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Wednesday, May 29, 2019

『インヴィジブル』ポール・オースター(書評)

【5月29日 記】 2009年の作品だが、邦訳としてはこれが最新刊となるオースターの長編。僕もそのほとんどを読んでいるが、もう何冊目なのか定かでない。

読み始めるとすぐにそれはオースターである。もうどこから見てもオースターでしかない。

オースターが書いているんだからそりゃオースターでしょ、とオースターを読んだことのない人なら言うかもしれないが、すでに何冊か読んでしまっている読者にとっては、これは全くオースターでしかない、「オースターでしかない」としか形容できない小説世界なのだ。

ストーリーはゆっくりと動くようでありながら、いつの間にか僕らは何だかざわざわした気分になり、気がついたら宙吊りにされている。でも、宙吊りで固定されているのではなく、どこか予想できない方向に強い力で静かに引っ張られている。

そう、サスペンスである。サスペンスという言葉はそのまますっかり日本語になってしまっているが、基本的に意味するところは「宙吊りにされた状態」である。

そして、タイトルのとおりインヴィジブル。見えないのである。

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Monday, May 27, 2019

薔薇がなくちゃ生きていけない

【5月27日 記】 『Kのトランク』と『スカーレットの誓い』の詞に佐藤奈々子による「薔薇がなくちゃ生きていけない」というフレーズがあって、僕はそのこと、その意味するところをずっと考えている。

この2曲が収められている『マニア・マニエラ』が発売されたのが 1982年だからもう35年以上ずっと考えていることになる。

このアルバムには他に糸井重里の詞による『花咲く乙女よ穴を掘れ』とか、鈴木博文の詞による『ばらと廃物』なんて作品もあって、要は花というものをどう捉えるかという問題になってくる。

ググっててみたら思いがけず mixi (!)に当時の佐藤奈々子の思いを書いたページがあって、それを読むと、彼女にとっての「薔薇」は「最高の宝物っていうか、いつも気持ちの中にあるもので、とってもかけがえのないもの」なのだそうで、これは僕が捉えていた感じよりも遥かに重かった。

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Sunday, May 26, 2019

とは言え

【5月25日 記】 最近すごく気になるのは若い人が言う「とは言え」ということばです。 

そもそもは「○○とは言え」と接続助詞的に使う言葉ですが、それを単独で文頭に持ってきます。いや、それは良いのです。昔からある用法ですから。気になるのはそのアクセントです。

全体に平板なんですね。例えば「こめかみ」なんかと同じようなアクセント。我々の世代は「とは」を高く発音していました。 

いろんなことばのアクセントが平板化しているというのは随分前から指摘されていることで、例えば仕事でよく聞く「御社」も昔は「おん」が高い“頭高”アクセントでしたが、最近は「サンマ」みたいな“平板”アクセントで言う若者が多くて、年寄りとしてはこれまた気持ちが悪いんですよね。 

まあ、別にアクセントなんてどうでも良いじゃないか。好きなように発音すれば良い。英語みたいな強弱のアクセントじゃないんで間違えると通じないほどのもんじゃないし。──と言う人もいるかもしれませんが、いや、日本人も意外にアクセントで聞いている(意味を取っている)んですよ。 

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Thursday, May 23, 2019

『光のお父さん 劇場版』完成披露試写会

【5月23日 記】 『FINAL FANTASY XIV 光のお父さん 劇場版』の完成披露試写会に行ってきた。

有名なタイトルだ。FINAL FANTASY XIV を通した父子の交流を綴ったブログがソーシャル・メディアでバズり、書籍化、テレビドラマ化を経て今回の映画化となった。

テレビドラマではお父さんを大杉漣が演じたが、ドラマの放送の翌年に亡くなってしまった。大杉が生きていれば映画も同じ配役で撮られるはずであったが、それを機会にキャストは一新されることになった。

今回の映画ではその役を吉田鋼太郎が、そして、テレビでは千葉雄大が演じていた息子を坂口健太郎が演じている。坂口の妹役の山本舞香はテレビドラマにはなかった役だそうで、監督はテレビのときと同じ野口照夫と、ゲーム部分の監督として山本清史がクレジットされている。

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Wednesday, May 22, 2019

社長のイメージ

【5月22日 記】 僕の父は社長だった。

社長と言っても社員は常に2~3人しかいない、本人は「中小企業」と言っていたが実のところ零細企業である。おまけに一度倒産もしたし、家財を差し押さえられたりもした。

小さい頃はもちろん社長というのが何をしている人なのかは知らない。と言うよりも、仕事というものがどういうものかも知らない。そんな僕が社長というものに持ったのはただ偉そうにしている人というだけのイメージだった。

