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Saturday, November 30, 2019

大雨の東京で傘がない

【11月30日 記】 先日、西田二郎さんと片岡秀夫さんと森永真弓さんの3人が映画『天気の子』を語る会を聴きに行ったときに、どうしてもこの映画に不満を感じる人たちの話が出て、それで僕もウチの会社のある人のことを思い出した(この先、この映画のネタバレがあります)。

彼が何歳なのか正確なところは知らないが、多分もう40代に入っていると思う。男性である。

その彼が『天気の子』を観て、facebook で激しく憤っていたのである。

曰く、「みんな本当にこれでいいのか? 東京が水没したままなんだぞ。本当にこのままでいいのか?」と。

この映画に社会と個人の相克を感じ取って賛否を論じた人は多かったが、彼が嘆いたのは天気が回復せず、東京が水浸しのまま映画が終わったという一点であった。

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Friday, November 29, 2019

世の中はどんどん悪くなっているのか?

【11月29日 記】 ふと「世の中はどんどん悪くなっているんだ」という感慨に至った。

悲観ではない。

誰でも年輪を刻んで経験を積んで行くにつれて、世を嘆くようなことが増えてくるものだ。ただ、「近頃の若いものは…」という書き込みはギリシャだがローマだかの時代からあったと聞く。世の老人はいつの時代も昔より今がひどくなったと嘆いてきたわけだ。

で、もし、その言がいちいち正しかったとしたら世の中はどんどん悪くなっているわけだ。

しかし、そう言われても、自分が生まれる前のことは知らんわけで、自分が生まれたときにはもうかなり悪くなった末の話で、中国4000年の歴史かギリシャ・ローマの何千年だか知らないけれど相当悪くなった時点で僕らはバトンを渡されて、そんなこと知らずにそれを良くしようとして、でも、そんなに良くなるわけなくて、それで若い世代が台頭してくると悪くなったと嘆いているわけだ。

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Tuesday, November 26, 2019

『私はあなたの瞳の林檎』舞城王太郎(書評)

【11月26日 記】 読むのは久しぶりだが、舞城王太郎は僕の大好きな作家だ。初めて読んだ『阿修羅ガール』で完全に魅了されてしまった。
そのとき投稿した書評に僕はこんなことを書いていて、

ラップだね、これは。そう、ラップのリズム。

この表現はいまだに自分のお気に入りである。そう、文体にこんなにリズムを感じさせる作家は他にはいないのである。

で、その後、『九十九十九』や『好き好き大好き超愛してる』や『ディスコ探偵水曜日』などを貪るように読んで、でも、こういうジャンルを読み慣れていない者には却々しんどい展開であると感じながら、しかし、リズムに乗ってどんどん読み進める。

軽ーい若者の凝りすぎの流行り物の擬態を纏っていても、基本的にべらぼうに文章が書ける人で、だからその文体をリズム・マシーン代わりにどんどん内容が入ってくる。

と思っていたら、なんだ、この本は。まるで「ずっと前からジュヴナイル純文学書いてましたけど、何か?」と言っているみたいに平易で読みやすい文体、と一見そう思うのだが、

う~んいかにも美術やってる若い子っぽい痛い会話だなと我ながら思うけど、いかにもな会話を素でやっちゃうものなのだ実際にその場に立つと。
(「ほにゃららサラダ」)

って、見てよ、この句読点の使い方。句点が1つと読点が1つしかない。並の作家が書けば読点があと2つか3つか増えるだろ。それに倒置してるし。これ、まさに『阿修羅ガール』からずっと来てる文体であり、リズムなのである。

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Sunday, November 24, 2019

その後の ALiS

【11月24日 記】 前にこのブログにも書きましたが、ALiS というサイトに投稿をしています。ここは、(詳しくは書きませんが)ブロックチェーン技術を導入したサイトで、その仕組がとっても面白いなと思ったからです。

でも、一から書くとなると却々大変なので、去年の1月に締めたホームページ Wise Word Web に17年間にわたって書き溜めてきた原稿を、少しずつ手直ししてアップしています。

