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Wednesday, September 25, 2019

冬の練習

【9月25日 記】 暑いときに寒い国に旅するのと、寒いときに暑い国に赴くのとだったらどっちが楽だろう?などと考えてみる。というのは週末から寒い国に旅行に行くからである。

仕事で毎冬ハワイに行っていたときには、家を出る時に着ていたコートを空港のカウンターに預けていた。日本は真冬とは言え、家から空港までほとんど暖房の効いた乗り物の中なので、それくらいの備えで充分である。

その逆はどうかと言うと、僕は暑さには強いが寒いのは苦手ということもあって、そもそもあまり寒い国に行ったことがない。

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Monday, September 23, 2019

映画『HELLO WORLD』のラストシーンについて

【9月23日 記】 試写会で先に観た映画『HELLO WORLD』が公開されたので、少し書いてみる。ネタバレは書かないつもりなので、これからご覧になる方が先にお読みになるのも良いし、見終わってからお読みいただくのでも良いと思う。

あの映画のキャッチフレーズは“この物語(セカイ)は、ラスト1秒でひっくり返る”である。

確かにあのラストシーンの最後のカットで「えっ?」となることは間違いない。「えっ?」で済んだら良いのだが、ま、中には「えっ、えっ、えー???」という人もいるだろう。

いろんな解釈が出てくる。そして、観た者が集まって話をしていると、「あ、なるほど、そういうことか」という線に大体落ち着いてくる(それが何か、まではここでは書かないけど)。

で、みんなで話していて驚くのは、「あのラストシーンはないほうが良かった」と言う人が少なからずいることである(僕の周りではそういう人たちのほうが多数派かもしれない)。彼らは言う。「あれで訳が分からなくなる。あれがなくても話は完結している」と。

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Sunday, September 22, 2019

映画『葬式の達人』

【9月22日 記】 映画『葬式の達人』を観てきた。

僕は大阪人ではあるが、大阪府立茨木高校の卒業生ではない。そして、「イバ高」卒の文豪・川端康成の愛読者でもない(多分、1作か2作しか読んでいない)。目当てはひたすら前田敦子である。でも、一方で、大阪人として仄かな親近感を覚えたのも確かである。

監督は樋口尚文。僕はあまり知らなかったのだが、映画評論家としては夙に有名で、長編映画の監督もこれが2作目、そもそもは電通のクリエイティブ・ディレクターとしてたくさん CM を作ってきた人だそうだ。

舞台は茨木高校。卒業生で、今は母校の野球部の監督をしている豊川(高良健吾)の前に、かつてバッテリーを組んでいた吉田(白洲迅)が現れる。

吉田は当時のエースで、高校野球の予選大会では決勝まで進んだが、試合中に怪我をして退場。そのまま腕が動かなくなり、野球をやめ、どこかに行ってしまった。海外に行ったという噂だが、もう何年も消息がなかった。

その彼が現れたと思ったら、突然交通事故で死んでしまう。その知らせを聞いてかつての同級生が集まってくる。

進学校ということもあって、今ではみんなエリート・サラリーマンだったり、弁護士だったり、府会議員だったり。そんな中で雪子(前田敦子)は木造アパートで息子と暮らす、工場務めのシングルマザーである。

多分ここまでは書いて良いと思うのだが(ネタバレ絶対御免と言う人はこの先は読まないで)、実は雪子の子供の父親は吉田である。

葬儀場が混んでいて却々手配がつかない中、吉田の最大の理解者だと自負する、大変おせっかいな豊川の提案で、吉田の遺体をみんなで母校に運んだり、そこに坊主を呼んだり、その後葬儀屋と喧嘩して追い返してしまったり、ハチャメチャになってくるのだが、みんな結構当時の思い出に浸って楽しんでいる。

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Saturday, September 21, 2019

映画『アイネクライネナハトムジーク』

【9月21日 記】 映画『アイネクライネナハトムジーク』を観てきた。

伊坂幸太郎の小説が原作だが、これは斉藤和義が伊坂幸太郎に作詞のオファーをした際に、詞は書けないけど小説ならと応じた伊坂の短編に、斉藤が今度は歌を作って返し、それを受けてまた伊坂が小説を返すというような形でできた短編集なのだそうだ。

そして、映画化に当たって伊坂が指名したのが今泉力哉監督。音楽は当然斉藤和義である。今泉は自分で脚本を書く人だが、この本に限っては、これまで中村義洋監督と一緒に『アヒルと鴨のコインロッカー』や『ゴールデンスランバー』などの伊坂作品を映画化してきた鈴木謙一に任せた。