それは社長のイメージと言うよりは、間違いなく父という人間個人のイメージである。偉そうにして、他人を抑圧・支配しようとして、大きな声で何かを指図して、大言壮語して常に自分が一番であると自慢しまくっている男。

僕は社長というのはそんな感じで誰かに怒鳴りまくってる人だというイメージを持った。

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Monday, May 20, 2019

映画鑑賞データベース

【5月20日 記】 ふと気づくと TOHOシネマズ上野が第7位に上がってきていた。僕が映画館に行った回数ランキングである。

昨日観た『コンフィデンスマンJP』で、僕が TOHOシネマズ上野に行った回数は 32回になった。いや、観た映画の本数で集計しているので、正確に言うと 32回ではなく 32本である(ただし、この集計では同じ映画の2回目以降の鑑賞は対象外になっている)。

生涯で一番映画を観た映画館は TOHOシネマズ西宮OS の 152本だ。その次がシネ・リーブル神戸の 70本。第3位がテアトル梅田の54本、第4位が神戸国際松竹の 52本。

そのあと梅田ブルク7の 39本、OSシネマズミント神戸の35本と続き、その次に TOHOシネマズ上野がつけてきた。この映画館はまだできて 20ヶ月ほどだから急ピッチで追い上げてきたわけだ。

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Sunday, May 19, 2019

映画『コンフィデンスマンJP』

【5月19日 記】 映画『コンフィデンスマンJP』を観てきた。テレビドラマのときは初回だけ観た。面白かったのだが、「あー、大体分かった。別に毎週見るほどのものではないわ」という感じもあって、それ以降は1回も見ていない。

そもそも古沢良太という人は僕とはかなり相性の悪い脚本家で、作品からして見る気が起こらない『三丁目の夕日』シリーズを書いていたこともあるし、初めて見た映画『キサラギ』(2007年)に嫌悪感を覚えて、それ以後暫く近づかないようにしていた。

ただ、その後『探偵はBARにいる』シリーズ(2011年、2013年、2017年)や『寄生獣』シリーズ(2014年、2015年)、『ミックス。』(2017年)などではそれほど拒否感を覚えなくなったこともあって、今回はあまり抵抗なく観に行った。

ま、基本的に筋作りの人だから、こういうのが向いているのではないだろうか。

で、ダー子(長澤まさみ)、ボクちゃん(東出昌大)、リチャード(小日向文世)の3人を中心とした信用詐欺チームの話である。そのぐらいのことは僕も憶えている。で、テレビ版の初回で20億円騙し取られたのが赤星(江口洋介)なのだが、残念ながらそれは憶えていない。

この映画にも赤星は敵役で出ており、ダー子たちに合流する新米詐欺師モナコ(織田梨沙)、詐欺のターゲットである香港の大富豪ラン・リウ(竹内結子)、そしてダー子の元恋人(?)で恋愛詐欺師のジェシー(三浦春馬)などがそこに加わる。

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Saturday, May 18, 2019

川栄李奈さん、おめでとう

【5月18日 記】 川栄李奈が結婚する。子どもも授かったとのこと。

AKB48 なんてほんの数人しか知らなかったから、僕は彼女のことを 2014/5/25 の「AKB48握手会傷害事件」まで知らなかった。そのときに傷を受けた一人として彼女の名を聞いて、やまえいさんとしてはかわえいさんのことを他人とは思えなくなったのである。

それでそれから彼女が出てくると注目するようになった。もっとも、ようやく顔をはっきりと識別できるようになったのは 2017年の au 三太郎シリーズの CM での織姫役ぐらいからだけれど。

最初に彼女が出ている映画を見たのが同年 9/29、『亜人』。あの映画で僕は完全に彼女の虜になった。あの時僕はこう書いている:

戸崎の秘書・下村泉を演じた川栄李奈が、髪の跳ね方から上着の裾のめくれ方まで見事に原作に近かったのと、彼女がこれほどまでにアクションのできる人だったことに驚いた。

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映像の力

【5月18日 記】 映画は映像芸術なんだから、映像を使う意味があって、映像で訴えかけるものがあってほしいと思う。もし映像がどうでも良いのであれば、それは映画という手法を採る必要がない。

演説をすれば良い。文章を書けば良い。詩を朗読すれば良い。絵を描いたり写真を撮ったりすれば良い。歌を歌ったり演奏したり、芝居を書いて上演したり、その他のライブ・パフォーマンスを展開すれば良い。

映像で表現する限りはどこか映像に魅力的な部分がほしい。

と、今では思っているのだが、大学時代から社会人を通じて 20代のころは必ずしもそんな風には思っていなかった。

当時つきあいのあった(「つきあっていた」のではない)女の子がいて、彼女があの映画は良かったと言うので、どこが良かったか訊いたら、「映像がものすごくきれいだった」と言われて、しかも彼女がその後延々と映像の美しさについて語ったものだから大いに驚いた、というかげっそりしたことがある。

それしか言うことがないのか! それは邪道ではないか。いくら映像がきれいでも、筋が面白くなければ話にならないではないか!

