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Friday, September 13, 2019

人を動かす理屈

【9月13日 記】 エスカレータに乗ると昨今では「片側を空けずに立ち止まる」ように指示した表示をよく見かけるようになった。

僕は、それこそ小さい頃から、「急ぐ人のために左側を空けておけ」と言われて育ってきたので、突然そんなことを言われてもひたすら困惑するのであるが、しかし、「片側を歩いて追い抜いていく人がいると怪我をする恐れが出る」と言われると却々反論しづらい。

「片側を人が通り過ぎたって怪我なんかするもんか」「さすがに通れないくらいの大きな荷物を持っている時は自粛してるし」などと思ったりもするが、「子供やお年寄りや身体の不自由な人も乗っている。ちょっとした接触が事故に繋がりかねない」と言われると、なるほどそこまでの観点はなかったと負けを認めざるを得ない。

ただ、最近ちょっと違和感を覚えた理屈がある。

それは、ある研究/実験によると、エスカレータの片側を空けてそこを“追い越し車線”にした場合と、両側とも立ち止まってぎっしり乗った場合を比較すると、後者のほうが全員の移動にかかる時間の合計が短くなる。だから片側を開けるのはやめよう──という理屈である。

これは全く説得力がない。

だって片側を歩いて追い抜いていく人は、別に社会全体の移動時間を短縮しようとしているわけではないし、それが達成されても何のメリットもない。彼/彼女はただ自分が急いでいるだけで、他の皆がどうなっても知ったこっちゃないのだ。

「そんな利己的なことで良いのか!」と言うのは、反論にはなっていない。

だって急いでいる人は、単に利己的な場合もあるかもしれないが、何かの事情で切羽詰まっていて他人のことを考えるどころではないのかもしれないのだ。そんな人たちに、そんな遠いところから攻めて行ったってそう簡単に納得はしないだろう。

それはまるで資本主義社会を社会主義社会に変えようと言うような、ある種高邁な思想なのであって、社会全体の利益を考える余裕などないくらい慌てている人に、そんな高いところから呼びかけても、彼/彼女の足を止められるはずがない。

そして、追い抜かれているほうにしても、「別に俺急いでないし。そんな、2~3分早く着いたって仕方ないし」とか思っている人もいるだろうし、「自分は今急いでいないので追い抜かれる側に立っているが、自分が急いでいるときのためにできれば片側は空けておいてほしい」と思っている人も多分いるだろう。

そんな人たちに社会全体の利益という理屈は何の役にも立たないだろう。

だから、「怪我する恐れがあるから立ち止まりましょう」が、僕は良いと思うのだ。ある種の脅しではあるがそちらのほうが遥かに効力がある。

「利益があるから」という説得をする場合、社会全体の利益を説いたって人は動かない。自分だけが利益を得られるから、あるいは、他人より大きな利益が得られるから、人は一生懸命になるのだ。

立派な理屈が人を動かすとは限らない。立派な理屈が人を立ち止まらせるとは限らない。

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Comments

私が記憶する限り、「左側をお歩きください」と、右側は立ったままでいいというアナウンスを聞いたのは、1970年の万国博に導入されたムービング・ウォークが最初でした。そのころ、ビルやデパートのエスカレーターで、2人並んで乗れる幅の機械はあったとしても、極少数だったと思います。その後、千里山あたりのムービング・ウォークでも同様のアナウンスがあったと聞いています。

東京では、歩行優先(あるいは禁止)レーンの左右が代わるのですが、数十年、ほぼ毎朝東京駅地下の横須賀線ホームから、1Fの丸の内口までエスカレーターで登りました。B4からB1まで、4台のエスカレーター×3か所で乗客を乗降するのですが、私が利用していたやや遅めの時間はれぞれ3基が登り、1基だけ降りでした。0830-0900ぐらいのラッシュ時間帯は全12基のうち、2基だけが降りだったようです。列車の前部に乗ることが多かった私が使うエスカレーターは、4基すべてが上りです。現在、この長いエスカレーターでも、形ばかり「歩くな」とアナウンスするようですが、現実に右側は全員が歩いて登っています。ビル3階分ぐらいあるので、左側は老人を中心に立ったまま運ばれていきます。JRは、少なくても右側を歩行用と考えて混雑計算をしたとしか思えません。現在でも、たまに舌打ちして、逆側の立ったまま人類に関西弁で文句を言うおっさんも見かけます。

Posted by: hikomal | Saturday, September 14, 2019 19:35

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