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Monday, December 31, 2018

プリンタが壊れた

【12月31日 記】 プリンタが壊れた。いや、だいぶ前から壊れていたと言うか、調子が悪かったのだ。

今年のクリスマス・カードを印刷した時に、後トレイのオートフィーダがちゃんと機能せずに、1枚ずつ手で支えたり押し込んだりしなければ印刷してくれなくて、これでは何のためのオートフィーダなのか、非常に面倒くさい思いをした。

で、すっかり忘れていたのだが、去年の日記を見たら、去年のクリスマス・カードを印刷した時に既に同じ状況で、「来年まで持つだろうか?」と書いてあった。

このクリスマス・カードの印刷を後トレイ使用の最後にしていよいよ買い換えるか、と思っていたら、今度は別の現象が出てきた。

前のトレイでエラーが出て止まるのである。そして、「プリンター・エラーが発生しました」という、そりゃそうだろうよと言うしかないアラートが出る。「電源を入れ直して、それでもダメならマニュアルを見ろ」と書いてある。

実は1ヶ月ほど前にも同じエラーが出たことがあったのだが、この時はコンセントを抜いてしばらくしてから入れ直したら復旧した。ところが今回はその手がまるで通じない。マニュアルを見てもエラーメッセージの番号は出ていない。

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Saturday, December 29, 2018

ライ麦畑でつかまって

【12月29日 転記】 大学1年の時に「英文学」の講義を取った。当たり前のことなのかどうなのかは判らないが、教室に集まった学生の大半は文学部生のようで、経済学部から参加しているのは僕ぐらいのものだった。

あくまで感じなので具体的にどうとは言いにくいのだが、彼らは僕が経済学部で遭遇する学生たちとちょっと感じが違った。そして、経済学部で経済学の話をしているのはほんの一部の学生でしかないが、教官が現れるまでの間、彼らはみんな、口々にずっと文学の話をしているのである。

「そうじゃなくてヘムはさあ…」

と、僕の前の列に座っている女子学生が言っている。

ヘムって何だろう? まさかヘモグロビンじゃないよね? と僕は思う。

聞き耳を立てていると、やがてそれがヘミングウェイのことだと判る。ふーん。僕は感心する。不思議に嫌味には感じない。そうこうしていると女性の教官が入って来た。

教材は Contemporary American Jewish Writers という短編集だった。その本で僕はジェローム・D・サリンジャーに出会った。そして捕まった。

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Friday, December 28, 2018

引用

【12月28日 記】 十何年にもわたって自分のブログに書評を書いたり外のサイトに投稿したりしてきた中で、最近書き方でちょっと戸惑うことがある。それは本文を引用したときのことだ。

以前だったら、読んだ紙の本のページ数を書いていた。ところが、電子書籍で読むようになって、ページ数というものがないのだ。引用箇所はどうやって明記すれば良いのだろう?

例えば Kindle なら、読んでいるところに番号は振ってある。ただし、これは元々紙の本だったときのページ数なのか何なのか、スワイプすると+1や-1になるのではなくかなり大きく増減するので、読んでいる感覚と一致せず気持ちが悪い。そんな具合だから、それが何行目なのかということになると、なおさら分からない。

この似而非ページ数は使っている端末やアプリによって違うようであり、例えば Bluefire Reader の場合スワイプすると数字は1つだけ増減するが、そこには「34の356」などと書いてあって、これが何なのか判らなくてやっぱり気持ち悪い。

まあ、気持ち良いか悪いかはともかくとして、こんな風に読書環境によってページ数や行数が違うとなると、「この本のこの箇所から引きました」と明示するのが難しくなるのである。

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Wednesday, December 26, 2018

『ファーストラヴ』島本理生(書評)

