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Wednesday, July 31, 2019

音楽に対する情熱

【7月31日 記】 僕が小学校高学年から中学ぐらいにかけて、歌を捨てて俳優に転じた歌手がたくさんいた。

それはブームの過ぎたグループ・サウンズの残党であったり、キャラクターを買われたフォーク・シンガーであったり、他にもいろいろなケースがあっただろうし、俳優だけでなく他のタレントに転じた歌手もいた。

そして、中には歌手と俳優の二足の草鞋を履いて歩いた(しかも両方で成功した)人もいるが、音楽を完全に捨ててしまったような(でも、逆に言うと音楽以外の道でちゃんと成功した)人もいた。

当時の僕はそういう人たちを心の底から軽蔑した。「お前らの音楽に対する情熱って、所詮そんなもんだったのかよ」と。それほどまでにフォークやロックに心酔していたとも言えるが、中学生らしい幼稚な考え方だとも言える。

当時の僕には「生きて行くためには稼がなければならない」という発想が全くなかったのだ。まあ、中学生の想像の範囲を考えると、仕方がないと言えば仕方がないが。

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Sunday, July 28, 2019

上から目線

【7月28日 記】 自分のホームページを読み返すと、2012年頃から同じようなことを書いているのですが、今の若い人たちはとにかく「上から目線」というのを嫌うみたいですね(このブログには2015年にこんなことも書いていました)。

彼らが使う「上から目線」という表現は今や相手の全人格を否定できるほどのモンスター・ワードになったような気がします。

我々の世代からしたら、上の人が上から目線でものを言うのは当然と言うか、良いとか悪いとか言う以前に当たり前のところがあり、単に上から目線であるということがそれだけでそこまで嫌われることのほうがが解せないのです。

「上の人」というのは、学年や年齢や社歴が上の人、経験が自分より長い人、地位や職位が上の人、あるいは仕事をする上でお金を払うほうがもらうほうより上、というようなこともあるかもしれません。

中には勝手に自分のほうが上だと思い込んでいる人も当然いるわけで、そういう人たちからとても的外れかつ攻撃的なことを言われて嫌な思いをしたこともあるし、先生や上司からあまりにズバリと指摘されて気分が落ち込んだことなどももちろんあります。

ただ、問題になるのは言い方が上から目線かそうでないかではなく、あくまで言っている内容であって、上から目線の発言でもありがたく神妙に拝聴することもあったし、逆に下から頭突き食らわして猛烈に反発したこともあるし、あるいはもっと無難に適当に流して終わったこともあります。

それじゃダメなんですかね?

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Saturday, July 27, 2019

ポケストップ

【7月27日 記】 詳しくは書きませんが、ウチのマンションの1階にとある施設が入っており、そこがポケモンGO のジムになっています。

おかげで僕は室内にいながらポケストップを回し、ジムバトルやレイドバトルができて、とても重宝しているのですが、これがどうやらマンションの理事会かなんかかで問題になったようです。

曰く、怪しげな人たちがマンション周辺に大勢たむろしている、と。

僕からしてみれば、それは単にポケストップを回したり、ジムバトルをしたり、レイドバトルをしたり(最近だとロケット団バトル、なんてのもあるのかな)している人たちであるのは明白で、言わば自分が映画を観に行った時に同じ映画館に同じ映画を観に来ている人たちのようなものなのですが、ポケモンGO をやらない人たちにはそうではなく、得体の知れない不気味な連中に見えるようです。

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Wednesday, July 24, 2019

選挙コンプレックス

【7月24日 記】 今回の参院選挙も低い投票率に終わり、特に若年層の投票率の低さが目立つ結果となって、おじさんたちやおばさんたちが「なんで若者は投票に行かないんだろう?」「どうすれば彼らは選挙に行くんだろう?」みたいなことを真剣に議論している傍で出てきたのが、あちこちでリツイートされているこのつぶやきだ:

ガンペーさんのツイート

こういうのを読むと一体何をどうすれば良いのか全く分からなくなる。

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Tuesday, July 23, 2019

『そして、バトンは渡された』瀬尾まいこ(書評)

【7月23日 記】 2019年の本屋大賞受賞作である。僕にとっては『幸福な食卓』以来14年ぶり(その間に映画になった『僕らのごはんは明日で待ってる』は観たけれど)の瀬尾まいこ。

