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Saturday, August 31, 2019

映画『火口のふたり』

【8月31日 記】 映画『火口のふたり』を観て来た。

原作は白石一文の同名の小説。監督・脚本は荒井晴彦。

柄本佑と瀧内公美がずっとセックスしている映画だ。背景と映り込み以外では他に誰も出てこない。堂々たるセックス映画。

撮影はベテラン川上皓市。カメラはほとんど動かない。

いや、全く動かないわけではなくて、時々振ったり寄ったりはするが、寝室のシーン(そして、この映画の大半は寝室のシーンだ)ではほとんど固定の画だ。

長めのカットを積み重ねて、ふたりに長い会話を交わさせ、終わることのない、激しい、あられもないセックスを演じさせる。

時代が変わったということもあるが、これら一連の性描写は、例えば往年の「にっかつロマンポルノ」で許されていたレベルを、衒いも力みもなく超えている。

これ、ほんとにやってるんじゃないの? ほんとに気持ちいいんじゃないの? と思うくらい。

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Thursday, August 29, 2019

『HELLO WORLD』マスコミ試写会

【8月28日 記】映画『HELLO WORLD』のマスコミ試写会に行って来た。

僕はアニメーションに詳しいほうではないが、それでも『ソードアートオンライン』の監督、『正解するカド』の脚本家と聞くと心踊るようなところがある。

そして何よりも予告編が面白そうだった。

だから今日はとても楽しみに見に行ったのだが、ほんとに正直な感想としては、「うーん、もう一回見ないと分からない」という感じ。

いや、訳が分からないというのではない。話の運びは整理されている。

ただ描いている世界があまりに複雑なので、見ながら自分の頭の中で整理がつかない。残った謎が多すぎて、「あー、もう一回観たい!」という感じなのだ。

つまり、とても深い!

ネタバレになるので細かくスジを書くわけには行かないが、しかし、僕自身がネタをバラすほど深く理解できていない。

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Tuesday, August 27, 2019

『夢見る帝国図書館』中島京子(書評)

【8月27日 記】 映画『長いお別れ』は観たが、それは監督が中野量太だったからで、そもそもそういうテーマは僕の好きな話ではない。映画『小さいおうち』は観なかった。評判の高い映画だったし、邦画好きな僕ではあるが、残念ながら全く観る気が興らなかった。

だから、もし最初に僕がこの2本の映画の原作者として中島京子の名前を認識したなら、この本は読まなかっただろう。

幸いにして彼女の名前は僕の記憶にはなく、何の予備知識もないまま、ある日シミルボンで風信子さんによる書評を読んだ。すると、風信子さんの筆致によるところも大きかったのだが、これが何とも言えず面白そうで、僕はこの本を読まずにいられなくなったのである。

表題と同じタイトルの作中作が何章にも分けて本編内に登場する。帝国図書館だから、明治の初めから第二次大戦ぐらいまでの話だ。だが、その図書館が夢見るのである。──どんな夢を?

いや、夢見る帝国図書館は夢見るだけではない。図書館に通う婦女子に恋するような思いさえ抱いたりする。

その作中作の外側のストーリーは、職業作家として漸く一本立ちし始めた「わたし」が、ある日上野公園で喜和子さんという、一風変わっていて、気風が良くて、幾分わがままで、人懐っこい老婦人と知り合うところから始まる。

2人の奇妙な交際の日常を読み進むうちに、この『夢見る帝国図書館』は喜和子さんが書こうとしてた小説だと判明する。でも、喜和子さんは書こうとは思ったものの、自分には書けそうもないので、作家の「わたし」に書いてくれと言う。

読者はそんな話を追いながら、ところどころに出てきて自分が今読まされている『夢見る帝国図書館』が、果たして喜和子さんが書いた初稿なのか、喜和子さんの願いを容れて「わたし」が完成したものなのかが分からない。