ホームページを締めるにあたって、あれだけたくさん書き散らしたものを全部葬り去るのももったいないという思いもあって(だから、一部のコンテンツはこのブログにも移植しましたが)、とは言え、今読み返したらあまりうまく書けてなかったり、あるいは如何にも古いなという感じのものもあって、それを解決するのが ALiS のために書き直すという作業です。

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Saturday, November 23, 2019

映画『決算!忠臣蔵』

【11月23日 記】 久しぶりに夫婦の好みがバッチリ一致して、2人で映画『決算!忠臣蔵』を観てきた。僕が大好きな中村義洋監督(今回は脚本も)。客席を見渡して妻が「ジジババ・オンパレード」と評したのはその通りだが、しかし大入り満員である。

日本人なら誰でも知っている(いや、若い人は知らないか?)忠臣蔵を、経済/経営学の観点から輪切りに刻んだコメディである。原作があるとは言え、それは小説でも戯曲でもなく、大石内蔵助が実際に残した決算書を東大教授が分析した研究書である。だから、筋運びは完全に中村オリジナルなのだ。

吉本興業が出資している関係もあって、吉本の芸人が多数出演しているが、普段の吉本芸人がやっているようなギャグやドタバタとは全く異なる知的な喜劇に仕上がっているところが本当に見事だと思った。

しかも、自ら歴史物が好きで豊富な知識を有する中村監督は、史実や歌舞伎や伝承に反するようなストーリーはほとんど書かず、書き込まれていない部分に自由な発想を注入して膨らませたと言う。このインテレクチュアルでクリエイティブな作業に、僕は敬意を評したい。

監督はプロデューサーから依頼を受けた際に、これは暴走する監督を抑え込むプロデューサーの映画だと言ったらしい。つまり、仇討ち・主戦派の堀部安兵衛らを、予算を司る「役方」の侍が抑え込む話だと言うのだ。この捉え方も面白い。

そして、筆頭家老の大石内蔵助は、大義と予算と自らの怠け癖を行ったり来たりして、場面場面であっちについたりこっちについたりする。この設定も面白い。堤真一は適役だった。

さらに、忠臣蔵だと言うのに吉良上野介が一切登場しないのがこれまた秀逸である。では、松之廊下での刃傷沙汰はどう描いたかと言うと、吉良の所謂“主観映像”なのである。これもかなり現代的な手法で、なるほどと感心した。

岡村隆史、木村祐一、板尾創路、西川きよし、桂文珍、村上ショージら吉本の芸人が多いこともあって、変な訛りの関西弁は聞こえない。他の役者陣も、兵庫出身の堤真一や上島竜兵、関ジャニ∞の横山裕、そして東京出身だが実は母親が姫路生まれという石原さとみなど、ちゃんと喋れる役者を多用したのも良かった。

それに加えて、中村組の常連である濱田岳、竹内結子をはじめ、妻夫木聡、荒川良々、阿部サダヲ、大地康雄、西村まさ彦、寺脇康文、滝藤賢一、笹野高史、近藤芳正、鈴木福、千葉雄大ら、まあ、この出し物ならオールスターキャストになるのは必然とは言え、豪華な顔ぶれである。

で、この顔は見たことあるけど誰だっけなあ?と思ったら、『蜜蜂と遠雷』で風間塵を演じていた鈴鹿央士だった。

しかし、それにしても堀部安兵衛が荒川良々というのは、凡人には思いつかないキャスティングである(笑)

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Wednesday, November 20, 2019

専用車両の見分け方

【11月20日 記】 久しぶりにやってしまった。先週、InterBEE 開催中の幕張メッセに向かう車中で、なんかこちらを睨んでいる女性がいるなあと思ったら、女性専用車両だったのである。

大変申し訳ないが、これは毎日その同じ電車に乗っている人でなければ却々気がつかない。

確かに「女性専用」の表示はあるのだが、電車のない国からやってきて初めて乗車するわけではないので、あちこち眺め回したりはしないし、電車に乗るのは全然難しいことではないので、大抵は何か考えごとをしながら無意識にやっており、そういうことに注意が向かないのである。