幼い頃に母親を亡くし、いろんなことがあって血の繋がらない親たちの間を、まるでバトンを渡すようにリレーされ、その間に苗字は4回変わり、結局人生トータルで父親が3人、母親が2人いる優子の小学生時代から大人になるまでの話。

この話のミソは、そんな逆境に耐えて、それでも明るく健気に乗り切った、という主人公を描いているのではなく、どんな環境でも常にあっけらかんとして、ちっとも不幸ではなかった優子を描いているところである。

この本を読むと「こんなことは絵空事である」というようなことを言う人がきっといると思う。ここに出てくる人たちは、優子も含めて、親たちもクラスメートもあまりに良い人たちだ。こんな風に周りの人たちに恵まれるなんてことは現実にあることではない、などと。

いや、本もろくに読まず紹介文を読んだだけで腹を立てる人もいるだろう。それはあるいは、優子ほどではないにしろ、優子と似たような境遇にあった人なのかもしれない。

でも、多分瀬尾まいこが書きたかったのはそこではないのだ。

つまり、著者は「こんなに親が何人も変わるような境遇でも気持ちの持ち方次第でこんなに幸せになれる」と主張したかったのではないのだ。

多分彼女はただ、こんな境遇にあっても幸せに生きている優子を描きたかった、いや、もっとストレートだ。環境は単に物語を転がすための設定でしかなく、ただひたすら素直にくよくよせず前向きに幸せに生きている優子を描きたかっただけなのだと僕は思う。

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Monday, July 22, 2019

『かぐや様は告らせたい』マスコミ試写会

【7月22日 記】 映画『かぐや様は告らせたい』のマスコミ試写会に行ってきた。

僕は例によって原作の漫画は知らないのだが、アニメ化されてテレビでやっていたのは全回欠かさず見ていた大ファンである。

お互い相思相愛なのに、かたやプライドが高すぎる女生徒、こなた自意識過剰な男子という組合せで、ともに自分から告白するのはカッコ悪いと思い、いつしか相手のほうから告らせるための手練手管合戦となる──というバカバカしい内容である。

日本を代表するエリートたちが通う私立・秀知院高校。そこの生徒会副会長を務めるのが日本有数の財閥の令嬢・四宮かぐや(橋本環奈)。才色兼備、諸芸もこなし、贅を尽くした暮らしをしているが、世間知らずのお嬢様的なところが抜けない。

一方、生徒会長の白銀御行(平野紫燿)は、家は貧乏だし、運動神経も良いとは言えないが、その飛び抜けた学力だけで全学の頂点に立ち、人気と信頼を勝ち得ている。

僕もアニメの第1話を見たときにはなんじゃこりゃと思ったのだが、見ているうちにどんどん嵌ってしまった。エピソードが豊かで、と言うか、ようそんなこと考えたな、という感じで、視聴者は毎回のバリエーションを楽しみながら、いつものパタンに嵌って行くという、コメディとしては理想的な筋運びになっていた。

バカバカしいけど、おかしくて、ちょこっとだけ青春が戻ってくるのだw もちろん、あの「お可愛いこと」という決めの台詞もあるw

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Saturday, July 20, 2019

映画『天気の子』

【7月20日 記】 映画『天気の子』を観てきた。僕は『君の名は。』で初めて新海誠を知り、魅了された。それは何よりもまず圧倒的な作画能力によるものだ。

2016年の賞レースでは『この世界の片隅に』に投票した人のほうが多かったように思うのだが、僕がどうも納得が行かなかったのは、もちろんテーマの好き嫌いもあるし、作風の違いということも割り引いて考えなければならないとしても、作画の能力という点においては『君の名は。』のほうが圧倒的に凌駕していると思ったからである。

僕はここ何十年かのアニメーションの進化の中心に作画能力の劇的向上があると思っている。それは構図の多角的発展である。物語はもはや人の目線(それが登場人物の目線であれ観客の目線であれ)では語られない。

そこにはカメラがある。カメラは人の手の届かない高さにあったり、人であれば這うしか仕方がない場所から狙っていたりする。そして、カメラは人が回り込めないところに、人が動けない速さで移動する。構図は圧倒的な無言の言語で僕らに語りかけてくる。

