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Tuesday, April 09, 2019

映画『岬の兄妹』

【4月9日 記】 映画『岬の兄妹』を観てきた。多くの著名人が激賞している。東京でさえ3館のみ、しかも、1日1回か2回の上映である。一応全国上映とはいえ、こういう映画は東京にいないと観る機会を逸してしまうことが多いだろう。

絶望的にひどい話である。岬の狭苦しい家に兄と妹が住んでいる。トタンと木のボロボロの家だが、中も散らかり放題。外からの光を遮断するためか、中の光を漏らさないためか、窓ガラスには全面ダンボールが貼ってある。

兄は足に障碍があって、引きずって歩く。妹は知的障碍者である(パンフレットには「自閉症」とあるが…)。妹は兄の留守にしょっちゅういなくなる。兄は毎回必死になって探す。いなくならないようにドアに南京錠を掛けたり足を鎖で繋いだりさえする。

兄は勤め先の造船所をクビになって、ポケット・ティッシュにチラシを入れる内職をしているが、1個作って1円では兄妹2人が食べて行けるわけがない。家賃も電気代も払えず、友だちから思ったほどのお金も借りられず、やがて電気も止められて、あまりのひもじさに妹はティッシュを食べる始末。

ついに兄は妹に売春させることを思いつく。いや、映画の冒頭で描かれていたように、妹は知らない男に体を自由にさせて、1万円をもらったことがある。兄はそのことを思い出して、妹を連れて夜の街に出る。妹は元々気持ち良くなることは好きで、抵抗感はない。

だが、そんなに簡単に客は捕まらない。気のありそうな男に必死でしがみつき、やけっぱちのディスカウントをする。ヤクザに捕まって殴られる。親友の警察官にもバレてしまう。しかし、次第に客はつくようになる。そのうちのひとりもまた身体障碍者である。

このどうしようもなく胸塞ぐ設定というかテーマに愕然として物も言えずに見入ってしまうわけだが、それは何よりも映画の完成度が圧倒的に高いからである。この完成度の高さには本当にびっくりしてしまった。

監督は片山慎三。1981年生まれ。山下敦弘や韓国のポン・ジュノの助監督を務めてきた人。これが監督デビューで、四季ごとに2年間かけて撮影・編集したと言う。制作費は全額自己負担だと言うから、正真正銘の自主制作映画である。

出ているのは聞いたこともない俳優たちだが、パンフレットを読むと、商業映画初出演みたいな人はひとりもおらず、結構いろんな映画の脇役で経験を積んできた人ばかりで、僕が観た映画もたくさん載っていた。だから、演技的には非常にしっかりした映画になっている。

兄を演じた松浦祐也は冨永昌敬監督の『ローリング』で名が売れたらしい。妹を演じた和田光沙は瀬々敬久監督の『菊とギロチン』で女力士を演じていた娘だ。いずれも僕が見逃した映画である(もっとも松浦は『マイ・バック・ページ』、和田は『ハード・コア』と、いずれも山下敦弘監督作品に出ていたようだが、残念ながら記憶に残っていない)。

カメラマンは池田直矢と春木康輔。前者は撮影助手としてそれなりの経験を積み、撮影監督も経験している人。後者はフリーランスのカメラマンとして多くのインディーズ映画を撮ってきた人。

カメラは多分1台だけで、それぞれの撮影監督がどこの画を撮ったかは不明だが、びっくりするような素晴らしい画が撮れている。

入江から見た空に浮かぶものすごい雲の画とか、海岸でどこまでもどこまでも引いて行くカメラワークとか、眠っている妹のおへそが見えているシーンとか、カメラが動く場面でも止まっている構図でも、目を瞠るような切り取り方をしている。

そして、監督自身による脚本もよく練り込まれている。

海のほうを向いてふてくされている兄に、男が寄ってきて「これみんなからだ。少ないけどな」と言って何かを渡すというだけで、兄が勤め先をクビになったことをちゃんと伝えている。会社とかリストラとかいう台詞は出てこないし、餞別も写っていないのに、である。非常に手際が良い。

そして、こんな悲惨な話なのに、ところどころ笑えてしまう。

ポン・ジュノが監督に向けて書いた文章がパンフレットに載っていたので、その冒頭だけをここに引いておく。

慎三、狂ってるよ。ホントに…。君はなんてイカれた映画監督だ! 娼婦に障碍、陰毛に人糞!? それでも映画はとても強くて美しいんだから、驚いたよ。

片山慎三というのは憶えておくべき名前である。次回作も断然観たい。

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