【12月25日 記】 島本理生の第159回直木三十五賞受賞作品である。僕にとっては『ナラタージュ』以来13年4ヶ月ぶりの島本理生。

『ナラタージュ』の頃とは随分違うという話は聞いていたが、読んでみて確かに違う気がして驚いた。

例によって13年前の記憶はほとんどないのだが、読み始めてまず思ったのは、はて、こんなに文章の巧い作家だったっけ?ということ。

文章が巧いというのは必ずしも気の利いたフレーズや切れ味の良い表現を多用するということではない。基本的には読みやすく引っかからずにスラスラ読める文章であること、とりたてて「巧い」と思わせないこと、小説の背後にいる小説家の存在を感じさせないことだと僕は思っている。

前に読んだ時は、背後の書き手の逡巡まで伝わってきて、随分と引っかかりながら読んだような気がする。それが今回はまことにスムーズに読める。物語が自然に転がって行く。

『ナラタージュ』の時よりも、明らかにくっきりとストーリーが浮き彫りになっている。

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Tuesday, December 25, 2018

『昭和元禄落語心中』

【12月25日 記】 評判になって賞もいくつか獲ったらしい原作漫画のことは例によって何も知らずに、最初は MBS のアニメイズム枠でアニメになった第1期13話と第2期“助六再び編”12話を観て、物語の中心を貫く深い思想性に惹き込まれた。

画の素晴らしさもある。そして、稀代の名人とも言える八雲と助六という2人の落語家の対照の妙。それぞれの名跡の2代(あるいは3代)にわたる因縁めいた展開。恋と友情、孤独、そして落語への偏愛。その研ぎ澄まされた、完成度高く構築された物語世界に圧倒され、舌を巻いた。

そして、それを NHK が全10回のテレビドラマにした。録画したままかなり遅れて少しずつ観ていたのだが、この3連休でやっと最後まで追いつき、やっぱりこの見事な物語空間に取り込まれて何とも言えぬ感動に包まれた。

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Monday, December 24, 2018

2018年度日本インターネット映画大賞投票

【12月24日 記】 今年もお誘いをいただいたので、日本インターネット映画大賞に投票してみた。今回で13回目の投票である。

選出作品は3作品以上10作品までで、対象は2017年1月~2018年12月公開作品(ただし、僕自身は今年になってから観た作品に限定した)。採点法はいくつか提示されていたが、僕は持ち点30点を自由に配分する形を採った。この場合、小数点以下は無効で、1作品最大10点までOK。

各部門賞の1票は2ポイントで、投票対象は個人のみ。日本映画ニューフェイスブレイク賞は男優か女優個人のみ。日本映画音楽賞は作品名で投票。外国映画ベストインパクト賞は個人のみ。私(ユーザー名)が選ぶ○×賞は洋画/邦画を問わない。

日本映画作品賞3作品以上の投票を有効票とする。

というのが今年の大まかなルールである。では、早速僕の投票を披露する。

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Sunday, December 23, 2018

回顧:2018年鑑賞邦画

【12月23日 記】 今年も恒例の「『キネマ旬報ベストテン』の20位以内に入ってほしい邦画10本」を選んでみた。

毎年書いていることだが、これは「『キネマ旬報ベストテン』の20位以内に入ってほしい」という僕の個人的な願望(あるいは応援演説)であって、「入るであろう」という予想ではない。

今年の賞レースはきっとカンヌでパルムドールを受賞した『万引き家族』と、バズって大ヒットになった『カメラを止めるな!』と、樹木希林の遺作となった『日々是好日』のオンパレードになるだろうと思っていたのだが、既に発表された賞を見る限りはそうでもなくてちょっとほっとした。

僕もこの3本は選ばなかった。つまりこれらは「20位以内に入るであろう」作品ではあっても(いや、『カメ止め』は入らないかもしれないが)、僕が特に入ってほしいと思う作品ではないということだ。

今年観た邦画は長短編合わせて 68本──これは僕の生涯最高記録である。別に何かがあって増えたわけでもなく、たまたまそうなっただけのことではあるが。

その一覧を見たり自分の書いた映画評を読み返したりして選んで行ったら、13本が残った。そこから3本落とした結果が下記である。なお、これも例年通り、評価の高い順ではなく、僕が観た順である。