『君の名は。』では、カメラが動いたときのレンズの歪みまで表現してあったので、僕はぶっ飛んだ(今回もあったが)。

今回の映画ではそれに加えて雨である。雨の質感。

──水は表現が難しい。降り始めの雨、降り止んだ後に残る雫。激しい雨、優しい雨。大粒の雨、こぬか雨。透明のビニール傘や窓ガラスを伝う水滴。流れる水滴、止まる水滴、コースを曲げる水滴。

水たまり、アスファルトに滲みていく雨、濡れた床の反射。水面に衝突する水滴、広がる波紋。

むくむくと盛り上がった雲、黒い雲から容赦なく落ちてくる雨、雲を背景に走る稲光、そして、雲が割れて太陽が強く斜めに射す。

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Thursday, July 18, 2019

Google Map

【7月18日 記】 デジタルの資料が紙資料より劣る点としてよく言われるのは一覧性がないということだ。紙に書いてあると、人間は紙全体を見て、どの辺りに何が書いてあるかを瞬時に把握して、もしも繋がりにおかしい点などがあればすぐに見つけ出すことができる。全体を見るには紙のほうが良かったりするのだ。

だから、新聞の電子版を紙面表示で読みたいと思う人がいるのである。これは紙の一覧性を擬似的にスマホやタブレットに実現したものだ。

もちろん、紙で一覧表示できるものが PC 上で一覧表示はできないはずがないのだが、PC の画面の大きさには限りがある。紙資料だと、まあ、会社で普通に使われる大きさとしては A3 ぐらいまで考えられるが、それをモニタで全体表示すると、字が小さくて見にくくなってしまう。

だから、僕も昔大きな予算資料を作っていたときなどは、一旦プリントアウトした上でミスがないかをチェックしていた。

紙の資料が却々なくならないのにはそういう理由があるのかもしれない。だが、このことが当てはまらない資料がある。

それは地図、とりわけ僕の場合は Google Map である。

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Tuesday, July 16, 2019

Play Log File on my Walkman #130

【7月16日 記】 僕の SONY Walkman には第2次大戦の直後から現在に至るまでの日本の主にポップス系の曲が多分 3,500曲以上入っていて、僕はそれをランダム再生で聴いています。

その中には大ヒットした歌もあるし、そうでない曲もあるし、そもそもシングルカットされていない作品も含まれています。

これは時々書いているその再生の記録です。今回は令和に入ってから2度目。

  1. Headlight(MONKEY MAJIK)
  2. フレンズ(REBECCA)
  3. 走れ!(ももいろクローバー)
  4. じれったい(安全地帯)
  5. A HAPPY NEW YEAR(二階堂和美)
  6. むなしさだけがあった(吉田拓郎)
  7. カブトムシ(aiko)
  8. スウィート・ソウル・レヴュー(Pizzicato Five)
  9. 愛が生まれた日(藤谷美和子&大内義昭)
  10. 僕の胸でおやすみ(かぐや姫)

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Monday, July 15, 2019

映画『凪待ち』

【7月15日 記】 映画『凪待ち』を観てきた。

白石和彌監督にもそろそろ飽きてきたので、この映画はパスしても良いかなとも思ったのだが、観て良かった。今までなかった白石和彌だと言うのではない。見事に白石和彌らしい、まさに白石和彌ワールドなのである。

主人公の郁男(香取慎吾)はどうしようもない男である。お金があったら全部競輪につぎ込んでしまう。お金がなくなると同棲している亜弓(西田尚美)のお金をくすねて競輪につぎ込んでしまう。

その郁男が、亜弓の娘で高校にも行かず引きこもっている娘の美波(恒松祐里)と3人で、亜弓の故郷の石巻で人生を出直すことになる。郁男と亜弓は婚姻届を出していないが、美波は郁男に結構懐いている。

石巻には亜弓の父・勝美(吉澤健)がひとりで暮らしている実家がある。勝美は漁師だが、東日本大震災の津波の際に逃げ遅れた妻を救えなかったことで自分を責めており、ステージ4の癌で余命幾許もない体で毎日海に出ている。

