんだろうけれど、『初恋』というタイトルにしておくと間違えて見に来てくれる客がいるかもしれないと考えたという話を聞いて少し嫌な予感がしていたのだが、しかし、観てみた結果、この映画は僕にとっては外れではなかった。

まずはオリジナル脚本というのが偉いではないか(脚本は中村雅)。

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Tuesday, March 17, 2020

バトラー対コレクター(Pokémon GO と嗜好)

【3月17日 記】 Pokémon GO をやっている人がどれくらいいるのか分からないので、できるだけ分かりやすく書くが、僕はまだレベル34である。僕と同じ頃に始めた人なら、とっくに最高位のレベル40に達している人が多いと思う。

ひとつには僕がそれほと熱心に、と言うか必死になってやってはこなかったということもある。でも、それだけではないということに最近気づいた。

これは前に Pokémon GO について触れたときに書いたことだが、ゲームのやり方と言うか、何をメインの目的としているかということ、引いてはやっている人の性格や嗜好にもよるのだと思う。

前にも取り上げた、僕の会社の同僚で僕のフレンドになっている人物は、バトルに勝つことを主目的としている。だから、バトルに勝てそうなポケモンを集めることに神経を集中している。そして、当然のことながらたくさんバトルをする。

このゲームにはいろんな種類のポイントみたいなものがあるのだが、バトルをすることによって、あるいはバトルに勝つことによって得られるポイントが溜まって次のレベルに上がりやすくなる。

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Sunday, March 15, 2020

映画『星屑の町』

【3月15日 記】 映画『星屑の町』を観てきた。

僕は映画鑑賞の記録をつけるときに助監督の名前も記しているので、杉山泰一という名前には随分昔から馴染みがある。ずっと森田芳光監督の助監督を務めていた人だ。

その彼が『の・ようなもの のようなもの』で監督デビューしたのが2016年。彼の監督作を観るのはそれ以来である。

一方、主演の(クレジット上では主演らしい扱いになっていないが)のんは、まだ能年玲奈だった時代に僕は映画『グッモーエビアン!』で見初めて、「能年玲奈の次の出演映画も、是非見てみたい気がする」と書いているが、あれが 2013年の正月。NHK『あまちゃん』で大ブレークしたのが同じ年の4月だった。

あのときはまだ19歳、今は26歳か! 俗な言い方だけれど、いい女になったもんだ。

このドラマは売れないムード歌謡のグループ“山田修とハローナイツ”の話で、リーダーの山田修が小宮孝泰、リード・ボーカルの天野が太平サブロー、山田と同じく後ろで♪ワワワワーと言ってるだけのコーラスが市村(ラサール石井)、込山(渡辺哲)、西(でんでん)、青木(有薗芳記)で、他に一緒に旅回りをしている女性ボーカル・キティ岩城に戸田恵子が扮している。

よくもまあこんなメンバーを集めたなあとにやけながら見ていたのだが、終わってからパンフを読んでみると、なんとこの原作は水谷龍二の脚本・演出で25年も続いている芝居なのだそうだ。

そして、その芝居のメンバーがそのままこの映画に結集している。脚本も水谷龍二だ。メンバーの個性が見事に生きた脚本なので当て書きなのかなあと思ったのだが、舞台からそのまま持ってきているから、これだけ人物が出来上がっているわけである。

で、この芝居はご当地ソングよろしく、あるいは寅さんみたいに、毎回舞台を変えながら第7作まで上演されてきたそうで、今回監督の杉山泰一はその初演から観ていたという。この息の合った感じはそんなところから来ているようだ。

そして、映画化に当たって採用したのは第1作で、そこにも登場した岩手県久慈市在住の歌手志望の女の子・久間部愛の役を今回はのんにあてがっている。そして、グループのリーダー山田修の実弟・英二役の菅原大吉もまた舞台初演からのメンバーなのだそうだ。

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Saturday, March 14, 2020

遅咲きの国の ALiS

【3月14日 記】 ALiS で稼いだ ALIS が漸く 1000ALIS を突破した。1000.018ALIS。最初の記事書いてから1年2ヶ月。記事数74。

少し前に書いた通り、そもそも僕の書いたものには「いいね!」の類(ALiS で言うなら「♡」だ)があまりつかない。おまけにここは ALiS の会員でないと「♡」は押せないし、そもそも ALiS の会員数は少ない。

投げ銭ができる構造にはなっているが、今日までもらった投げ銭の回数より自分が誰かに投げ銭した回数のほうが多分多いと思う。

ただ、僕はいつも 1.1ALIS (僕は他の人に倣っただけなのだが、これはどうやら「いい」を表す ALiS の文化らしい)しか投げ銭しないが、ここには時々大盤振る舞いしてくれる人もいて、おかげで漸く 1000ALIS を獲得できたわけである。

