ビートルズ
【7月1日 記】 僕らはビートルズが解散してから後追いでビートルズを聴き始めた世代である。
勿論ビートルズの存在は知っていた。マッシュルーム・カットだとかエリザベス女王から勲章をもらったとか、社会現象として知ってはいたが、でも彼らの音楽を理解するにはまだ成長が足りなかったのである。
そのおかげで僕らの世代は、いや、僕だけなのかもしれないが、親や親の世代の人たちによって変な先入観を植え付けられてしまった──と今になって思う。
特に父親である。父はビートルズを下手だと言った。曲を聞きながら「へったくそやなあ」と吐き捨てた。
でも、今になって考えてみれば、楽器を全く弾けない父に演奏が巧いかどうかなんて分かるはずがない。
父が言っていたのは主に歌のことである。でも、それは例えば美空ひばりよりジョンやポールが下手だという意味だ。そう言われると悲しいことにそんな気がしないでもないのだが、でも、美空ひばりとビートルズを比べるのはピタゴラスの定理とフライドポテトの優劣を問うようなもので、本来並べて比較することのほうがおかしいのである。
父は英国のビートルズも日本のグループ・サウンズも十把一絡げにして「下手だ」「低級だ」と言った。
GS をひとまとめにして「下手だ」と言ってしまうのも間違いであり、今聴き直すと巧いプレイヤも少なからずいたし、その後の J-POP を支えた作曲家やミュージシャンも輩出しているので、巧いか下手かはともかくとして、才能のあるメンバーがたくさんいたのも事実である。
ただ、あんまり巧くない GS も確かにいた。そして、小学生の僕らにとってはビートルズより GS のほうが親しい存在だったこともあり、「GS は下手」=「ビートルズも下手」という変な連想が働いてしまって、僕はずっとビートルズが下手だと信じていたのである。具体的にはどこが下手だということは全くないくせに、彼らは下手だという漠然としたイメージがずっと消えなかったのである。
もちろん、もう少し聴き込んで行くうちに、ビートルズの音楽的才能に少しずつ気づき始め、コード進行やコーラスワークに魅入られたように聴くようになるのだが、なのに心のどこかに「ビートルズは下手だ」という刷り込みがしっかりできてしまっていたように思う。
さすがにレノン=マッカートニー・コンビの曲を聴き続けていると、彼らを下手だとか才能がないとか言うことは全くなくなるのだが、その代りこの刷り込みは他の2人のメンバーに残ってしまった。
僕はジョージ・ハリスンをポールやジョンより才能のない人のように思っていた。一方で Something や Here Comes The Sun や While My Guitar Gently Weeps などの名曲に聴き入ってうっとりしているくせに、どこかで何の根拠もないのにちょっと落ちるメンバーだと思っていた。
そして、ジョージがエリック・クラプトンと共演したときに、やっぱりクラプトンのほうが巧いと思った(これは仕方がない)。
でも、ジョージもジョンやポールと並ぶ天才なのだ。他ならぬエリック・クラプトンが「ジョージは紛れもない天才だ」と言うのを聴いて、僕は初めて自分の先入観が謂れのないものだと気づいた。
それから、リンゴ。僕はリンゴ・スターのドラムも下手なのだと勝手に思い込んでいた。In The End の冒頭のドラム・ソロなどはカッコいいと思って何度も聴き直したりしていたくせに。
それがビートルズが解散して何十年も経ってから、「一番影響を受けたドラマーは誰ですか」と訊かれた高橋幸宏が「リンゴ・スターだね」と即答するのを耳にして、根拠もなくリンゴは下手なのだと思い込んでいた自分を恥じた。
それもこれもみんな親のせいだ、とまでは言わない。でも、親の世代の人たちの決めつけが、ヘドロみたいに僕の心の底のほうにへばりついていたような気がする。はっきり言えることは、残念ながら彼らにはあまりビートルズが分からなかったということだけだ。
こういうことって、音楽以外のことでもきっとあると思う。こういうことはあってほしくないと思う。でも、死ぬまでにちゃんと払拭できて良かったと思う。
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