郁男は近所の親切な男・小野寺(リリー・フランキー)に印刷所の仕事を世話してもらい、近隣には競輪場もないのでやっとこれでやり直せるかと思ったのだが、やがて同僚に連れられて行ったヤクザのノミ屋に通うようになってしまい…。

という話だ。そこから先は郁男がどんどん堕ちて行く。ちょっと気持ちを切り替えたら抜け出せたかもしれないのに、どんどん深みに嵌って行く。

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Sunday, July 14, 2019

映画『いちごの唄』

【7月14日 記】 映画『いちごの唄』を観てきた。

客はそこそこ入っている。客層は広い。そして一人客が多い。──僕の経験上、こういう場合は割合期待できる。

最初は電子レンジの中で回るコロッケか何かを真上から撮った映像。その次は電子レンジの中から不完全に透けている扉越しに電子レンジを覗き込む主人公を撮った映像。──結構良い感じではないか。

峯田和伸の銀杏BOYZ の曲に着想を得て、岡田惠和が書いた小説を、岡田惠和が脚本化したもの。監督は映画初演出だがかつて日テレで岡田の脚本によるドラマを演出したことがある菅原伸太郎。峯田和伸は俳優として岡田の書いたドラマに何本か出演したことがある。

そういう人脈でできた映画だ。そういうわけで(なのかどうなのかは知らないが)新人監督の作品の割に脇役がかなり豪華である。

岸井ゆきの、清原果耶、泉澤祐希、恒松祐里、蒔田彩珠ら売出し中の若手が顔を揃え、原作の峯田和伸も坊主頭のラーメン屋役で出演し、麻生久美子や宮藤官九郎、それに峯田の人脈でみうらじゅん、田口トモロヲ、曽我部恵一らもちょい役で出ている(ラーメン屋の客だったとは気づかなかったが)。

舞台は環七と早稲田通りが交差する辺り。JR高円寺駅の北側。そこから環七をまっすぐ行くと西武新宿線の野方駅だ。主人公はコウタ(古舘佑太郎)。冷凍食品の工場で働いている。落ち着きがなく(ADHDかもしれない)人間関係が苦手。でも、心優しい青年。

そのコウタが高円寺の商店街で、中学時代の同級生でかつて憧れていた天野千日(アマノチカ、石橋静河)にバッタリ遭う。当時コウタは同級生の伸二と2人で密かに千日をアーちゃんと呼び、2人の女神と崇めていた。奇しくも今日は七夕、伸二の命日でもある。

コウタは中学の時の気持ちそのままで舞い上がって興奮が治まらないままベラベラ喋る。

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Saturday, July 13, 2019

ハエか羽毛か? ──ボクシングの階級名の不思議

【7月13日 記】 昨日、プロボクシングの村田諒太選手が世界チャンピオンに返り咲きました。WBA世界ミドル級です。

ミドル級というのは日本人からしたら割合重いクラスで、調べてみると、白井義男以来今日までに 92人の日本のジム所属(外国籍も含む)チャンピオンが誕生している中で、ミドル級以上は竹原慎二と村田諒太しかいません。

と言うか、2人ともミドル級だから、スーパーミドル級以上でチャンピオンになった日本人ボクサーはいないということです。

でも、考えてみたら middle って「中くらい」「真ん中」の意味じゃないですか。村田諒太って中くらいですか!?

一方「軽い」って意味の light 級のチャンピオンだったガッツ石松なんかを見ると(もちろん引退後の太った姿を我々はTVで見慣れてしまったせいもありますが)「軽い」って印象あります? ごっついおっさんじゃないですか

でも、階級名だけから判断すると、日本人は中くらいよリ軽い選手ばかりってことになります。ただし、多分これは世界的な平均体重から命名された名前ではなく、近代ボクシングを始めたイギリスの白人たちの基準だったんでしょうが。

ミドル級は 160ポンド(72.57kg)以下ということなんで、まあ、日本人男子としては中くらいと言えないこともないですが、筋肉を鍛え上げたスポーツマンが厳しい減量に耐えた結果の 72kg だと考えれば、やっぱり日本では重いほうではないかという気がします。それでも middle級なんですよね。