登場人物が入り組んで、一体誰が主役でどれがメインのストーリーなのか分からなくなるような展開が続くのが序盤である。

一応主人公は佐藤(三浦春馬)である。彼のクラスメートだった一真(矢本悠馬)と由美(森絵梨佳)は学生結婚して早くも子供がふたりいる。佐藤はいつまでたっても「出会いがなくて」彼女ができない。

そんな不甲斐ない佐藤は、一真によくダメ出しされているばかりか、一真の幼い娘にも「佐藤」と呼び捨てにされている。

一方で、美容師の美奈子(貫地谷しほり)。こちらも出会いのない美奈子に対して、美容室の常連客の香澄(MEGUMI)が「うちの弟なんかどう?」と言い出す。ある日、香澄に騙されて本当にその弟が電話してきたのをきっかけに、ふたりは時々電話し合う仲になるが、いつまでも電話だけの関係である。

そこに加えて佐藤の職場で隣りに座っている先輩の藤間(原田泰造)の話。ある日突然奥さんが子供を連れていなくなったとのこと。藤間は心を病んでしばらく会社を休んでしまう。

そして、日本人ボクサーが初の世界ヘビー級王座に挑戦した日に、路上でアンケートを取っていた佐藤が紗季(多部未華子)と出逢う。紗季の手の甲にはボールペンで書いた「シャンプー」の文字。

と、ここまで読んで何がどう繋がるのか分からないだろうが、少し進んだかと思うと、話は突然10年飛んでしまう。一真の娘・美緒(恒松祐里)はもう高校生だ。そして、同級生の久留米(萩原利久)の存在。

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Friday, September 20, 2019

HTB『チャンネルはそのまま!』

【9月19日 記】 『全裸監督』の記事を書いて思い出した。『チャンネルはそのまま!』の記事を書くのを忘れていた。

北海道テレビ(HTB)が開局50周年を記念して作ったドラマである。1Hもの×5話。北海道ローカルでは深夜枠で5夜連続で放送したが、全国ネットではたとえ深夜といえどもそんな枠は取れるはずもない。それで HTB は Netflix と組んだ。そのことによって恐らく少なからぬ額の制作費が調達できたはずだ。

いざ放送してみると非常に評判が良くて、所謂「番販」(番組販売)の形で各独立局やローカル局に広がり、僕は tvk が我が家では映らないので Tokyo MX での放送開始を待って漸く観た。

いやあ、面白かった、と思っていたら、今日民間放送連盟賞の最優秀賞を獲ったとのニュース。むべなるかな。

そもそもは佐々木倫子による漫画である。で、舞台となっている北海道☆テレビ(ほっかいどうほしてれび、HHTV)は HTB をモデルにしている。佐々木倫子は札幌在住で、何度も取材のために HTB を訪れたらしい。

地方局はあまりドラマというものを作りなれていないが、北海道局ぐらいになると、一般的に言って「ドラマを作ったことがない」ということはない。で、HTB には有名な藤村忠寿という人がいる。大ヒット番組『水曜どうでしょう』のプロデューサーであるのみならず、自ら舞台に立って演劇をする人で、映画にも出ている。

今回は5話のうち何話かを監督しているだけではなく、小倉部長の役で全話出ずっぱりである。公には語られていないが、どうやらこの小倉部長はそもそも藤村忠寿をモデルに作られた人物らしく、言ってみれば自分で自分を演じたわけである。

そして、総監督はこの番組のプロデューサーと親交のあった本広克行が務めている。「制作 Production I.G」というクレジットが出る。「なんでアニメ制作会社が?」と思う人もいるかもしれないが、本広は現在そこの所属なのである。ちなみに脚本は森ハヤシである。

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Thursday, September 19, 2019

Netflix 『全裸監督』

【9月19日 記】 『全裸監督』全8話を見終わった。これを見るために一旦は退会した Netflix に再入会した。

面白かった。よくできていた。ただ、周りのみんながあまりに「すごい、すごい」と騒ぐのでどんなにすごいのかと思ったが、別に度肝を抜かれるようなものではなかった。

日本人をモデルにして、日本を舞台に、日本の脚本家が脚本を書き、日本の俳優が出演し、それを日本の監督が演出したわけだから、基本的には他の日本のドラマと根本的に違うというようなものにはならない。

総監督や監督はそれなりに実績のある、名の通った人たちだが、名前を聞いてびっくりするような人ではない。

例えばもしもこれを是枝裕和が監督したと言うのであれば、それを聞いただけでびっくりするし、多分もっとびっくりするものができたと思う。ま、是枝監督は撮らないだろうから、例えば廣木隆一とか園子温とか冨永昌敬とかが撮ったらもっともっと面白かったかな、とは思う。

