« 風邪と結婚の1週間 | Main | 投稿便り »

Saturday, January 25, 2020

映画『ロマンスドール』

【1月25日 記】 映画『ロマンスドール』を観てきた。タナダユキ監督。

タナダユキ監督の映画はこれまで映画館で5本観ているが、彼女の活動範囲は広いので、それ以外でもいろんなところで彼女の作品を観てきた。

たとえば第一三共ヘルスケアの「ミノン」の CM や、NHK の『昭和元禄落語心中』、そして、資生堂がネットで公開していたショートムービー『Laundry Snow』など。

タナダ監督は蒼井優とは『百万円と苦虫女』以来、高橋一生とは『Laundry Snow』以来と聞いて、高橋一生が何十年前かの洗濯屋を演じていた『Laundry Snow』を思い出した。

さて、この映画は性愛を描いた映画である。そして、そのテーマを具現化したものがラブドールである。性愛を描く素材としてラブドールを持ち込んだのではなく、そのテーマが具現化したものとして最初からラブドールがあったのである。

ご存じかとは思うが、昨今のラブドールの精巧さはタダモノではない。昔のダッチワイフとは全く違う。この映画でも最後に出てきた力作を目の当たりにすると、はっと息を呑むはずである。胸やふとももといったようなところだけではない。目や唇を見てほしい。

もしもあなたが男性なら間違いなくほしいと思うだろう。しかし、既婚者なら即時に断念するだろう。ラブドールってそういう存在なのである。

僕も何かでその精巧さを知り、強く惹かれた。たまたま渋谷でオリエント工業40周年記念展「今と昔の愛人形」が開催されていることを知って現地に赴いたのだが、当日突然訪れて入れるイベントではなかった。ビルの外にまで若い女性を中心に長蛇の列ができていた。

あの時の残念な思いがあったから、タナダユキがこの映画を撮ると知って、これは絶対観ようと思った。

哲雄(高橋一生)は美大を出た後、定職にも就かず、お金に困っていた。そんな時に先輩に紹介された久保田商会という会社を、何をしている会社かも知らずに、訪れる。

社員の田沢(渡辺えり)から仕事内容を聞いて少し引くが、実際のドールを見て、ドール造形士の相川(きたろう)の話を聞いて、哲雄は就職を決める。

相川はドールを本物に近づけるために実際の女性から胸の型を取りたいと言う。哲雄の思いつきで美術モデルに募集をかけるが、本当のことを言ってもやってくれないだろうから「人工乳房の開発をしている」ということにする。そこへ「少しでもお役に立てるのなら」とやってきたのが園子(蒼井優)だった。

哲雄はその日のうちに彼女と恋に堕ち、1年後に2人は結婚することになるが、医療関係と偽っておっぱいの型を取った手前、今さら本当のことを言えないまま2人の夫婦生活は続いて行く。

だが、これはそういうシチュエーションを面白おかしく描いたコメディではない。

いろんなことがあった挙げ句、「夫婦の危機」的な状況で哲雄は園子に真実を告げる。園子は怒りはしなかった。でも、「哲ちゃんはあたしのことを信用してなかったんだね、何年も」と言う。

ここで描かれるのは限りあるものと永遠である。限りあるものは人の命であり、人間の体の再現可能性である。永遠なのは性愛であり、探究心である。

タナダユキはカメラを役者の顔に寄せて長い芝居をさせる。蒼井優は、若かった頃の棘が取れたのを好ましいと感じるか淋しいと感じるかは人それぞれだが、いずれにしても巧い。何にでもなれる。

一方、高橋一生はいろんな人間を描き分けられるような役者ではないが、逆に何を演じても独特の、高橋一生にしか出せない雰囲気を安定して醸し出す。

この夫婦がとても良かった。キッチンテーブルを挟んで浮気を告白するシーンの長回しなんて、別段長回しにする必要もない気がするが、これがワンカットになることによって台詞に人間の息吹が宿る。

蒼井優が食卓にずっと突っ伏したまま話す(と言っても、それも長いワンカットのうちの一部に過ぎないのだが)ところなんか、とてもリアルだ。

きたろうと渡辺えりの2人も見事な脇役ぶり。ピエール瀧の社長も良かった。

映画後半は園子の心の動きを中心に描かれる。大げさにならずに彼女の不安を描けたのは、やっぱり蒼井優が演じたからこそだと思う。

そして、この映画のポイントは何よりもラブドールの美しさである。工場に無造作に置かれた数々の部品でさえ美しい。やがて園子を象った人形を造り始めた哲雄の頭の中で、そしてそれを見つめる観客の頭の中で、園子とラブドールが一体となって溶け込んで行く。

まるで型に流し込んで行くシリコンみたいに。

パンフレットにみうらじゅんとリリー・フランキーの対談が載っていて、ふたりともラブドールを持っているとのこと。とても羨ましく思った。

近年のタナダユキには若かった頃の毒が薄れた気がする。でも、なんであれ心に残る映画を撮るところはずっと変わっていない。

|

« 風邪と結婚の1週間 | Main | 投稿便り »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



« 風邪と結婚の1週間 | Main | 投稿便り »