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Monday, October 14, 2019

映画『惡の華』

【10月14日 記】 映画『惡の華』を観てきた。井口昇監督。そして、脚本が岡田麿里という、ちょっと考えられなかった組合せだ。ほんとは公開日に観たかったのだが、旅行中だったので果たせず今日になった。

唸るような出来だった。井口昇の映画世界がここに至って完成した気がする。今まで撮ってきた特撮ヒーロー物、エログロ、青春恋愛ドマラのどれもこれもが今ここに向かって収束した気がする。もう次の作品は撮れないのではないかと心配になるほどである。

この映画には連載開始直後から大評判になった原作漫画がある。

井口は押見修造による同名の漫画を読んで、これほど「酸素のように体に染み渡って理解できて感動した作品は初めて」と言い、いつか映画化したいと企画書を書き、8年の時を経てようやく映画化にこぎつけた。

一方、押見は19歳のときに井口監督の『クルシメさん』を観て、抜け出せなかった閉塞感を吹っ切れた感じがしたらしい。「漫画家になれたのは井口監督のおかげ」とまで言っており、井口監督による映画化を切望していた。

そんな具合だから、これは井口昇の、井口昇による、井口昇のための映画であると言って良いだろう。

舞台は山間の地方都市、映画の後半で明らかになるが「桐生市の隣町」ということになっている。時代は、携帯電話は普及していたがまだスマホが出る前で、女子が体育の授業でブルマを着用していた時代の恐らく末期だろう(あの体育のシーンのエロさは井口昇ならではのものだ)。

ボードレールの『悪の華』をはじめ、難しい本ばかり読んでいる中2の春日(伊藤健太郎)は、ある日可愛くて勉強もできる佐伯(秋田汐梨)の体操着が教室の床に落ちているのを偶然見つけ、ついその匂いを嗅ぎ、さらにはそのままそれを盗んで家に持ち帰ってしまった。

翌日の帰り道、春日は、何かにつけて反抗的で誰とも交わろうとしないクラスの問題児・仲村(玉城ティナ)に呼び止められる。

仲村は春日が体操着を盗む一部始終を見ていたと言う。春日をクソムシと罵り、「秘密にしておいてやるから契約しよう」と言って、春日に自分が変態であることを発露させようとする。

これはイタイ映画である。でも、これを変態とか倒錯などと読んで退けてしまうことは、僕にはできない。

人を理解するとはどういうことなんだろう? 人を好きになるとはどういうことなんだろう? 自分らしいってどういうことなんだろう? 思春期に一度は行き詰まった隘路に、この映画は再び僕らをブチ込む。

それは長い長い悪夢のような詩である。

階段の下に不意に仲村の姿が見える怖さ。多用されるローアングルからのクロースアップ。佐伯の、息を呑むほどの、完璧な可憐さ。上半身を裸にされた春日の鳥肌。逆光にかすかにそよぐ仲村の産毛。

仲村が春日に食らわした強烈な頭突きに感じてしまう仄かな好意。落書きだらけになった教室の不思議な解放感。

夜の教室のシーンは初日は黒板だけ、翌日は墨汁、その翌日は踊り狂うというふうにして4日くらいかけて撮ったと言う。汚しているのにとても美しいシーン。あそこから急にBGMがかかるのが印象的だった。

そもそもが高校生になった春日が中学時代を振り返るという構成になっているのだが、後半は高校時代がメインとなり、そこに春日のクラスメイトとして登場した常磐(飯豊まりえ)の存在が映画を一段と面白くする。仲村、佐伯、常磐の三人三様の対照の妙。

そして、クライマックスは高校生になった春日と漸く行方が掴めた仲村の2ショットではなく、常磐が当惑の果てに(あの反応はリアルだった!)「私も行く」と同行して(あそこで僕は落涙しそうになった)3ショットになる。この構成も抜群に面白い。

井口昇は不可解で複雑なものを単純化して解決しようとはしない。でも、そんな中で仄かな救いが見える終わり方は非常に良かった。そして、そこですっきり終わるのではなく、スタッフ/キャストが全部出た後に持ってきたエピローグも秀逸だった。

春日は書くことによってある部分泥沼から抜け出した。それは井口昇そのものではないか。井口も映画作家になっていなければ、ただのオタクの変態オヤジである。あの容姿なので、さぞや中高時代は「キモイ」などと言われて悩んだのではないだろうか。

これは痛みの解る人の作品である。そして、紛れもなく井口昇監督の最高傑作だと思う。

女優3人が素晴らしかった。秋田汐梨という名前をしっかり脳裏に刻み込んだ。

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