「今の世の中、女性専用車両があるのは常識なんだから注意を払えよ!」と怒られるかもしれないが、電鉄会社や路線、そして時間帯によっても運用の仕方が異なるので、どの時間帯にどの車両がそうなのかは俄に認識できない、と言うか、そもそも自分が何両目にいるかさえ分かっていないのである。

逆に「しまった! ここは女性専用車両だった」と慌てたのだが周りに少なからぬ男性が乗っていて、「これは多分今の時間帯はそうじゃないんだな」と思い直して安心するような、でも、やっぱり依然として少し不安が残っているようなこともある。

ほんとに申し訳ないが、ことほどさように判りにくいのである。

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Monday, November 18, 2019

事件への対応

【11月18日 記】 女優の沢尻エリカが逮捕された。来年の大河ドラマの出演が決まっていて、初回から出演してかなり撮り終えており、今からでは撮り直しが間に合わないとか。チュートリアルの徳井義実に続いて NHK は災難続きだとか。

そんなニュースを目にしながら、もういいんじゃないかな、と思うのである。つまり、撮り終えた部分はそのまま放送してもいんじゃないかな、と。

僕が放送局なんぞに務めているからではない。会社に入る前、単なる視聴者だった頃から、と言うか、すでに少年時代から僕はずっとそう感じてきた。

罪を犯したかどうかということと、その人の演技が素晴らしいかどうか、その人の漫才が面白いかどうか(これは主に横山やすしを念頭に置いている)は関係がないのであって、演者として良い仕事ができる(できた)のであれば、それをお蔵入りにすることはないではないか?

──と、僕は中学生の頃から、中学生らしい一途な正義感を以てそう感じ、憤ってきた。

その一方で、思えば昔はおおらかなもので、「この番組は○月○日に収録しました」というスーパーを出して放送しているケースも多々あった。

それは確かに「いや、これを撮ったのは事件が起こる前ですよ」「いや、この番組を撮ったときにはそんな人だとは誰も知らなかったんです」という局の言い訳である。でも、それを許さない視聴者もほとんどいなかったのではないかと思う。

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Saturday, November 16, 2019

『かがみの孤城』辻村深月(書評)

【11月16日 記】 名前は知っていたが初めて読む作家である。中学生たちが主人公の小説だからか、それともこの作家は常にそうなのかは分からないが、ともかく文体が平易で、逆にそれが僕にとってはちょっと我慢がならないくらい物足りない。

いや、読んでいる最中の読者に文の巧拙を感じさせてしまうのは、物語の背後の書き手の存在を露わにしてしまっているわけで、それはそれで好ましくない。でも、例えば、恩田陸などはそういうことを全く感じさせないが、改めて思い返すと文章はべらぼうに巧い。

僕は基本的にそういう作家が好みなのであって、この作家には言わばそういう感じがないということだ。

ただ、文章が下手なのではなく単に平易なのであって、ストーリーのドライブは非常に巧い。読者は全くつっかえたりひっかかったりすることなく、どんどん読み進んでしまうのも事実である。

主人公のこころは中1の女の子。クラスの中心的な女の子に目をつけられてハブられるようになり、学校に行けなくなる。親には申し訳ないと思いながら、でも、親に相談することもできず、結局毎日家で無為な時間を過ごしている。

ある日、こころは自室の姿見が光っているのに気づく。おそるおそる触れてみると硬い感触がなく、そこを抜けることができる通路になっており、抜けた先には宮殿のようなものがある。そして、そこには自分と同じような境遇の(ということは後に判るのであるが)6人の男女中学生が、自分と同じような体験をしてここに来ていた。

そこに7歳くらいの、ヒラヒラのドレスを着た“オオカミさま”が現れて、この城は毎日9時から17時まで空いていること、逆に17時前には一旦もとの家に帰らなければならないこと、そして、この城は来年の3月30日までしか存在しないこと、そして、それまでに鍵を見つけたものが1人だけ望みを叶えてもらえることなどを説明した。