  1. 羊の木
  2. リバーズ・エッジ
  3. blank13
  4. 素敵なダイナマイトスキャンダル
  5. 榎田貿易堂
  6. センセイ君主
  7. 愛しのアイリーン
  8. ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション
  9. ハード・コア
  10. 来る

ちなみに落としたのは、『モリのいる場所』『焼肉ドラゴン』『億男』の3本だ。

誤解のないように書いておくと、これらは僕が最も高く評価している 10本ではない。キネ旬20位以内に入ってほしいという思い入れを反映した 10本である。

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Saturday, December 22, 2018

映画『小河ドラマ 龍馬がくる』

【12月22日 記】 映画『小河ドラマ 龍馬がくる』を観てきた。

タイトルは『竜馬がゆく』のパロディになっているが、ストーリーはそうではない。龍馬が現代にタイムスリップしてくる話で、序盤はコメディと言うよりむしろコントである。

武田鉄矢本人の役で武田鉄矢が出ている。彼が若い頃から坂本龍馬に傾倒していたのはとても有名な話で、当然この役は彼にしかできないし、この映画は武田鉄矢の主演でなければ撮れない。

話は逸れるが、武田鉄矢が若い頃に『クイズダービー』に出演したことがあった。当時、司会の大橋巨泉は、武田鉄矢が坂本龍馬をそれほど尊敬しているとは知らなかったらしい。よりにもよって、最後の問題は坂本龍馬の「短刀・拳銃・万国公法」伝説に関するものであった(長くなるのでここには書かない。ググられたし)。

その時、大橋巨泉は「風貌が何となく坂本龍馬に似ている武田鉄矢さんは」などと言いながら、はらたいらや竹下景子より遥かに高い倍率を提示したので、僕は驚いたのである。テレビを見ながら「武田鉄矢さんに全部」とひとりごちたほどである。

結局、「本」というような回答も確か正解扱いされたと思うのだが、正確に「万国公法」と書いたのは武田鉄矢ただひとりだった。それほどの龍馬フリークなのである。

このドラマでは、武田鉄矢自身が「自分も年なので恐らくこれが人生最後になるだろう」と思っている龍馬役が回ってきた。福山雅治が NHK の『龍馬伝』で坂本龍馬を演じた時、武田鉄矢は勝海舟役で出演しているのだが、「ほんとはあの時も俺が龍馬をやりたかったんだよなあ」などという台詞が用意されている。

つまり、史実だけではなく、芸能人武田鉄矢のリアル・ライフも踏まえてあって、そこが面白いのである。

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Friday, December 21, 2018

紅白

【12月21日 記】 NHK『紅白歌合戦』を見なくなった。テレビ局に勤務しながら最近めっきりテレビを見なくなったということも背景にないではないが、もっと昔の、まだ人一倍テレビを見ていた時代から、この番組については見なくなってしまった。

それはこの番組が“権威”ではなくなってしまったということなのかな、と思う。

昔は『紅白』の人選にブツブツ言いながら見ていた記憶がある。個人的な体験としては多分1967/1968年辺りのグループサウンズが最初ではなかったかな、と思う。

NHKは長髪でチャラチャラした服を着てやかましい音楽を奏で、女の子に歓声で迎えられ、たまに舞台上で失神して倒れたりする GS を良しとしなかった。だから、ザ・タイガースもザ・テンプターズもオックスも『紅白』には選ばれなかった。

ただ、長髪のメンバーがおらず、髪を七三に分けて、どちらかと言うと背広っぽい衣装で演奏し、日本レコード大賞を受賞したジャッキー吉川とブルーコメッツだけは選ばれた。僕はそれを憎んだ。その優等生的な発想に強い嫌悪感を覚えた。