そして、2つの話は交互に進むがいつまでも交わることがない。

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Monday, August 26, 2019

好きなドラマ

【8月26日 記】 今期はよく頑張っていると思う。ドラマの話である。いや、ドラマの制作者が、ではなく、視聴者たる僕が頑張っているという話。頑張っていると言うより踏み留まっていると言ったほうが良いかもしれない。

僕は中高生の頃から既にドラマが好きで、会社に入ってからも、最盛期には NHK の朝の連続テレビ小説を含めて週にドラマ8番組を観ていた時期がある。

もちろん毎日リアルタイムで観られるような生活習慣は成り立たなかったので、勢い録画しての視聴が主流となり、土日は随分忙しかった記憶がある。

それがいつの間にか、と言うか、次第にドラマを観る体力も気力も失せてきて、最近では週に1本がやっとである。つまり、毎クール1つの連続ドラマを選んでそれだけを観ているというのが、ここのところ数年、いや、ひょっとすると10年間ぐらいの視聴習慣である。

それが今クールは4本──TBSの『凪のお暇』、同じくTBSの『ノーサイド・ゲーム』、そして MXで放送している HTB製作の『チャンネルはそのまま!』、さらに、放送はもう終わってしまったが、WOWOW の連続ドラマW『ポイズンドーター・ホーリーマザー』である。

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Sunday, August 25, 2019

映画『ロケットマン』

【8月25日 記】 映画『ロケットマン』を観てきた。

トランプ大統領が金正恩をロケットマンと呼んだ時に、「おいおい、それはエルトン・ジョンに対して失礼だろう」と思ったのが僕らの世代だ。

特にエルトンのファンというわけでもない。レコードや CD は1枚も買ったことがない。でも、エルトン・ジョンと聞くと即座にバーニー・トーピンという名前が浮かぶ程度には知っている。一番好きな曲は Goodbye Yellow Brick Road かな。僕はこの歌で brick という英単語を憶えた。

まず驚いたのは歌。エルトンだけが歌うと思っていたのだが、ストーリーに合わせてミュージカル風に、エルトンもバーニーも、時として憎まれ役の父親やマネージャーのジョン・リードも一緒に歌う。ときにはハモる。

そして、ダンス。歌だけではなく、これほどまでに出演者が踊るとは予想していなかった。まさにアメリカン・ミュージカル。動きにキレがある。長回しと編集を巧く使って、とてもビューティフルな映像が出来上がっている。

それにしても、バーニー役が『リトル・ダンサー』の主役の少年だったと思い当たらないのは仕方がないとして、エルトン・ジョンに扮したタロン・エガートンが『キングズマン』『キングズマン:ゴールデン・サークル』の主演男優だったとパンフを読んで初めて気づくとは我ながら面目ない(両方とも見たのに)。

どうりでどっかで見た顔だと思った。このエガートン、かなりの特訓をしたらしいが、歌もピアノもダンスも本当に素晴らしい。声に張りがある。エルトンの動きの模写も完璧だ。

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Saturday, August 24, 2019

映画『ダンズウィズミー』

【8月24日 記】 映画『ダンズウィズミー』を観てきた。ああ、やっぱり僕は矢口史靖監督って大好きだな、というのが結論。

オープニングからビートの効いたサウンドが流れ、スタジオの音響機材(フェーダやボリューム・メーターなど)が映ってる。舞台裏を通ってドアが開いてアップになると、入ってきたのは往年のミュージカルスター宝田明である。ここでは往年の催眠術師マーチン上田だが、そのマーチンが歌って踊る。

良いオープニングだと思った。躍動感がどうのとかいうこともあるが、何よりも宝田明に対するリスペクトがある。そして、それは映画全編を通じてあるのである。

カメラが引くとそれは受像機の中の画となり、テレビ番組の一部だったことが判る。しかし、このテレビ受像機はどう見ても昭和の時代のものである。そこがミソで、テレビで人気を博したマーチンも今や落ちぶれて、遊園地の片隅でインチキ臭い催眠術をやっている。