作者は、こころを除く6人の中学生の鏡の向こう(現実世界)での生活については、読者にあまり情報を与えない。鏡の両側で描かれるのはあくまでこころである。

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Wednesday, November 13, 2019

キャッシュレス

【11月13日 記】 国はキャッシュレス化を奨励している。それに乗っかっていろんな会社がいろんなサービスを展開している。それに乗っかって僕もいろんなサービスをいろんなキャッシュレスで利用している。

もちろん、随分前から使っているものもある。例えばクレジットカードがそうだ。ガラケー時代から使っていた(一時使わなくなっていたが)iD もそうだ。

その後(重複するものもあるが)、Apple Pay、PayPay、LINE Pay、楽天ペイなども使っている。使ってみた実感は、使ったほうが得だ、という至極当たり前のものだ。

もしも自分のポリシーとして拒否しているのであれば、それはその人の自由だから別に使わなければ良い。

でも、それほど明確な理由があるわけではなくて、難しそうだからとか、ただなんとなく気が進まないとか、めんどくさいとか、危ないような気がするとかいう理由で使っていないのであれば、一度使ってみてはどうかなと思う。

あるいは、使う前によく調べてみることだと思う──どこかで何かを買った時に、本当にどこで何を買ったかが記録されてしまったのか、それとも店と金額だけが記録されただけなのか、そして、買った人はどの程度特定されるのか、等々(調べて納得が行かなければもちろん使わなければ良い)。

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Monday, November 11, 2019

ネーミング

【11月11日 記】 先日久しぶりに東京駅から新幹線に乗って思ったのだが、最近は新幹線が増えすぎて、どれが何なのか分からなくなってしまった。

新幹線ができた当初は分かりやすかった。なにしろそれは東海道線しか走っていなくて、しかも、こだま号とひかり号しかなかった。

こだまとひかりというのがまた絶妙のネーミングではないか。音と光だ。日常的に身の周りにあるが、決してその速さを実感することもできないくらい速いもの。

そもそも小さい頃は音や光に速さがあるなんて知らなかった。なんと言うか、それはそこにあるものだと思っていたのだ。それが、遠くの星の爆発が宇宙空間を伝わってきたとか、何かと何かがぶつかった衝撃が空気を振動させて伝わってきたとか、そんな風に教わって初めて音や光が波であることを知ったのだ。

話が逸れてしまった。いずれにしても音も光もとてつもなく速いものであって、しかも、音よりも光のほうが速いことは誰でも知っている。だから、こだまとひかりというネーミングは絶妙だったのだ。──のぞみ号ができるまでは。

完全に対になっている音と光に、もうひとつ何かを組み合わせようとするのは無理がある。しかも、それは光より速くなければならない。だから、仕方なく「のぞみ」などというぼんやりしたネーミングになってしまったのだ。

それを考えると、自分の番組で三姉妹の名前を「のぞみ」「かなえ」「たまえ」にした萩本欽一のセンスは秀逸だと思う。

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Sunday, November 10, 2019

映画『ひとよ』

【11月10日 記】 映画『ひとよ』を観てきた。「ひとよ」とは「一夜」のことであるが、わざわざ仮名書きにしてあるのは明らかに他の意味を読み取ることを想定してのことだろう。原作は「劇団KAKUTA」という劇団の芝居だそうだ。

白石和彌監督は、ずっと面白い存在だなあと思っていたが、僕にとってはどちらかというと少し外れた脇道にいるイメージだった。それがここのところメインストリームに出てきた感がある。この人は多作だが、毎回違う役者を起用する。そこが僕は好きだ。

途中で判るが、舞台は茨城県のどこかの町である。冒頭は激しい雨の夜。タクシー会社の事務所にタクシーが乗りつけて、後部座席から男が降りてくる。酔っているのか大声で悪態をついている。

で、カメラはタクシーの中に変わる。運転手がバックを始める。ゴンッと何かに当たった衝撃。

次のシーンは事務所兼住居みたいなところ。男2人、女1人のきょうだいがいる。3人とも誰かからイジメに遭っているのかあちこちに傷跡があり、包帯を巻いたり湿布薬を貼ったりしている。