いや、だからといって、この作品を貶す気は全くない。最初に書いたように、面白かったし、よくできていた。お金がかかっているのも判った。こと性行為に関しては地上波テレビではできない表現をしていたのも確かだ。そして、全てを性産業の立場に立って、性産業の側から描いているのが小気味よかったし心地よかった。

新宿歌舞伎町の入り口で、当時全盛を極めたテレクラの勧誘音声「入会金無料!1時間はっぴゃくえん!」というのが聞こえてきて、おお、そうだったとめちゃくちゃ懐かしくなった。時代考証やセットの作りなどで、そういう細かな気配りが随所に見えた(おかしい点もないではなかったが)。

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Tuesday, September 17, 2019

飲める水道水

【9月17日 記】 近々、久しぶりに海外旅行に行くのだが、現地の情報として「水道水は飲める」というのがあった。とりあえずミネラル・ウォーターを買わなくて済むのは助かる。

などと思っていてふと気づいたのは、日本でも水道水は飲めるということ。東京の水道水は世界でもトップクラスの水質だという話を聞いたこともある(真偽のほどは知らないし、そう言う根拠も知らないが)。

では、日本で水道水を飲んでいるかと言えば、僕は飲んでいない。もう何年も飲んでいない。自前の浄水器をつけているか、あるいは家にビルトインの浄水器が備わっているか。そういう環境でないところに一泊しているときも、沸かしてお茶を淹れるのがせいぜいで「生水」は飲まない。

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Monday, September 16, 2019

映画『人間失格 太宰治と3人の女たち』

【9月16日 記】 映画『人間失格 太宰治と3人の女たち』を観てきた。

僕にとって蜷川実花は鮮やかな色彩の、とにかく綺麗な画を撮る人、である。『ヘルタースケルター』みたいな秀作もあるが、どっちかと言うと綺麗な画を撮ることに寄りすぎた監督だと思っている。だから、今年の作品で言えば『Diner ダイナー』はパスした。

その一方でこの映画を観たのは、何と言ってもキャスティングに惹かれたからだ。

この映画は太宰治そのものを描くと言うよりも、副題にあるように、彼の正妻を含む3人の女たちを描いた映画だと言える。

妻の美知子に宮沢りえ、自らも文章を物し『斜陽』にヒントを与えた静子に沢尻エリカ、太宰と心中を果たした最後の女にして職業婦人の富栄に二階堂ふみ。こんな飛びっきりいい女を3人も揃えられては観ないわけには行かない。

それぞれが嵌り役で、とても魅力的な女性として描かれている。他にもちょい役で壇蜜が出ていたりして、いい女には事欠かない。

一方、それを取り巻く男優陣はと言えば、太宰担当の編集者・佐倉に成田凌、太宰とともに無頼派と呼ばれた坂口安吾に藤原竜也、若き三島由紀夫に高良健吾、太宰の親友の脚本家・伊馬に瀬戸康史、静子の弟に千葉雄大、と、こちらもイケメン大集合である。

つまり、この映画には美男美女しか出てこないのである。演じるとしたらどうしても脂ぎっていたり、あるいは逆に貧相だったりする中年をキャストするしかない志賀直哉や川端康成は、話には出ても画面には登場しないのである。

これはそういう映画である。カッコいい男と綺麗な女のグラビア写真を繋いで動かしたような綺麗な映画。僕は別にそれがいけないとか嫌だとか言う気はないが、もしそういうのに抵抗感があるなら観ないほうが良いかもしれない。

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Sunday, September 15, 2019

映画『ある船頭の話』

【9月15日 記】 映画『ある船頭の話』を観てきた。オダギリジョーにとっては長編としては初めての監督/脚本作品ということになるが、撮影監督は『恋する惑星』『天使の涙』『ブエノスアイレス』『花様年華』などの監督として知られるクリストファー・ドイルである。

テレビも含めて僕が見たドイル作品は上記のうち『ブエノスアイレス』を除く3本と、撮影監督を務めた『ラビット・ホラー3D』と『UNDERWATER LOVE-おんなの河童-』。こうやって並べると、とても不思議な人だ。

最初のシーンは川岸に立つ船頭・トイチ(柄本明)のクロースアップだが、これはカメラが柄本に寄ったのではなく、明らかに対岸から望遠で捉えた映像である。

そう、この映画には遠景が多い。もちろん全部が遠景のわけはないが、とても美しい遠景や、力強い遠景、淋しい遠景など、遠景が多くを物語っている。それは自然の大きさを示すのか、人間の小ささを思い知らせるのか、それとも孤独を表しているのか、それは映画を観た人それぞれだろう。