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Tuesday, July 09, 2019

『いなくなれ、群青』マスコミ試写会

【7月9日 記】 映画『いなくなれ、群青』のマスコミ試写会に行ってきた。

捨てられた島「階段島」。ここに住んでいる者たちは皆、ある日気がついたらここに来ていた。全ては「魔女」によって取り仕切られ、外界との連絡は取れない。失くしたものを見つけた者しかここから出て行くことはできない。でも、島の暮らしは必ずしも辛いものではなく、出て行こうとする者は稀である。

ある意味哲学的な、そして、ある種幻想的で、詩のような物語だ。

そこで暮らす、全てに悲観的な高校生・七草(横浜流星)。そこに七草の幼馴染である真辺由宇(飯豊まりえ)が現れる。由宇は七草と対象的に前向きで、真っ直ぐで、曖昧なものを許さない。

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Monday, July 08, 2019

『いだてん』鑑賞

【7月8日 記】 NHKの『いだてん』を観た。今まで1回も観たことなかったのに、1回だけ観た。録画して観た。人見絹枝の回だけ観た。

それは大根仁が、まるで神が降りてきたみたいにこう言い放ったからだ:

次回26話「明日なき暴走」は大根仁の演出回です。はっきり言って自信作です。自己評価は10年に一本作れるか作れないかレベルです。ごくたまに、自分の力を超えた"何かに作らされてる"感覚は、ドラマ『モテキ』第6話の「ロックンロールは鳴り止まないっ」以来です。

初めて観て、なぜこの大河ドラマの番組平均世帯視聴率は低いのか、そして、なぜそのことを鬼の首でも取ったかのように吹聴し、大河ドラマはもうダメだと騒ぐメディアがいるのか、そしてなぜそんなメディアに口角泡を飛ばして反論する熱心なファンがいるのか──それらのことがいっぺんに解ったような気がした。

僕は長らく大河ドラマを観ていない。今回もその流れで観ていないだけだ。ただ、今回がこれまでと大きく違うだろうということは始まる前から分かっていた。

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Sunday, July 07, 2019

GALAC の不思議

【7月7日 記】 放送批評懇談会から自宅に『GALAC』8月号が送られてきた。なんでなのか分からない。

表紙をめくると紙が1枚挟んであって、原稿を掲載したので雑誌を送ったと書いてある。

ああ、そういうことか、と納得はするが、原稿というほどのものを書いた覚えはない。ただ、「Gメンバー」という会員サイトには登録していて、毎月「マイベストTV賞」というのに投票はしている。

その選評が載ったと言うのだが、しかし、そんなものはほんの2~3行書いただけだし、そういうわけでこの号のどこに掲載されているのかを見つけ出すのもひと苦労だ。

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Saturday, July 06, 2019

映画『ホットギミック ガールミーツボーイ』

【7月6日 記】 映画『ホットギミック ガールミーツボーイ』を観てきた。

取引先の会社に映画通のKさんという女性がいる。Kさんは僕よりかなり年下なのだが、僕とは結構趣味が合うので、会えば必ず最近観た映画(とりわけ邦画)の話をするのだが、昨日彼女から「山戸結希は観ました?」と訊かれた。

全然知らない監督名だったので、「誰それ? 聞いたこともない」と言うと、彼女は「これから必ず“来る”人だからマークしておいたほうが良いですよ。私はあんまり好きじゃないんですけど」と言った。

で、今日 Movie Walker のサイトを見ていたら、彼女の映画が上映されているではないか。それですぐに見に行ったという次第である。

漫画が原作。自分のことそっちのけで他人の心配をし、誰にでも無防備に身を預けてしまう女子高生・初(堀未央奈)と、同じ団地に暮らす2人の幼馴染、とても勉強ができる亮輝(清水尋也)と雑誌モデルで同級生の梓(板垣瑞生)の三角関係、いや、初の兄・凌(間宮祥太朗)や妹・茜(桜田ひより)も絡んだ、もうちょっと複雑な話。

ともかく画の作り込みが凄い。ああ、これが評判になっているのか、と思う。

15秒CM並みにカットがクルクル変わる。短いものは1秒未満。それがひとつの台詞の間に何枚もチェンジする。これはまるで PV である。

かと思うとゆりかもめの駅での長い長いワンカット・ワンシーン。でも、どっしりとカメラを据えた画ではなく、ハンディカメラが忙しく動く。会話する2人を交互に追ってパンしまくったりするものだから結構疲れる。

