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Tuesday, January 22, 2019

映画『夜明け』

【1月22日 記】 映画『夜明け』を観てきた。

監督は広瀬奈々子。雑駁に言ってしまうと、是枝裕和と西川美和の弟子筋の人、と言うか、是枝・西川が作った制作者集団“分福”の新人監督である。

そんな環境でオリジナル脚本のデビュー作を撮り、しかも是枝が見出した柳楽優弥が主演となると、なんと幸せな監督だろうということにもなるが、一方で是枝・西川と比べられるのも必至で、当然そういうプレッシャーもあるだろう。

それを考えると、是枝の愛弟子という看板を背負って『蛇イチゴ』を撮った西川美和のただならぬ力量が解る。

冒頭のシーンは川が流れていて橋が架かっている暗い画。遠くに街の灯りが見えるが、夜なので何もはっきり見えない。次のシーンで花束を持った男が橋の上にいて、花束を川に投げ捨てる。これは誰が見ても自殺を予感させるしつらえだ。

でも、そこでカットが変わって朝のシーン。釣り人がやってきて橋の袂に倒れている男を発見する。生きている。家に連れ帰る。その辺りで観客は倒れていた男が柳楽優弥で助けた男が小林薫だと見極められる。

次は柳楽優弥が部屋の中で目覚めるシーン。小林薫はいない。そこに小林が帰ってくる。多分、今外出して買ってきたレトルトのお粥を柳楽のために温めてやる。

そこまで見て、1つひとつのカットがやけに長いのに気づく。これは最後までずっとそうだ。1台しかないカメラで楽をして撮っているという感じはまるでなく、綿密に考えられたカット割りだということがしっかりと伝わってくる画作りである。

柳楽優弥は自分のことをほとんど語らない。いや、映画がまだここでは語らせないという意図がはっきり見える。ややわざとらしい感じもするが、これまたしっかりと練られた脚本であることの裏打ちである。

彼は名前を訊かれてヨシダシンイチと名乗るが、観ているほうは「あれだけ躊躇してから答えたということは、多分嘘なんだろうな」と思う。

全般に非常に理解しやすい構成で、映画を観ながら「ああ、なるほど、あの台詞がここに繋がるのか」「あそこで張った伏線をここで回収するのか」などと考えてしまう。あちこちでほんとによく繋がっている。

小林薫が演じたのは涌井哲郎という男。木工所を経営している。独り暮らしの家には仏壇があって妻らしい写真があるというだけではなく、どことなく投げやりな沈んだ感じで、こちらも何か訳アリな感じ。木工所には2人の職人がいる。若いほうが YOUNG DAIS、年嵩のほうが鈴木常吉。

そして、事務員の宏美。彼女は子連れのバツイチで、出戻って実家の農業を手伝いながら木工所に来ており、実は哲郎と交際している。演じているのは堀内敬子である。僕の大好きな女優さんだけれど、いやあ、ほんとに巧い。

鈴木常吉も、もはやセメントミキサーズのリードボーカルだったことを憶えている人がどれだけいるか、『深夜食堂』のテーマソングを歌っている人だと知っている人がどれだけいるか分からないが、山下敦弘監督の『オーバー・フェンス』と言い、この映画と言い、見事に味がある。

そこに柳楽・小林というこれまた巧い俳優が加わって、映画はきりっと締まって観る者を飽きさせない。弱い者たちの心の傷や思いの揺らぎが一貫して描かれている。油断すると人間の心はついつい低いところに流れてしまうのだなあ、と感じさせる。

だが、見終わってみると、もうひと工夫要る気がした。いや、人間の両面を描きたかったのだろうという意図は充分に解るし、絵空事の終わり方にはしたくなかったのだろうとも想像する。しかし、終わり方としてはぶった切ったような終わり方ではなく、途中で捨てたような終わり方になってしまっている。

その表現で解るだろうか? なんと言うか、是枝裕和や西川美和のような、触れただけで斬れて血が吹き出しそうな感じじゃないんだな、なんてことを言われるのが、彼女の不幸なところだろう。

ただ、鋭い観察眼と、明確なビジョン及び計算を以て、とてもしっかりと作られた映画であることは確か。今後が楽しみである。

ちなみに、この映画の英語版のタイトルは His Lost Name だそうな。そのほうがずっと良い、と言うか、しっかり中身を語っていると思う。

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