舞台となっているのは、どこだか分からない川。時代も、現代ではないと思われるが、明治なのか大正なのか、詳しいところは分からない。田舎、と言うより、むしろ深山幽谷である。

そこに水墨画のような山々や木々、そして雲や霧、岩だらけの川岸とトイチが住むボロボロの黒い掘っ立て小屋──そんなものが層をなして浮かび上がる。場面によってはその中にほんとうに小さく人間がポツンといる。

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Friday, September 13, 2019

人を動かす理屈

【9月13日 記】 エスカレータに乗ると昨今では「片側を空けずに立ち止まる」ように指示した表示をよく見かけるようになった。

僕は、それこそ小さい頃から、「急ぐ人のために左側を空けておけ」と言われて育ってきたので、突然そんなことを言われてもひたすら困惑するのであるが、しかし、「片側を歩いて追い抜いていく人がいると怪我をする恐れが出る」と言われると却々反論しづらい。

「片側を人が通り過ぎたって怪我なんかするもんか」「さすがに通れないくらいの大きな荷物を持っている時は自粛してるし」などと思ったりもするが、「子供やお年寄りや身体の不自由な人も乗っている。ちょっとした接触が事故に繋がりかねない」と言われると、なるほどそこまでの観点はなかったと負けを認めざるを得ない。

ただ、最近ちょっと違和感を覚えた理屈がある。

それは、ある研究/実験によると、エスカレータの片側を空けてそこを“追い越し車線”にした場合と、両側とも立ち止まってぎっしり乗った場合を比較すると、後者のほうが全員の移動にかかる時間の合計が短くなる。だから片側を開けるのはやめよう──という理屈である。

これは全く説得力がない。

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Tuesday, September 10, 2019

Lv.10 いいね!

【9月10日 記】 もはや知ってる人はいないだろうが、僕はかつてオンライン・ブックストア<bk1>にずっと書評を投稿してきた。それが honto に統合されてひどい目にあってからはしばらくブランクがあり、何年か置いてから今度はシミルボンに投稿を始めた。

シミルボンについては、オープン前にお声がけをいただいたこともあって、サイトがオープンしたときにはもう僕の書評が載っていた。つまり、開設時からの最古参投稿者なのである。

ところで、そのシミルボンの投稿者にはランクと称号がある。

称号のほうはその都度事務局が独自の判断で授与して行くようだが、ランクにはルールがあって、Lv.6(ロウソク)から Lv.10(タイマツ)までは「いいね!」の数で決まると書いてある。

果たしてそれが単純に「いいね!」の累計なのか、そうでないのかは知らないが。

で、僕のランクは何かと言えば、もうずーっと長い間 Lv.9(タイマツ)だった──最古参投稿者であるにもかかわらず、だ。Lv.10(タイマツ)の人はすでにものすごく大勢いる。僕より投稿数が多い人も多いが、でも、それが決定的な要素ではないと思う。

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Sunday, September 08, 2019

死生観

【9月8日 記】 過日、ジャニー喜多川氏のお別れの会でマッチだったか KinKi Kids の剛くんだったかが、「ジャニーさんもきっと喜んでると思います」と言うのを聞いて、僕はちょっと引っかかった。

最初に書いておくが、僕はジャニーさんに恨みがあるわけでもないし嫌いなわけでもない。近藤真彦氏や堂本剛氏を貶そうとかいう意図もない。ただ、僕は引っかかった。僕にはそういう「故人もきっと喜んでいる」というような感覚がどうしても持てないのである。

だって、故人は死んでいるんだから、もう喜べないではないか?

そんなことを言うと、「何をにべもないことを。こういう時はそういう風に言っておくもんだ」などとたしなめられたりする。

でも、僕には死んでいる人が喜ぶとも悲しむとも思えない。どうしても考えられないし、そんなことはどうしても言えない。だって、もう二度と喜んだり悲しんだりできなくなった状態が死なのだから。いや、仮に喜んだり悲しんだりしているとしても、それは生きている僕らには直接伝わらないのだ。

死後の世界があるとかないとか、それを信じるとか信じないとかいうこととは関係がない気がする。たとえ故人が上空から自分の葬式を見ていたとしても、見られている僕の側で終わっている気がする。だって、基本的にコミュニケーションの手段がないんだもの。

僕にとって人が死ぬってそういうことだ。そして、それは自分が死ぬ場合も同じだ。

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Saturday, September 07, 2019