逆に、もともと GS に反感を持っていた姉は、『青い鳥』や『廃虚の鳩』のような歌を歌い始めたザ・タイガースを「『紅白』に出たいがために教訓的な歌を歌って NHKに媚を売っている」と毛嫌いした。

いずれにしても、あの当時『紅白』に選ばれるというのは歌手にとって大変な栄誉であり、ファンが歌手を評価する基準でもあった。でも、レコードの売上だけではなく、人間の主観が混じる評価軸で出場者を選別して行くのは難しいことだ。必然的に一部の出場者は一部の視聴者の反感を買うのである。

僕は、昔はどれだけ大ヒットしたか知らないが、今は歌番組にも全然出てこない演歌のベテランが出てくるのが許せなかった。あと、水前寺清子をはじめ何人か嫌いな歌手がいて、その歌手の出演時間を狙ってお風呂に入ったりもした。

でも、逆に言うと、番組そのものに対してはそれほどの期待と執着があったということである。嫌いな歌手が出ている間にカラスの行水をして、それ以外はしっかり見たいのであった。「なんであんな奴が選ばれているのか?」と不満を覚える裏には「この番組は日本一の権威であるはずだ」という思いがあったはずだ。

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Tuesday, December 18, 2018

運は使い切ったか?

【12月18日 記】 僕はあまり大きくない懸賞には割合よく当たる。

PayPay は1回しか使わないうちにキャンペーンが終了してしまったが、それでもその1回だけの購入が全額(と言っても 658円だが)バックになった。

この1ヶ月間に、とあるキャンペーンで Tポイント 1000点が当たり、とあるアンケートに答えて抽選で Amazonポイント 1000点が当たった。

長い人生を振り返ると、最大級の例としては、宝くじで5万円が2回、なんかのキャンペーンで Tポイントが1万点、本を買ったらおまけでついてきた図書くじで図書券 10万円分が当たったことがある。

で、そういうことを言うと、必ず「そんな小さなことで運を使い切っているんだよ」と嬉しそうに言う人がいる。

僕はそれが不思議で仕方がない。いったいどういう精神状態が彼/彼女をしてそんなことを言わしめるのだろう?

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Sunday, December 16, 2018

冬休みの予定

【12月16日 記】 今年の年末/来年の年始は全く予定が埋まっていない。

いつも思うのだが、みんなどうやって旅行を押えているのだろう。この時期になると、もう飛行機もホテルも、行きたい所はほとんど埋まっていて予約が取れない。

ウチはそもそも年末年始やゴールデン・ウィーク、お盆などの値段が高い時期に旅行に行くのは避けているので、それはそれで構わないのだが、しかし、それ以外の時に旅行に行こうと思っても、やっぱり予約は却々取れない。

もっと早くに押えれば良いのかもしれないが、そんなに何ヶ月も前から全ての旅行が押えられるわけではないし、そんなに何ヶ月も前からこちらも休みの予定が立つわけでもない。

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Friday, December 14, 2018

…と思っていて

【12月14日 記】 facebook にこんなことを書いた:

年のせいか、最近聞いてて引っかかる若い人(主にギョーカイ人)の言葉遣い:

    1. 「…と思っていて、」の連続で一向に句点が来ない文章
    2. 「だったりとか」の連発による過剰な婉曲
    3. 平板なアクセント(「山小屋」や「裏山」に近いアクセント)で、接続助詞ではなく接続詞的に使われる(つまり、文頭に来る)「とは言え」
    4. 平板なアクセントでの「弊社」(「閉鎖」や「会社」に近いアクセント)
    5. 自分が課金される側なのに「このサイトに1000円課金してる」などという誤った用法
    6. 終止形が来て句点が付いて文が終わるかと思ったら、何故か引用の格助詞「と」が付く(例えば「それで仕方なくてやってしまいます、と」)