と。

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Thursday, May 16, 2019

オーバーナイターが越えてきた夜

【5月16日 記】 オーバーナイターというものを使っている。商品名ではなく一般名称だと思うのだが、英語の辞書を引くと「一泊旅行」という訳語しか載っていないから、ひょっとすると和製英語なのかもしれない。

何のことはない、形状としてはただの蓋のない箱である。蓋があるタイプの商品もないではないが、蓋があるとそこに入れられる物の高さが制限されるから、蓋がないほうが一般的だと思う。

用途は物を入れておく。財布とか定期券とか名刺入れとか会社の IDカードとか家の鍵とか。会社から(いや、会社でなくても単に外出先から)帰ってきたら、それらのものをポンとその箱の中に戻す。

そして一夜明けたらまたそれらの物を取って会社に行く。翌日が休みなら名刺入れは要らない。電車に乗らないなら定期券も要らないだろう。要るものだけを持ち出して、帰宅したらまたそこに置く。そして一夜明けたらまた取り出す。

まさに一夜を明かすためだけの箱なので、オーバーナイターとは上手いネーミングだと思う。

そのオーバーナイターが、ふと気づくと、いたるところが擦り切れてボロボロになっているのである。

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Monday, May 13, 2019

主張する数字

【5月13日 記】 買い物をしたら代金が 2,019円だった。おう、これは令和元年、と言うか、今年ではないか、と思ってしまう。これが 2,020円であったなら東京オリンピックを連想したかもしれない。

しかし、例えば 1980年代には 2020 という数字を見ても、それを年号だと思ったことはなかった。それまでに自分は死んでいるだろうと思っていたわけでもないが、その頃の自分を想像できないくらいの先の話で、だから年号だとは感じなかった。

これも今日まで生きてきた結果なんだなと思う。

我々は生きて行く中でどんどん数字に意味を見出してしまう。例えば 513 という数字を見ると、それは僕が関西で最後の 17年間を過ごしたマンションの号数だ。

あるいは 5月13日を出す人もいるだろう。それはたまたま今この文章を書いている今日の日付だが、僕にとっては 5/13 は特に記憶に残っている日ではないので、513 という数字は直接日付とは結びつかない。

でも3桁の数字や 1231以下の4桁の数字を月日と結びつけるのはよくあることだ。それは誰かの誕生日であったり何かの記念日であったりする。

いや、そんな個人的なものばかりではなく、例えば 1.17 なら阪神淡路大震災だ。9.11 なら NY の同時多発テロだ。そして、3.11 なら東日本大震災だ。

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Sunday, May 12, 2019

映画『轢き逃げ 最高の最悪な日』

【5月12日 記】 映画『轢き逃げ 最高の最悪な日』を観てきた。

僕の映画の見方は「今日は暇があるから映画でも観ようかな。今何やってるんだろう?」という感じではなく、基本的に上映の何ヶ月も前からマークしておいたものを順番に観て行く形である。でも、今回は珍しく前者。水谷豊の監督第2作なんだそうな。脚本も水谷豊が書いている。

で、結論を先に書くと、筋の運び方に少しく冗漫な印象があったものの、意外に良かった。

何よりも良い画が撮れていると思った。撮影監督は会田正裕という人。名前に記憶はなかったのだが、主に劇場版の『相棒』を撮ってきた人のようだ。

冒頭の長く途切れのない空撮からして却々気を逸らせない。主人公が人をはねるシーン(及びその前後)のいろんな構図とか、死んだ娘の遺影の前で夫に語りかける檀ふみのアップとか、港が見えるカフェのカメラワークとか、とても綺麗で印象的な画が多かった。

水谷監督は、その画作りに合わせるように、(自分自身を含めて)役者には少し長めのカットでじっくり芝居をさせている。

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Saturday, May 11, 2019

縦に並ぶ

【5月11日 記】 大阪に行ってきたのだが、とある駅で変なものを見た。この椅子の向きは何なんだろう。Platform

確かにお一人様には良いかもしれない。ベンチだと隣に座ったおっさんにスマホの画面を覗き込まれるかもしれない。この向きだと何をするにせよ集中できる。前後もそこそこ広くて、足を投げ出しても怒られない。

しかし、この写真のずっと先のほうに老夫婦(らしきカップル)が座っていたのだが、奥さんのほうが前の席から後ろに体をよじって窮屈そうに会話していた。2人連れ以上のお客さんにはまことに不便ではないか。

ま、もちろんどんなものにもメリットとデメリットがあるものだが、どういう観点からどんなメリットを求めてこういう発想が出てきたのか見当がつかない。

それで Instagram に投稿してみんなに訊いてみたのだが、なんと「椅子に座っている酔っぱらいが、勢いよく歩きだしてホームに転落するかららしいです。これだと、慌てても前の椅子にぶつかるだけなので」と教えてくれた人がいる。

うーん、びっくり。下戸の僕には酔っぱらいの行動が読み切れていなかった。酔っ払いは椅子から立ち上がったら、位置関係の如何にかかわらずとにかく前方に歩き出すのか!

