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Saturday, May 18, 2019

映像の力

【5月18日 記】 映画は映像芸術なんだから、映像を使う意味があって、映像で訴えかけるものがあってほしいと思う。もし映像がどうでも良いのであれば、それは映画という手法を採る必要がない。

演説をすれば良い。文章を書けば良い。詩を朗読すれば良い。絵を描いたり写真を撮ったりすれば良い。歌を歌ったり演奏したり、芝居を書いて上演したり、その他のライブ・パフォーマンスを展開すれば良い。

映像で表現する限りはどこか映像に魅力的な部分がほしい。

と、今では思っているのだが、大学時代から社会人を通じて 20代のころは必ずしもそんな風には思っていなかった。

当時つきあいのあった(「つきあっていた」のではない)女の子がいて、彼女があの映画は良かったと言うので、どこが良かったか訊いたら、「映像がものすごくきれいだった」と言われて、しかも彼女がその後延々と映像の美しさについて語ったものだから大いに驚いた、というかげっそりしたことがある。

それしか言うことがないのか! それは邪道ではないか。いくら映像がきれいでも、筋が面白くなければ話にならないではないか!

と。

確かにそれはそうなのである。映像がきれいなだけでは話にならない。でも、彼女が一番感銘を受けたところが映像がきれいであったということだということについては、今では邪道だとも思わないし、げっそりもしない。

たとえあのときのように、映像がきれいであること以外彼女が何も語らなかったとしても。

映像の力は強い。画面に映っているものがそれだけで心を打つことがある。映画を何本も観るうちに僕もそのことに気がついた。

画全体がきれいだ。構図が印象的だ。色彩が独特だ。カメラワークに斬新な発想があって面白い。他では見られない風景を収めている。人の動きが観る者の心に働きかける。女優がとびきりきれいに、アイドルはとびきり可愛く撮れている。男優がとびきりカッコ良く撮れている。あるいはその逆を狙って、とんでもなく汚らしく、おぞましく表現された人物がある。

等々。

映画は映像芸術である。映像の力はすごい。

いろんな人がネット上に映画のことを書いているが、ストーリーについてしか書いていないものもたくさんある。長いこと映画を見てきて、そんな人たちにもっと映像の力を感じてほしいなと思う今日このごろである。

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