言葉は変わって行くものだという認識は充分に持っているつもりではありますが…。

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Tuesday, December 11, 2018

Play Log File on my Walkman #126

【12月11日 記】 また半年近く空いてしまった。久しぶりのプレイログ披露。今回も10曲。

  1. サヨナラ COLOR(小泉今日子)
  2. Big Boss(渡辺勝)
  3. 大利根無情(三波春夫)
  4. 春のナヌーク(MOONRIDERS)
  5. 点描のしくみ(吉井和哉)
  6. 傘がない(UA)
  7. 二重唱(デュエット)(岩崎宏美)
  8. きかせて(the Indigo)
  9. 初恋の丘(由紀さおり)
  10. 鏡面の波(YURiKA)

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Monday, December 10, 2018

『このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる ハプワース16、1924年』J.D.サリンジャー(書評)

【12月10日 記】 サリンジャーのファンなら長年求めていた本であるはずだ。雑誌には発表されたが単行本にはならなかった9作の短編/中編がここには収められている。

サリンジャーは僕よりずっと年上だから、僕は発表当時に彼の作品に触れたわけではない。大学に入るまで僕はサリンジャーを知らなかった。

教養課程の選択科目で「英文学」を履修したら、前期の教科書が "American Jewish Writers"という短編集で、そこに The Laghing Man が載っていた。あれはどちらかと言えば、サリンジャーの技巧的な部分が色濃く表れた作品だと思う。

それに惹かれて(時期は忘れてしまったが)『笑い男』が収めれれている『ナイン・ストーリーズ』を全部読んでみた。

後期の教科書はこれまたサリンジャーの Franny and Zooey だった。この本にガツンと殴られたようなショックを覚えて、漸く『ライ麦畑でつかまえて』に手を出すことになる。

僕が大学時代に小説を書いたりしたのは、まぎれもなくサリンジャーみたいな小説が書きたかったからなのだ、と今では思う。これはこれこれだからこうだ、と理路整然と語れないような何か、曰く言い難い何かを書くのがサリンジャーだった。そして、それこそが作家の仕事だと僕は思った。

『ライ麦畑』はもちろん野崎孝訳で読んだのだが、後に村上春樹訳が出たときにも当然読み直しているし、その時に両者の訳の違いが知りたくて、改めて原文で全文を読み直してみたりもした

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Sunday, December 09, 2018

映画『来る』

【12月9日 記】 映画『来る』を観てきた。

このタイトルのネーミングは、Stephen King の "IT" に通じる巧さがある。“それ”が何なのかは分からないが、でも確かに“それ”は存在して、確かに“それ”は“来る”のである。で、この映画の中では、その主語に当たるものは“あれ”と呼ばれている。

原作の小説は『ぼぎわんが来る』という題だったそうだが、ここから主語を削除したのは見事なアイデアだ。“来る”のが何なのか分からないわけで、そのほうがずっと怖い。

でも、僕が観たのはホラーだからではない。中島哲也監督だからだ。そして、映画が始まって怖い場面になった瞬間から、そこにあるのはまさに中島哲也監督ならではの映像美の世界だった。

血が美なのか?と言われるとちょっと違うと言う人もいるだろう。でも、それは、自分の血であれ他人の地であれ、ともかくそれが噴き出すのは怖いことなので美に結びつかないだけであって、実は一番身近にある強烈な赤色であり、それはやはり根源的に美であるように思う。

ここではスプラッタ的な美と、日本伝統の様式美と、そしてコンピュータによる幻想的な美の3つが合わさったような感じがあった。この壮大な仕掛けを、映像芸術と呼ばずに何と呼べば良いだろう?