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Wednesday, May 08, 2019

床屋談義

【5月8日 記】 行きつけの理髪店でいつも僕の髪を切ってくれている女性技術者がいる。

こういう仕事の人って、多分お客さんと1時間くらいは同じ時間を過ごすことになるので、何を話そうかと考えたりするのだろう。それで、多分彼女の場合は僕といろいろ話すうちに、「あ、この人は映画が好きなんだ。映画の話をしよう」と思ったのだろうと思う。

とは言え、客の趣味に追従して自分があまり詳しくない話をしているのではないのだ。彼女自身そこそこ映画が好きで、そこそこ映画を観に行くみたいだし、僕に合わせて話題を探る感じでもなく、自分の気になることを喋ったり、僕の身の周りのことを尋ねたり、他にもいろいろな話をする。

それがとても自然なのだ。

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Monday, May 06, 2019

10連休の MOONRIDERS

【5月6日 記】 連休中に旅行をしようなどという気にならなくなって久しい。と言うか、連休中でないと絶対に旅行になんか行けないのでなければ、連休中なんぞに行くもんではない。

高いし、混んでいる。混んでいるのはそれほど気にならないが、混んでいて予約が取りにくいのはストレスである。

今年はまた妻が8月の受験に備えてずっと勉強しているので、2人で旅行に行く状況ではない。

で、この10日間に何をしたかと言えば、まずはガラス拭きだ。これは年末に掃除したときにあまりきれいにできなくてずっと気になっており、その後 MUJI で新たに掃除用具を買ったので試してみたかったから。

それから風呂の床掃除。浴槽の掃除はしょっちゅうやっているし、排水口の汚れにも注意しているが、床の壁際の赤カビは知らないうちについてくる。それで、これも年末以来入念に。

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Saturday, May 04, 2019

映画『名探偵ピカチュウ』

【5月4日 記】 映画『名探偵ピカチュウ』を観てきた。僕はこれまで各種ゲーム機には全く手を出さずに育ってきた(生きてきた)し、だいいちポケットモンスターが始まった時にはすでに大人になっていた。だから、ポケモンとは iPhoneアプリの Pokemon GO が出てきてからという短いつきあいである。

Pokemon GO は今に至るまで途切れることなくプレイしているが、さりとてピカチュウにそれほど思い入れがあるわけでもない。ただ、予告編で見た造形がとても可愛かったのと、この監督が『ガリバー旅行記』を撮った人だと知って、じゃあ、観てみようか、となった。

この映画のミソは、ピカチュウが人間の言葉を喋るだけではなく、普段のイメージと違って随分おっさん臭いというところだ。これも最後まで見るとなるほどそういうことかと思うのだが、そういう辻褄合わせがなくても、このシチュエーションは結構楽しめる。そこが一番面白かった。

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Thursday, May 02, 2019

『静かに、ねぇ、静かに』本谷有希子(書評)

【5月2日 記】 この本から教訓を読み取ろうとしてはいけない。だって、ここにあるのはただの悪意だもの。あるいは毒かもしれない。悪意や毒からは教訓は読み取れない。

本谷有希子の本を読むのは実はまだ2冊めでしかない。あとは新聞に連載していた記事を読んだ程度。彼女の芝居は一度も見たことがない。僕の記憶に強烈に残っているのは彼女の小説を原作とする映画『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』だ。

そこにあった悪意がここにもある。あそこにあった刺すような洞察がここにもある。

ここには3編の短編が収められている。

最初の「本当の旅」は3人の若者(でもないか)がクアラルンプールに旅行に行く話。グループ・ライン、インスタ、自撮り棒──そんなものを駆使しながら、「意味がない行動を大事にする僕でありたい」という独特の思いを一生懸命実践しようとする。

その結果、彼らは見知らぬ国でどんどん窮地に陥って行く。いや、嵌っていく当人たちよりも、読んでいる読者のほうが怖い思いをしてしまう。彼らが窮地に陥るさまが怖いのではなく、どんなにひどい目に遭っても、そして、この先もっとひどい目に遭いそうな気配の中でも、それを前向きに解釈しようとする彼ら3人が怖いのである。

その3人を、著者は明らかな悪意を以て描いている。

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