中西勝記念館

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【9月7日 記】もう随分前に退職した会社の大先輩が中西勝という画家の遺志を継いで、旧中西邸に棲み着くような形で「中西勝記念館」の開館準備を進めている。

そんな話は前から聞いていて、僕は「僕には到底理解できない日本画家かなんかなんだろう」と勝手に思っていた。なんで勝手に日本画家だと思ったのかは定かでない。

しかし、今日伺って見せてもらうと、洋画だ。

結構僕にも理解できる、と言うか、僕が共感を覚える、僕好みの絵画だったので、なんか嬉しくなった。

履歴を見ると、大阪市生まれ、武蔵野美術大学卒。アメリカ、メキシコ、ヨーロッパなど各国に旅している。

中南米の香りのする力強い画風だ。中にはちょっとキュビズムっぽい絵もあった(時代的にはぴったり符合する)。

2015年に亡くなっている。享年92。

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Thursday, September 05, 2019

『違和感のススメ』松尾貴史(書評)

【9月5日 記】 松尾貴史氏に実際にお目にかかったことはないが、もう何年も twitter でフォローしている。何故だか知らないが、松尾氏も僕をフォローしてくれている。

それで彼の考え方・感じ方は十全に承知しているつもりなので、この本は別に読まなくても良いかなと思ったりもしたのだが、結局はその絶妙なタイトルに惹かれて読んでしまった(笑)

しかし、時々あることなのだが、読み始めてしばらく、あまり面白くない。「えっ、なーるほど、そう来たかっ!」というようなことが何一つ書かれていないのである。書かれているのは普段僕が考えたり感じたりしていることとあまりにも共通している。

だから、別段面白くない。痛快でもない。彼の書いていること自体に違和感なんかほとんどない。

でも、考えてみれば、それは僕が松尾貴史と同じような発想をし、同じような思想を抱いているということで、つまりそれは、僕がもし公の場で松尾貴史と同じように好きなことを喋ったり書いたりすると、僕も彼と同じように「反日」と言われ吊るし上げられるということだ。

今はそういう世の中になってしまったのである。そして、そういう環境があるからこそ、この人は違和感をぶちまけているのである。偉い人である。

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Monday, September 02, 2019

セルフレジ

【9月2日 記】 まことに遅まきながら、昨日 UNIQLO でセルフレジというやつを人生初体験した。

別に難しくておろおろするだろうなどとは思っていなかったし、事実簡単に支払いは終わった。

しかし、最初にセルフレジなるものの存在を聞いた時には「そんなもの大丈夫かな?」と思ったのも事実である。例えば3つ買った商品のうち2つしか台に置かなかったらどうなるんだろう?とか。

でも、考えてみるとそういうことは有人のレジでも起こるわけである(3商品のうち2つかレジで出さなかったら?)

そういう意味で、よくよく考えてみると、これはかつては銀行の有人窓口でお金を入れたり出したりしていたものが、無人の ATM でできるようになったようなものなのだ。今では消費者金融でお金を借りるのさえ無人の窓口でできる。

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Sunday, September 01, 2019

瀧内公美

【9月1日 記】 昨日見た映画『火口のふたり』の主演女優、瀧内公美──どこかで見たような顔なのだが名前については全く記憶がない。でも、調べてみると何本か観ている。

しかし、『さよなら渓谷』(2013年、大森立嗣監督)は本当の端役だから憶えていなくても仕方がないが、『ブルーハーツが聴こえる』(2017年、4人の監督によるオムニバス)も『ここは退屈迎えに来て』(2018年、廣木隆一監督)も全く印象に残っていない。

『彼女の人生は間違いじゃない』(2017年、廣木隆一監督)はさすがに主演だから憶えていても不思議はないのだが残念ながら記憶にない。自分の書いた映画評を読むと、映画自体は褒めているが瀧内公美については(一応名前は挙げているが)演技には一言も触れていない。

でも、昨日の『火口のふたり』で漸く憶えた。多分演技的にもかなり巧くなったのではないかと思うのだが、廣木隆一監督に2度にわたって使われているということは、廣木監督は早くから彼女の魅力を見抜いていたのかもしれない。

そして、この映画の主演ということは廣木監督以外にも(それが荒井晴彦監督なのかプロデューサーなのか知らないが)慧眼の持ち主がいたということなのだろう。

それが花開いた。『火口のふたり』の瀧内公美は相当に良かった。脱いだとか脱がないとか、そんなことと全く関係なく。すごく良かった。さすがに僕も名前をしっかり記憶した。

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