他にも同じ場面を2つのカメラで違うアングルで収めてそれを左右つないで1枚の画にしたり、逆光でシルエットにしたり、鏡やステンレスに映った像を映したり、もう、ありとあらゆる技法がこれでもかと押し寄せてくる。

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Thursday, July 04, 2019

アンケートに答える

【7月4日 記】 アンケートに回答していると、選択肢が偶数個しかないものがよくある──「賛成」と「反対」の2つだけとか、「とても良い」「良い」「悪い」「とても悪い」の四者択一とか。

調査の常識として、選択肢は奇数個でなければならない。それは中央値をつくるためだ。例えば、「どちらでもない」「普通」等々。

もちろん、よく知らなくて、何も考えずに偶数個になっている場合もあるだろうが、わざわざ偶数個にするには理由がある。

それは奇数個にしてしまうと、大多数が「普通」や「どちらでもない」などの中央値を選んでしまうからだ。それだと傾向がよく見えない、傾向をはっきりさせるためにあえて中央値を選ばせない構成にしているのだが、それは単にデータを歪めているにすぎない。

例えば僕が答えるとして、「映画が好きか?」であれば多分「とても好きだ」を、「日本酒が好きか?」であれば躊躇なく「全く好きではない」を選ぶだろうが、「革製品が好きか?」であれば選択肢が偶数個しかなかったら途端に迷うのである。

革製品と言っても靴と財布とベルトぐらいしか持っていない。でも、現に革製品を使っているわけだし、それが嫌いなわけでも避けているわけでもない。かと言って、特に革を愛好して、進んで革製品を買うようなこともない。

だから、どっちでもないのだ。フツーなのだ。思い入れがないのだ。もっと言えばどうでも良いのだ。それを「とても好き」「好き」「嫌い」「とても嫌い」の4つ中から選べと言われても困る。

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Monday, July 01, 2019

ビートルズ

【7月1日 記】 僕らはビートルズが解散してから後追いでビートルズを聴き始めた世代である。

勿論ビートルズの存在は知っていた。マッシュルーム・カットだとかエリザベス女王から勲章をもらったとか、社会現象として知ってはいたが、でも彼らの音楽を理解するにはまだ成長が足りなかったのである。

そのおかげで僕らの世代は、いや、僕だけなのかもしれないが、親や親の世代の人たちによって変な先入観を植え付けられてしまった──と今になって思う。

特に父親である。父はビートルズを下手だと言った。曲を聞きながら「へったくそやなあ」と吐き捨てた。

でも、今になって考えてみれば、楽器を全く弾けない父に演奏が巧いかどうかなんて分かるはずがない。

父が言っていたのは主に歌のことである。でも、それは例えば美空ひばりよりジョンやポールが下手だという意味だ。そう言われると悲しいことにそんな気がしないでもないのだが、でも、美空ひばりとビートルズを比べるのはピタゴラスの定理とフライドポテトの優劣を問うようなもので、本来並べて比較することのほうがおかしいのである。

父は英国のビートルズも日本のグループ・サウンズも十把一絡げにして「下手だ」「低級だ」と言った。

GS をひとまとめにして「下手だ」と言ってしまうのも間違いであり、今聴き直すと巧いプレイヤも少なからずいたし、その後の J-POP を支えた作曲家やミュージシャンも輩出しているので、巧いか下手かはともかくとして、才能のあるメンバーがたくさんいたのも事実である。

ただ、あんまり巧くない GS も確かにいた。そして、小学生の僕らにとってはビートルズより GS のほうが親しい存在だったこともあり、「GS は下手」=「ビートルズも下手」という変な連想が働いてしまって、僕はずっとビートルズが下手だと信じていたのである。具体的にはどこが下手だということは全くないくせに、彼らは下手だという漠然としたイメージがずっと消えなかったのである。

もちろん、もう少し聴き込んで行くうちに、ビートルズの音楽的才能に少しずつ気づき始め、コード進行やコーラスワークに魅入られたように聴くようになるのだが、なのに心のどこかに「ビートルズは下手だ」という刷り込みがしっかりできてしまっていたように思う。

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