映画『まく子』
【3月24日 記】 映画『まく子』を観てきた。どんな映画か全く知らなかったのだけれど、良い評判をちらほら目にしたので。
冒頭から「どこだ、これは?」と思う風景が出てくる。いや、珍しい風景ではない。日本のあちこちにある温泉町の風景だ。
でも、都会に住んでいると忘れている風景。旅行に行って思い出す風景。そして、そこで描かれているのは僕らの旅のハレの風景ではなく、そこで暮らしている人たちのケの風景──そこに僕はハッとしたのかもしれない。
「四万温泉」という文字が見える。そして、それが実在する地名だとエンドロールで知る。
サトシ(山﨑光)の家は温泉宿を経営している。母親(須藤理彩)が旅館を取り仕切り、父親(草彅剛)は板前だ。女好きの父親は始終女の尻を追いかけていて、今も隣町の女と浮気中である。
そこに転校生のコズエ(新音、ニノンと読む)がやって来る。サトシと同じクラスであるだけではなく、コズエの母(つみきみほ)は住み込みの仲居としてサトシの旅館で働くことになり、サトシと同じ敷地内の別棟に暮らすことになる。
コズエの母もコズエもどこかおかしい。サトシに初めて出会った時に、コズエはサトシに「子供?」と問いかける。サトシは「こ、子供ですけど」と答えるしかない。すると無表情に「年齢は?」と畳み掛けられる。どこか上の空に見えるのに、サトシには興味津々でつきまとう。
そして、挙げ句の果てに、「私たちは土星の近くの星から来た」と言う。
サトシと同様、観ている僕も半信半疑になる。これは宇宙人が出てくる映画なのか? はたまた単に変なことを言う小学生の話なのか?
これが西加奈子の原作だと知っていたら、素直に宇宙人を受け入れて観ただろうが、僕が原作者名を知ったのはエンド・ロールである。
男子の性の目覚めの描き方については、僕は少し違うなと思った。後から知ったのだが、原作者だけではなく監督も女性だったので仕方がないのかもしれない。鶴岡慧子は東京藝術大学大学院で黒沢清の教えを受けた PFFアワードの受賞者だそうだ。
終盤に入ってからの、父親の浮気相手が突然やって来るところとか、河原にお神輿が放ったままになっていたところなど、筋運びにちょっと無理なところがあるのだが、途中いい台詞が結構あるし、非常に後口の良い展開で締めてあって、ファンタジー仕立ての結局良い映画だった。
僕はてっきり「まく子」という名前の女の子が出てくるものだと思っていたのだが、そうではなくて、これは「撒く子」だった。サトシとコズエが山上の城址で枯れ葉を撒き散らすところを皮切りに、何度もいろんなものを撒くシーンが出てくるのだが、これが象徴としてよく効いている。
山上のシーンや、校庭でサトシとドノ(村上純、ムラカミシズルと読ませる)が語るシーンなど、ここぞという所でカメラを固定して長い芝居をさせているのも良かったし、最後山上に大人たちが上がってくるところも良いシーンだった。
で、誰も書いていないみたいだけれど、僕はこの「まく子」は「撒く子」であり、同時に「蒔く子」でもあったのだなと思った。
そして、今回一番印象に残ったのは、草彅剛って良い役者だなあということ。SMAP のメンバーで役者として最後まで残るのはこの人なのかもしれない。
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