神経質そうにパソコンを組み立ている長男。歩きながら ICレコーダーに自作の小説を吹き込んでいる次男。お人形の髪の毛をカットしている妹。

そこに先ほどの運転手が入ってくる。冒頭のシーンでは顔がよく分からなかったが、女だ。それは3人の母親・こはる(田中裕子)だった。

こはるは3人におにぎりを食べさせ、自分も1個頬張って、「今お父さんを轢き殺してきた。これでもう暴力を恐れることはない。みんな自由に生きなさい。自分は今から警察に行く。出所してもすぐには戻れないだろうが、15年経ったら戻ってくる」と言って出て行く。

そして15年後。まずは人物紹介だ。タクシー会社は親戚の丸井(音尾琢真)が引き取って切り回している。

長男の大樹(鈴木亮平)は吃音がある。地元の電気店で専務をしている。次男の雄二(佐藤健)は東京でライターの端くれになって、風俗記事などを書きながらなんとか生計を立てている。妹の園子(松岡茉優)は美容師の夢を諦め、場末のスナックで働き、毎晩悪酔いして帰宅する。

そして、あの事件からきっちり15年経った夜、そこにこはるが本当に戻ってくる。母を思う気持ちはありながらも動揺してしまって何をどうして良いやら分からず狼狽える大樹。もう少し落ち着いていて、母の帰還を素直に受け止め、気遣いもしっかりできているのが園子。

そして、呼び戻されて東京から帰省した雄二は、逆に、母が殺人者になったために自分が辛い目に遭ったことで明らかに母を恨んでいた。

それが初期設定である。どう考えてもこれはめちゃくちゃややこしい。家族も、疑似家族的なタクシー会社の仲間たちも、そして世間も、渦巻く感情はあまりにも多様で、あまりにも捻じくれて、一筋縄では行かない。寂れた街の風景をバックに、ともすればみんなの気持ちが荒んで行く。

それを本当にリアルに描いてある。

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Saturday, November 09, 2019

負の相関、負のスパイラル

【11月9日 記】 妻が時々統計学について僕に質問をする。

それは僕が以前、仕事上の関係から少し統計学をかじったからということもあるし、彼女が今あることのために少しそういうことを勉強しているということもある。

で、僕なりに彼女に分かりやすいようにいろいろ考えて言うのだが、ちょっと予想外のところで彼女が引っ掛かったりするので、驚く、と言うか、これは却々難しいな、と思う。

例えば「負の相関」という言葉を見ると、彼女は「なんか悪いことが起こる」というような印象を持つらしい。これは「負の遺産を相続する」とか「負のスパイラルに陥る」みたいな表現に引っ張られてしまっているのだろうと思う。日本語って難しい。

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Friday, November 08, 2019

一の酉

【11月8日 記】 酉の市に行ってきた。今日は 11月最初の酉の日、つまり「一の酉」である。

結婚してすぐのころ(1年目か2年目か?)に妻に連れられて行って以来、多分二十数年ぶりという感じではないだろうか?1_20191108221901

東京に転勤するまでは酉の市について、ひょっとしたらその名称ぐらいは耳にしたことがあったかもしれないが、それが何なのか皆目知らなかった。

もしかしたら関西のどこかでもそういう風習があるのかもしれないが、少なくとも僕は行ったことがなかったし、僕の両親や祖母や友人知人が行ったという話も聞いた憶えがない。

関西で商売繁盛祈願と言えば、やっぱり十日戎、二十日戎の所謂「えべっさん」ということになるし、いずれにしても僕は小さいころ神社とか祭とかいったものにほとんど親しまずに来たから、なんであれ、東京生まれ東京育ちの妻に酉の市に誘われて行ったのが、こういう行事の初体験みたいなものだった(妻は小さなころから、毎年ではないにしろ、ちょくちょく来ていたと言う)。

とは言え、何でもかんでも片っ端から忘れてしまう僕のことであるから、その日のこともあまりはっきり憶えていない。場所がどこだったのか、どの駅で降りてどう行ったのか…。ただひとつだけ、(今日もそうだったのだが、)「へえ、夜に行くのか!」と驚いたことははっきりと憶えている。