その催眠術に主人公の一流企業OL・静香(三吉彩花)がかかってしまい、音楽が聞こえてくると“カラダが勝手にミュージカルしてしまう”ようになる──という、単一の仮定によるコメディである。

「さっきまで普通に喋っていた人たちが急に歌って踊りだすのは変だ」と言っている主人公自身が、まさにそのシチュエーションになってしまうところがおかしい。

静香は社内プレゼン中に PC から流れてきた BGM に反応して“発症”していまい、皆の度肝を抜いてしまう、と言うか、本人としては恥ずかしい限りの大失態で会社を飛び出す。そして、術を解いてもらうべくマーチン上田を探すが、彼は借金を踏み倒して夜逃げ中と分かる。

たまたま捕まえたマーチンのアシスタント千絵(やしろ優)や興信所の渡辺(ムロツヨシ)と一緒にマーチンの足取りを追って、ここから先はロードムービー/ミュージカルになる(笑)

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Thursday, August 22, 2019

予断

【8月22日 記】 ウチのマンションのエレベータのカゴの中にはカメラがついていて、各階の乗り場のスイッチの並びにある小さなモニタで中の様子を見ることができる。

先ほどゴミを出そうと思ってエレベータ前に行くと、乗っていた男性が 13階で降りたのだが、降り際に1階のボタンを押して行くのが映っていた。

前にもこういうことを書いたと思うが、僕にはどうしてそんなことをするのか全く理解できない。

そのボタンを押したがために、12階のエレベータホールで重症を負って血がボタボタ滴っている人がボタンを押す前にエレベータが1階に降りてしまい、上がってくるのを待っている間に死んでしまった──なんてことがないだろうかと、どうして想像しないのだろう?

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Tuesday, August 20, 2019

終身雇用時代のやり方

【8月20日 記】 サラリーマンも晩年になってくると、後の人たちに何かを伝えたいという気になる。

自分の成功体験を押しつけて若い芽を摘んでしまうようなことはしたくないが、自分が長いこと働いて掴んだいろんなこと(成功談も失敗談も)を伝えることは、彼らが仕事を進める上でのヒントぐらいにはなるのではないかと思うのだ。

でも、今となってはそれも無理があると諦めた。

何故なら僕らの世代のやり方は終身雇用時代のやり方だからだ。

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Saturday, August 17, 2019

『聲の形』ふたたび

【8月17日 記】 僕は今まで京都アニメとは縁がなくて、京アニの作品は1本も観たことがない、と思い込んでいたのだが、実は映画『聲の形』が京アニ作品だった。

それで当時書いた映画評を読み返してみた。何度も書いているように、僕は時が経つと観た映画も読んだ本も、悉く内容を忘れてしまう質なので、この映画のことももうおぼろげにしか憶えていない。

ただ、その時の記述にあるように、

そこにあるのはきれいごとではない世界であり、「きれいごとではないんだ」と糾弾する単純さをも排斥した、深くて一筋縄では行かない世界なのだ。そして、まさに僕らの暮らす世界はそのように進み行くのである。

というような印象はなんとなく残っている。

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Thursday, August 15, 2019

Webcat Plus

【8月14日 記】 ひとつ前の記事に書いたように(と言うか、ひとつ前の記事がそのものなのだが)シミルボンのコラム募集「カラダの欲望、ワタシの本音」に応募して文章を書いた。

そこにも書いたように、この文章はもともと僕がやっていたホームページ Wise Word Web の読書コラムの1章として書いたもので、それに何箇所か手を入れたものである。

で、今回何が困ったかと言うと、そもそもこの文章を最初に物したときからそうだったのだが、昔読んだ外国小説の書名や作家名がどうしても思い出せないのである。

いや、タイトルは多分『彼女』だ。100%の自信はないが、多分そうだったと思う。

それならネットで検索すればすぐに出てくると思うかもしれないが、「彼女」で検索するとタイトルに「彼女」を含む本が何万冊と出てくるのである。

部分一致ではなく完全一致で検索すれば良いではないかと言われるかもしれないが、その機能のある検索ボックスが意外にないのである。amazon もダメ、紀伊國屋書店もダメ。他にもいろいろ試してみたが、どこもかしこも表題に「彼女」を含むものを全ておっ広げてくれる。

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Wednesday, August 14, 2019

セックス小説の本流(いや、奔流?)