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Friday, March 13, 2020

眠りのグラフ

【3月13日 記】 僕が長年 Sleep Cycle というアプリを使っていることはこのブログにも何度も書いてきた。

で、世間には僕以外にもこのアプリを使っている人はたくさんいて、また、他社から出ているこのアプリと同等のアプリを使っている人もたくさんいて、ときどきそんな人たちが自分の睡眠の波形グラフをブログなどに公表して、昨夜は眠りが深かったとか浅かったとか書いているのを読むと、心の底からびっくりすることがある。

そもそも人は自分の睡眠グラフを比較したりしない、と言うか、昔はそういうデータを得ようがなかったので比較のしようもなく、最近になってそういうアプリが出てきたとは言え、友だち同士で比べるという習慣もないので、他人の波形がどんなのかなんてほとんど知らないのである。

ただただ知っているのは自分の毎日のグラフで、ああ、この深さだとよく眠れたということだ(確かに睡眠が深かった気がする)とか、ああ、この波形はいつもとより平坦だなあなどと思うのが関の山である。

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Tuesday, March 10, 2020

『糸』マスコミ試写会

【3月10日 記】 映画『糸』のマスコミ試写会に行ってきた。

瀬々敬久監督はとりたてて好きな監督ではない。それは僕がオーソドックスな作家よりトリッキーな作家を好むからであって、良い映画を作る人だとは思っている。

この映画は中島みゆきの名曲とされる『糸』をイメージに作られたものだが、そう言えば TBS は以前にもこんな風に大ヒット曲をモチーフに映画を作ったことがあった。2006年の『涙そうそう』だ。監督は土井裕泰、妻夫木聡と長澤まさみ主演だった。

同じ土井監督で2010年には『ハナミズキ』を撮っている。こちらは新垣結衣と生田斗真。どちらも悪くない映画だったと思っている。

ところで、この『糸』は 1998年のリリースだと言うが、僕はリアルタイムで聞いた記憶がない。むしろ最近になってよく聞く気がする。1998年といえば僕があまり邦楽を聴いていなかった時期でもあるのだが、この歌にそれほど魅力を感じなかったせいもあって記憶に残っていないだけかもしれない。

僕は中島みゆきには3つのタイプがあると思っている。1)『悪女』のような“ポップな”中島みゆき、2)この映画の中でも2度歌われる『ファイト!!』のような“すさまじい”中島みゆき、そして3)いくつかのヒット曲のような“ベタな”中島みゆきである。この歌は3)に当たると思う。

しかし、そんなことはこの映画の出来には関係がない。これは愛の物語であり、過酷な人生の物語であり、その2つのテーマでよく構成された作品だった。ストーリーは全く知らずに観たほうが良いと思うので、ここには詳しく書かないでおく。

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Monday, March 09, 2020

デーツ

【3月9日 記】 ドライ・フルーツのデーツが好きだ。デーツとはナツメヤシの実である。

食べたことのある人はそれほど多くないかもしれない。そして、これが好きだと言う人はもっと少ないかもしれない。

甘みが薄い、と言うか、中途半端な甘さなのである。これがたまらない。この中途半端な甘さに惹かれるのである。

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Sunday, March 08, 2020

「いいね!」とか「スキ」とか考

【3月8日 記】 僕もいろんなところに文章を書き散らしているが、facebook の「いいね!」とか twitter の「いいね」とか、あるいは note の「スキ」とか、なんであれそういうのは僕が書いたものにはあまりつかない。もちろんそのことには随分前から気がついている。

で、そういうのがいっぱいつくに越したことはないのだが、とは言え、芥川賞がほしくてほしくて、選考委員に嘆願の手紙を書いた太宰治ほどに渇望しているわけでもない。

ただ、なんでなんだろうな、とは思う。しかし、なんでなんだろうな、と思うだけで、そこから先、こうではないかと推理してみたり、じゃあこうしてみようと改善を図ったりということもない。

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Saturday, March 07, 2020

『グッド・バイ』太宰治(書評)

【3月7日 記】 なんでいきなりこんな古臭いものを読んだかと言うと、それは成島出監督の映画『グッドバイ 嘘からはじまる人生喜劇』を観たからで、その映画はケラリーノ・サンドロヴィッチの戯曲『グッドバイ』(2015年初演)を原作としており、その戯曲は太宰治の『グッド・バイ』を原作としていたからで、急にこれが読みたくなった。

太宰治は高校時代にいろいろ読んだから、この短編も読んでいる可能性があるが、何でも忘れてしまう僕のことであるから、読んでいたとしても中身を憶えているはずがない。しかし、映画を観て、この小説は高校生が読んで理解できたとは到底思えないので、どうしてもこれが読みたくなったというわけだ。

と言っても本を買って読んだのではない。僕は映画を見ると必ずパンフレットを求めるのだが、その中にこの小説が全編掲載されていたからである。短い作品だから、パンフレットに全編掲載できたし、短い作品だからあっという間に読めた。