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Wednesday, November 06, 2019

『難しいことはわかりませんが、統計学について教えてください!』小島寛之(書評)

【11月6日 記】 本屋で立ち読みして、タイトルの通り難しくなさそうだったので買って1日(と言うか2時間ぐらいかな)で読み終えた。で、その解りやすさに改めて驚いた。

いや、僕の場合は、もう 20年以上前にはなるが、仕事上の必要から統計学を少しかじった経験があるからなのかもしれず、全くの知識ゼロから統計学に入門しようとしている人たちにも同じように解るのかどうかは分からない。

ただ、そういう人たちにとってもかなり優れた書物なのではないかと思う。

僕の場合は、一度は一応理解したのだけれど今ではさっぱり忘れてしまったことや、ざっと理解した気になっていても部分的に結局は深く理解できずにいた点や、あるいは、当時から全然理解できないまま放置してあった項目が、この本を読んで圧倒的に改善した。

そして、それだけではなく、いろんな定数や数式や定義が、なんでそうなのかという点で見事に繋がってきた。これはすごいことである。

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Monday, November 04, 2019

行った映画館ランキング

【11月4日 記】 昨日の『IT』の続編で遂に TOHOシネマズ上野が第6位に並んだ。僕が映画館に行った回数(厳密に言うとその映画館で観た映画の本数)である。

トップは TOHOシネマズ西宮OS で 152本。これは仕方がない。兵庫県西宮市に長らく住んでいて、家から一番近いシネコンだったから。

西宮球場跡にその映画館が建つまでは、大阪・梅田に出るか神戸・三宮に出るかが早かったので、第2位がシネ・リーブル神戸の 70本、第3位がテアトル梅田の 54本、第4位が神戸国際松竹の 52本、第5位が梅田ブルク7の 39本という塩梅だ。

街としては梅田より三宮のほうが好きだったので、神戸の映画館のほうが優勢になっている。テアトル梅田が多いのは会社からとても近かったからだ。

そして、その次に OSシネマズ ミント神戸と並んで TOHOシネマズ上野の 35本ということになる。

つまり、ここが東京で一番通った映画館ということだ。

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Sunday, November 03, 2019

映画『IT / イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』

【11月3日 記】 映画『IT / イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』を観てきた。

一昨年の『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』の続編である。前作はスティーブン・キングの原作の半分しか描いていなかったらしく、これはあの事件から27年後である。

僕は前作が面白ければシリーズ続編は大体観るのであるが、しかし、この手の映画は根本的に僕には向いていないのである。

理由の第一は、いつも書いているように、僕は観た映画でも読んだ本でも片っ端から忘れて行くので、続編が公開になった頃にはほとんど前作を憶えていないということ。

そして、続編を見始めたら次第に思い出すかと言うと全然そんなことはないということ(そもそも、同じ映画を2度観てもそう簡単には思い出さないのだから)。

理由の第二は、外国映画の場合誰が誰なのか僕には却々識別がつかないということ。邦画なら主演クラスはほとんどがしっかり顔を記憶している俳優なので何の心配もないが、普段あまり観ていない外画の場合はよく誰が誰か分からなくなる。

ただでさえそうなのに、この映画の IT と戦う“ルーザーズ”は7人組で、しかも少年少女時代と27年後のダブルなので、それぞれの7人がごっちゃになるのに加えて、27年前の誰が今の誰なのか頭の中でちゃんと結びつかないのである。

幸いにして7人のうち1人は女性、1人は黒人なので区別はつくのだが、あとの5人×2が難しい。

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Saturday, November 02, 2019

11月

【11月2日 記】 2005年の年末に年賀状をクリスマス・カードに変えてから12月の生活がガラッと変わった。言うまでもないが、それでなくても忙しい12月半ばから年賀状書きにあくせくする必要がなくなったのである。

気分的には全然違う。冬休みが本当の意味の「休み」の期間になる。

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