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Saturday, June 08, 2019

映画『町田くんの世界』

【6月8日 記】 映画『町田くんの世界』を観てきた。

原作漫画があるらしいが、これは見事に石井裕也監督らしい、石井裕也らしさが溢れかえる映画だ。一昨年キネ旬1位に輝いた『夜空はいつでも最高密度の青色だ』よりも僕はこの映画が好きだ。

その遊び心やケレン味は『川の底からこんにちは』に戻った感がある。あるいは『舟を編む』のときの感じ。

いや、もっと言うと、“ニュアンス映画”と銘打たれた『の・ようなもの』を撮ったころ(つまりデビュー当時)の森田芳光の感じ。あるいはもうちょっと後の『家族ゲーム』や『間宮兄弟』みたいな、ニュアンスたっぷりな映画。

主人公の町田くん(細田佳央太 =ほそだかなた)は高校生。メガネを掛けた地味な少年。走るのはめちゃくちゃ遅く、信じられないくらい勉強ができない。でも、人が大好きで、自分のことはそっちのけで周囲の人たちを思いやる。「キリスト」とか「全人類が兄弟だと思っている」などと言われている。

その町田くんとたまたま保健室で鉢合わせした猪原さん(関水渚)はそんな変人の町田くんに、自分でも何故だかわからないけれどどんどん惹かれていく。町田くん自身は恋がどんなものか知らず、猪原さんに対しても他のクラスメートに対しても的外れな対応をしていたが、ある日そんな町田くんにも猪原さんに対する“わからない感情”が芽生えてくる。

善意を描いた、とても良い話である。説教臭くも薬臭くもなく、それどころか町田くんの素っ頓狂な態度に、映画館内のあちこちから笑いが漏れる。声を上げたり拍手をしたりしながら笑っている人もいる。

主演の2人にオーディションで選んだ無名の役者を宛て、周りには既に名を遂げた、しっかり演技のできる役者を配してある。わざとだろうが、20代も後半の役者ばかりに高校生を演じさせているのが人を食っていておかしい。

とりわけ素晴らしかったのは、ある種狂言回し的な役割を果たしている栄に扮した前田敦子。恋のキューピッドの役割なのにあまりにも斜に構え、あまりにもヒネすぎている。この感じが絶妙。

そして岩田剛典をああいうやさぐれた役柄に使うのは秀逸。彼が『植物図鑑 運命の恋、ひろいました』で運命の恋人を演じた高畑充希を憎たらしくポイ捨てするという設定も、観ていてニンマリしてしまう。

町田くんの母親(6人目の子供を妊娠中)に松嶋菜々子、アマゾンに動物の写真を撮りに行っている父親に北村有起哉、芸能スキャンダルを追う記者に池松壮亮、その雑誌の編集長に佐藤浩市、等々。

片岡翔との共同脚本は緩急が見事で、笑って観ているうちに暖かい気持ちになる。いろんなところがうまく繋がった本だ。役者はその脚本の特性をよく理解して、みんな良い演技をしている。コミカルでハートウォーミングなとてもとても良い映画だ。

河川敷のシーン、雨でずぶ濡れになるシーン、プールのシーン、井戸のシーン──水にまつわるいろんなシーンが印象に焼きつく。

映画館を出たところでぴあのインタビューを受けている人がいて、「75点」と言っているのが聞こえた。うむ、なるほど。確かにその程度にしか響かない人もいるんだろうね。

だけど、もし僕がインタビューを受けたら、みんなに薦めたい気持ちも込めて「98点」ぐらいはつけるだろうな。もっとも、あの最後のほうの荒唐無稽な展開を読み切ってしまった僕は、そもそも石井裕也と感性が近いのかもしれないが(笑)

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