(このコラムは、シミルボンが白石一文の『火口のふたり』の映画化/公開に合わせて、「カラダの欲望、ワタシの本音」というテーマで募集した企画に応じて書いたもののコピーですが、元々は私がここのブログと並行して運営していたホームページに、2012年5月に書いて掲載していた文章に少し手を入れたものです)

【8月13日 記】 このお題に触発されて「セックス小説」というものを取り上げてみたいと思う(そういうジャンルがあるのかどうか知らないが)。

絵画の場合は昔から裸婦を描く伝統があるからそうでもないのだろうけれど、例えば写真に裸の女性を撮ったりすると、すぐにそれはエロだと言われる。小説も似たりよったりでセックスを描いた途端にポルノだと言われる恐れがある。

もちろん芸術とエロの間に、「ここまでは韓国、ここを越えたら北朝鮮」みたいな明確な境界線があるわけがない。

性欲は人間の基本欲求のひとつだから、それを描くのは文学や芸術の必然である。しかし、それがエロやポルノだと言って排斥されるのかされないのかは発表してみないと分からないのである。そういう意味で、カラダの欲望や本音を描く際には少し覚悟が必要になる。

「セックス小説」というのは物語の中にセックスが出てくる小説、ということではない(そんなものは山ほどある)。セックスの占める割合が多い小説ということでもない。「官能小説」というのとも違う気がする。

なんと言うか、セックスそのものを描いた小説のことである。官能小説というのは、多分それを読んだ人を興奮させることが目的なのだろうが、そうではなくて(別にそうであっても構いはしないが)、セックスを描くこと自体が目的の小説のことである。

セックスを描くと言うと、例えば大御所の作家だと、山田詠美や村上龍などの名前が思い浮かぶ人もいるかもしれないが、彼らの作品はセックス小説と呼ぶには広すぎる。もっと直接セックスを描くことに専心している感じの小説のことを取り上げたいのである。 

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Monday, August 12, 2019

映画『アルキメデスの大戦』

【8月12日 記】 映画『アルキメデスの大戦』を観てきた。

山崎貴監督と言うと、僕のイメージでは VFX の人で、どんな映画を撮っても僕なんぞは「あ、この特撮が撮りたかったのね」などと思ってしまう。

この映画においても、冒頭の、いきなり戦艦大和が撃沈されるシーンでは、そのスケール感や転覆する動きとかもさることながら、「ははあ、当時の軍艦の砲台はこんな形でこんなメカニズムだったのか」と感心したりもした。

そして、山崎監督は映画の筋や展開よりもそんなところを褒められたほうが喜ぶのではないかという気さえする。

ここまでお読みいただいて、一体僕は褒めようとしているのか貶そうとしているのかが分からないかもしれないが、いずれにしてもこの映画は僕にとってはプライオリティが低く、あまり見る気はなかったのは確か。まあ夏枯れで順番が回ってきた感じ。

僕は戦争映画は好きではないし、「映画監督になって、いつか戦艦大和を題材にした映画作りたいと思っていました」という監督の思いも全く理解できない。

ただ、漸く結論を明らかにすると、この映画はそんなに悪くなかった。

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Sunday, August 11, 2019

替刃の検証 これが本当の解決編

【8月11日 記】 シェーバー(我が家の場合は BRAUN製)の替刃交換ランプはどのようなセンサーに基づいて点灯するのか? 僕はそのことが気になって気になって、このブログにも都合5回の記事を書いてきた。