で、最後まで読んで、これが未完の小説であることを初めて知った。そして、サンドロヴィッチの戯曲はこれをかなり膨らませて、と言うか、太宰が書かずに終わったこの先を書いたものであり、もう見事な完成品としか言えないものであることが分かった。

映画を観ているものだから、田島については大泉洋の、キヌ子については小池栄子の顔がどうしても浮かんでくる。とりわけ、舞台でも同じ役を演じていた小池栄子の、ちょっとやりすぎじゃないかと思うほど作った悪声まで脳内に響く。

しかし、原作を読むとこれについては「鴉声」という表記があり、ああ、小池栄子が作ったものではないのだということが分かった。

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Friday, March 06, 2020

他人と同じであることの気持ち悪さ

【3月6日 記】 他人と同じであることの気持ち悪さと他人と同じでないことの不安──僕は間違いなく前者を感じるタイプだが、では後者は全く感じないかと言うと、必ずしもそうではないかもしれない。ただ、僕の場合、後者を感じるときは総じて精神状態の悪いときだと思う。

あるいは厳密に言うと、他人と同じでないことの不安なのではなく、他の誰よりも(あるいは他の大多数の人よりも)自分のレベルが低い、劣っているのではないかという不安なのではないかな。つまり、同様かどうかを気にしているわけではないのだ。

そもそも他の人がひとりひとり違うのだから、ひとりひとり違うものに同調できるはずがないとも考えているので、他人という集合と自分を比較することがないのかもしれない。

他の人と全く同じ人間なんて存在するはずがない一方で、他の人とあらゆる点で違っている人間もいない(もし、いるとしたら、それはヒトではない)。だから、人はある程度他人と同じで、ある程度他人と違うに決まっている。

でも、生きて行く中でどちらを指向するかと言われると、僕は他人と違う方向に向いて進むほうだ。

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Tuesday, March 03, 2020

映画『パラサイト 半地下の家族』

【3月3日 記】 映画『パラサイト 半地下の家族』を観てきた。

見終わって、率直な感想として最初に思ったのは、「へえ、これがアカデミー作品賞&監督賞なのか」ということ。受賞に異を唱えているのではない。何と言うか、アメリカ合衆国も国際化したもんだ、という感慨。

30年前だったら、この作品はアカデミー賞を獲れなかっただろう。だってアカデミー賞はアメリカの最高峰の象徴だったのだから。そのアメリカ合衆国が漸く、アメリカン・ドリームばかりを語るのではなく、こういう話にも目を向けるようになったのだ。

彼らは、依然としてアメリカが世界の中心だと思っているかもしれないが、少なくともアメリカが世界の全てではないことを学習したのだ。そして、アメリカの内側にも、アメリカの外側にも、貧困や差別という共通した問題が横たわっていることに気づいたのである。

半地下に暮らす貧しい4人家族が、それぞれ身分や経歴を偽って、全く無関係な人間のフリをして、家庭教師/運転手/家政婦として、順番に同じ金満家一家に雇われて、最底辺からのし上がって行くのが前半。

全体を通じて、よくまあこんな込み入った話を考えたなあと思う、巧みなストーリーと、それをドライブして行く巧みな人物設定。結構笑いながら、時にはバレるのではないかとドキドキしながら楽しんで見られる。

そう、途中まではただ騙しのテクニックの話である。それが中盤から一転する。

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Sunday, March 01, 2020

『夏への扉』ロバート・A・ハインライン(書評)

【3月1日 記】 SF小説というものは僕はあまり読まないのだが、その中にあって歴史的名作と言われるこの作品を読んでみようと思ったのは、冒頭の文章がとても素敵だと聞いたからだ。

主人公の「ぼく」はピートという牡猫を飼っている。そして、彼の家には 11のドアと、彼がピート用に板切れで作ってやったドアが一つある。ピートは冬が苦手で、自分用のドアを開けてそこに冬景色が見えると決して外には出なかった。

その代わりにピートは主人公の「ぼく」に人間用のドアを一つずつ開けさせる。

彼は、その人間用のドアの、少なくともどれかひとつが、夏に通じているという固い信念を持っていたのである。

素敵な書き出しだ。この書き出しについて誰かが(多分 JAL の機内誌だったと思うのだが)書いていた文章を読んで、僕は無性に読みたくなった。

この作品の、SF としての道具立ては冷凍睡眠(コールドスリープ)とタイムマシンである。自らが腕の良い技師である主人公は、しかし、他人が作ったこれらの仕組みを通じて、1970年と2000年のアメリカを行ったり来たりする。

1957年に発表されたこの小説が、2000年について書いている未来像があまりに見事で、そのことに驚く向きも多い。確かに、さすがにコンピュータ社会を予見するには至っていないが、今実現しているものとあまり変わらない技術や商品の記述があって、時々驚いてしまう。

だが、僕が一番驚いたのはそこではない。そして、時代を行き来していろんなことを成し遂げるトリックでもない。

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