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Tuesday, October 08, 2019

映画『蜜蜂と遠雷』

【10月8日 記】 映画『蜜蜂と遠雷』を観てきた。監督は『愚行録』の石川慶である。脚本と編集も手掛けている。

冒頭、7年ぶりに舞台に立った往年の天才少女ピアニスト・栄伝亜夜が、控室の鏡の前で、練習するように微笑む。一度、そしてもう一度。この笑顔がとても良い。単純に明るい笑顔なのではなく、複雑ないろんなものを飲み込んだ笑顔なのである。

幕が開きピアノの前まで歩いてきて座るシーン。見るとカメラが微妙に揺れているのである。これも亜夜の心の動きを写している。こういうところから期待感を持たせてくれる。そして、指が鍵盤に触れる直前で入ってくるのはピアノの音ではなくベースの音──そこでタイトル。こういう外し方も僕は好きだ。

音楽を扱った小説の映画化というのは難しい。『羊と鋼の森』もそうなのだが、文章で書いてあるからこそ読者の頭の中で音が響き渡るのである。それが、映画にしてしまうと、実際に耳から音が飛び込んできてしまうのだ。

この映画は、そこのところを逃げずに、ちゃんと音で勝負してきた感があって嬉しいくらいだ。音の途中から台詞をかぶせたりしてうまく逃げたところもあるにはあるのだけれど、それは飽きさせないためでもある。コンパクトにまとまって、話もすっと入ってくる。

恩田陸の作品はかなり読んでいるほうだと思うのだが、僕は『蜜蜂と遠雷』は彼女の最高傑作の部類だと思う。原作と同じく、ここではコンクールに出場する4人のピアニストを中心にストーリーが展開する。

ただ、2時間の映画にするためにどこかを削ったり省いたりするのは仕方のないことで、ここでは風間塵の描き方が一番浅い。その分、蜜蜂への触れ方が薄い、と言うか、ほとんどない。でも、そんな中で、この物語において彼が果たす不思議な触媒の働きはくっきりと描いている。

4人のうち高島明石が僕のイメージと一番遠かった。僕はもっと長身の、どちらかと言うとヌボーっとした人物を思い描いていた。ところが、彼を演じた松坂桃李が思いの外良かった。長い独白にメリハリをつけて、非常に巧い台詞回しだった。

他の男性ピアニスト2人を演じた俳優は僕にとっては知らない人だったが、新人の鈴鹿央士はもう風間塵そのもので、よくこんな人を見つけてきたと思う。

マサルを演じた森崎ウィンも原作通り爽やかな感じが良く出ていた。ジュリアード音楽院の在校生だけに、ちゃんと英語を喋れる人を起用したのも良かった。

そして、栄伝亜夜を演じた松岡茉優である。僕はこの人は 20代の女優としては飛び抜けた存在だと思っている。演技に幅があるし、いろんなインタビューを読んでも、いかに彼女が勉強を怠らないしっかりした存在であるかが伝わってくる。

この映画でも、自分が主人公だと聞いて、他の3人のピアニストもしっかり描いてほしいとリクエストしたと言う。大したものである。割合カメラを据えて長い台詞のやり取りをするシーンが多いのだが、それに見事に耐え、ちょっとした感情の動きの変化をとても上手に表していたと思う。

そして、ピアノを弾く姿のなんと凛々しいこと!

映画は、鹿賀丈史が演ずる思いっきり嫌ったらしい指揮者が出て来る辺りから、原作を大きく触ってくる。この辺りから話が急に俗っぽくなる。よくもまあこんな俗物を連れてきて混ぜっ返したもんだ、と思うのも確かなのではあるが、ま、2時間の映画としてはこれで良かったのかもしれない。

ただ、いくらなんでもあんなに直前まで心が乱れていては、本選であれほどの演奏はできないんじゃないか、とは思った。

音が全面に出た作品ではあるが、音だけではなく映像的にも際立ったシーンが多かった。コンテストの朝、地方都市をマサルが走るシーンが、何でもないようでいてとても美しい。

そして、夜のピアノ工房で亜夜と塵が満月の光を浴びながら『月の光』を弾き始めるシーン。2人の気持ちが通ってきて、見交わす眼と眼、自然と漏れる笑顔。やがて『月の光』は突然『二人でお茶を』に変わり、また『月の光』に戻る。

このシーンは亜夜が塵との交流によって次第に覚醒し、再生して行く、とても美しいシーンだ。それ以外にも子供時代の亜夜と母親の連弾、練習で行き詰まったマサルとそれを察知して助けに来た亜夜の連弾…。この映画は連弾のシーンがほんとうに美しい。

松岡茉優と松坂桃李の名演に加えて、脇役がまた素晴らしい。原作にも出てくるローカル局のディレクターを演じたブルゾンちえみ、原作通りの堂々たる審査委員長を演じた斉藤由貴。そして、原作にも出てくるジュリアード生のジェニファー・チャンを演じた福島リラもイメージぴったりだったし、他にも平田満や片桐はいりなど枚挙に暇がない。

指もとが映るとちょっとごまかしきれていないシーンもないではないのだが、当然吹き替えている演奏は最高に素晴らしい。とても良い映画だった。もう一度観てもいいな。

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