  1. 2011/12/28 『替刃の検証』
  2. 2013/1/23 『替刃の検証 returns』
  3. 2014/2/15 『替刃の検証 returns again』
  4. 2015/3/18 『替刃の検証(4回めw)』
  5. 2015/4/27 『替刃の検証 解決編(恐らくw)』

最初の4回は替刃ランプが点灯した時点で、最後の1編は会社の先輩の説を聞いて納得した時点で書いたものだ。

こんなに悩んだ問題が今日一気に解決した。

先週、今年もまた交換ランプがついたのだが、昨日替刃を交換したあと、何故だかランプのリセットができない。単にこのランプ兼ボタンの物理的な故障のように思えるのだが、どこかになにか書いていないかと思いググってみたところ、BRAUN のホームページに辿り着いた。

するとそこにランプ点灯の仕様が載っているではないか!

1分以上のシェービング × 400回でランプが点灯する

のだそうだ。あっけなく問題解決。

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Saturday, August 10, 2019

ブリの繁殖

【8月10日 記】若い人の言葉遣いで最近特に気になるのは「以来」と「ぶり」の混同です。

本来であれば「以来」は最後に行なったのがいつだっかを示し、「ぶり」は最後に行なってからどれくらいの期間が経っているかを示します。

例えば、今日が木曜日だったとして、先週の木曜日に入浴してから一度もお風呂に入っていなくて、今日久しぶりに入ったとしたら、それは「先週の木曜以来」であり「一週間ぶり」なわけです。

おんなじようなもんだろ、と思う人もいるかも知れませんが、前に付くのが日時や時代なのか時間や期間なのかという違いがあります。

中学を卒業してから一度も会っていなかった元同級生に会ったら、それは「中学以来」ではあっても、「中学ぶり」というのはおかしいのです。

「ぶり」を使うのであれば「10年ぶり」などと言うべきです。もし何年空いたのか定かでなければ「久しぶり」と言いましょう。

「平成15年以来」であったとしても「平成15年ぶり」では何のことか解りません。

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Thursday, August 08, 2019

電波時計の謎3の続編

【8月8日 記】 昨日書いた電波時計の件は、facebook にも同趣旨の記事を上げたら、何人かの詳しい人から詳しい回答をいただいた。

理屈としては却々難しくて、僕も 100%理解して解りやすく解説するには至らないのだけれど、要するに、現在の技術と環境からすると、常に安定的に電波を受信することは望むべくもないことのようだ。

親切な知人は、「今の時計はクォーツだから1日や2日ぐらい電波が取れなくても心配することはない」などと書いてくれるのだが、うーん、それはちょっと違う、というか全然違うんだな。そういうことじゃない。

こういうとき、ひどい奴になると「そもそも時計が全く誤差のない時間を示すことなどないのだから、そんなことを気にするのはナンセンスだ」などと困ったことを言い立ててくる。

僕はナンセンスかどうかなんて全く考えたことがないし、時計が1秒ずれたら誰かがいくら得するとか損するとか、そんなことを心配しているのでもない。時計が合っていることの意義を世間に唱えているのではないのである。

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Wednesday, August 07, 2019

電波時計の謎3

【8月7日 記】 このテーマでこのブログに書くのは多分3度目ぐらいかな(ちなみにこの記事がこのブログの 4001個目の記事らしい)。

2月に寝室の電波時計2つが電波を受信しにくくなった(しかも、受信の成否にムラがある)ということを書いた。

それが春から初夏にかけて不具合は完全に解消し、2台とも置きっぱなしにしても毎日ちゃんと電波を受信してくれていて、一体何が起きたのだろうと思っていた。

ところが急に暑くなった先日から、また電波を取りにくくなった。所定の場所ではまず取れない。窓際に移しても失敗するケースが多い。それで、リビングの窓際に持って行くと問題なく受信してくれる。

こういう電波って、方角や障害物の有無以外に、天気や気温などに何か左右される部分があるのだろうか?

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Monday, August 05, 2019

ショートフィルム『TRANSPHERE』

【8月4日 記】 映画『天気の子』をもう一度観に行ったら思わぬ副産物があった。それは冒頭で関根光才監督の短編『TRANSPHERE』が上映されたこと。

僕はこの作品を前からマークしていたのだが、「グランドシネマサンシャイン開業記念IMAXショートフィルム」と聞いて、つまり、その映画館でしか上映されないということであって、その当時はまだ池袋シネマサンシャインがあったので、「どこだ、それは?」と思い、多分観に行く機会はないなと思ったきり忘れていた。

ところが、池袋シネマサンシャインが閉館して、そこから歩いて5分もかからないところにできたのがグランドシネマサンシャインだったのだ。

関根光才は『太陽の塔』と『生きてるだけで、愛』を撮った監督だ。前者は観ていないが、後者は却々良かった。今回のこの映画はあんな恋愛どろどろのドラマではなく、もっと SF っぽくて CG/特撮全開の映像作品である。

短編なので、無理矢理はっきりとした起承転結をつけるのではなく、「これは一体何だろう?」という感じで始まり、「これは一体何だったんだろう?」という感じで終わる。

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Sunday, August 04, 2019

映画『天気の子』(2回目、IMAX)

【8月4日 記】 映画『天気の子』をもう一度観てきた。2回観るのは『シン・ゴジラ』以来かな。

気に入った映画であっても、僕は同じ映画を何度も観に行くタイプではない。ものすごく良かった映画をもう一度観る暇があるなら、良いかどうかは分からないがちょっと気になっている別の映画を観たいと思う。

それがもう一度観たというのは、もちろんこの映画がとても良かったからだが、今回はそれだけではない。

ひとつにはグランドシネマサンシャインという新しくできたシネコンを見てみたかったこと。それから、そのシネコンには IMAX があって、寡聞にして未だに見たことがない IMAX というやつを生まれて初めて体験するのなら多分あの映画は最適ではないかと思ったからだ。

初めて観る IMAX は、自分が没入するためか、映像がとても近い。そのためか画面の端にまで目が届き、描画視点の変化に激しく揺り動かされる。小学校の時に父親に連れられて梅田OS劇場で「シネラマ」を初体験してぶっ飛んだのを思い出したが、ショックはあの時の比ではない。

さて、国内最大級と言われるその大きな画面(高さ18.9メートル×幅25.8メートル )で観ると、前回は気づかなかったいろいろなことに気がつく。全部絵に関することだ。例えば、前回は水の表現力に舌を巻いたが、今回は光と影(単なるその両者のコントラストではなく、光のきらめきやそよぎ、そして光と影の移ろいや陰りなど)の表現力にも驚いた。

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Friday, August 02, 2019

『閉鎖病棟 ─それぞれの朝─』マスコミ試写会

【8月2日 記】 映画『閉鎖病棟 ─それぞれの朝─』のマスコミ試写会に行ってきた。平山秀幸監督。原作は帚木蓬生の山本周五郎賞受賞作だそうだ。

刑務所や精神病院、そして裁判所などが舞台となった、結構重くて暗い映画だ。アバンタイトルはモノクロ。いきなり死刑執行のシーンだ。坊主から言い残すことはあるかと訊かれ、目隠しを被せられ、縄の輪っかを首に通し、足を縛って、役人がボタンを押し、床が開いて吊るされる。

しかし、死体から縄を外すと、それは死体ではなかった。そうして一命を取りとめた死刑囚・梶木秀丸(笑福亭鶴瓶)は、処遇に困った刑務官たちによって精神病院に追いやられる。吊るされた衝撃で精髄を痛め、今は車椅子だ。

秀丸が何の罪で死刑になったのかは中盤まで明かされない。ただ、今は精神病院の敷地内で焼き物をしながら静かに暮らしている。

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