事実この映画はホラーという枠に収まるものではないのだ。出演者のひとりである松たか子も言っている:「みなさんおっしゃることかもしれませんが、むしろ“あれ”の存在を通して人間を描こうとしているように、私には思えました」と。

そして、中島監督自身もこう言っている:「原作の小説を映画にしたいと思った理由は、登場人物が面白かったことに尽きます。この人たちを実写にしたらどうなるんだろう?と興味が湧きました」と。

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Friday, December 07, 2018

AMAZON MUSIC UNLIMITED

【12月7日 記】 先月から AMAZON MUSIC UNLIMITED に入っている。お試しで使ってみて聴ける曲の豊富さに満足した、ということもある。

昔と違って今のオーディオ機器は Bluetooth に繋がるので、iPhone や iPad を操作してスピーカから音楽を簡単に再生することができる、ということもある。

でも、直接的な銃爪は、有料CS と SVOD の動画サイトの2つを退会したことである。

この2つで AMAZON MUSIC UNLIMITED の月会費は楽に払えてお釣りが来る。仮にこれらを継続したままだったとしたら、たとえ月額780円とは言え、追加支出をためらっただろうと思う。

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Tuesday, December 04, 2018

『音楽理論がおもしろくなる方法と音勘を増やすコツ』いちむらまさき(書評)

【12月2日 記】 久しぶりに入ったリアル書店でふと目に留まって、立ち読みしたら面白いので買ってしまった。家に帰るまで全く気づいていなかったのだが、著者はいちむらまさき。ギターやウクレレのたくさんの教則本を書いている人で、僕はこの人の本を持っている:

『ウクレレ上達100の裏ワザ』──このウクレレ教則本は却々実戦的な名著である。

この人が書いた別の音楽理論めいた本を以前手に取ったことがあるのだが、それはどっちかと言うとちょっと何だかなあという感じだったのだが、この本はよくできている。

我流で楽器を始めてしばらくすると、まあ人にもよるが、理論的にはどういうことになっているのかをもう少し学びたくなる。まずはコード理論だろう。

そんな時にまかり間違ってジャズ系の本を買ってしまうと、最初の数ページは良いのだが、だんだん難しくなって訳が分からなくなるような経験をした人は多いのではないだろうか。

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Monday, December 03, 2018

映画『いつか輝いていた彼女は』

【12月3日 記】 映画『いつか輝いていた彼女は』を観てきた。

新人の登竜門的な、音楽×映画の祭典である MOOSIC LAB にエントリーされた中の一作で、今夜見たのは『1人のダンス』『下鴨ボーイズドントクライ』と3本建てになった<Cプログラム>だったが、僕は最初からこの『いつか輝いていた彼女は』狙いだったので、今回はこの映画に絞って書く。

そもそもは僕と twitter 上で長年の相互フォロー関係にある(何がきっかけでそうなったかは憶えていないのだが)女優の日高七海さんが出演している映画、というのが僕の耳に入った最初の情報だった。

で、ネット上を見ていると、これがまた観たの人の評判が良いのだ。それで、これは何が何でも観なければと思って、ちょうど今夜渋谷のアップリンクで上映するのを見つけて予約したら、なんと日高さんから「是非観てほしい」とのお誘いが。

おかげで、舞台挨拶に立った日高さんとも初めてリアルで会えたし、監督の前田聖来(まえだせいら)さんにも紹介してもらえた。

当然低予算で作られ、映画作りに慣れていないぎこちなさも残ってはいるのだが、脚本と役者がとても良いので、結構良い映画になっている。

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Sunday, December 02, 2018

映画『銃』

【12月2日 記】 映画『銃』を観てきた。武正晴監督。奥山和由プロデュース。

ほとんどがモノクロ。ここぞというところで何度かカラーになる。それがどういうシーンなのかは、これからご覧になる人のために書かないでおく。

もしも銃を拾ったら、という単一の仮定から広げて行ったドラマ。それだけにもっと退屈な作品に堕ちても仕方のないところだが、話の広げ方が巧い。

最初はこわごわ拾う。それから銃を持っていることの高揚感。下手するとそれが全能感にも繋がる。関係ないことにまで自信が漲る。一方で銃を持っているのが見つかるのではないかという不安感。にもかかわらず、あえて危ない方向に一歩踏み出してみたい気持ち。

やがて何かを撃ちたくなる。何かを撃つと、今度は多分、人を撃ちたくなる。そういう心理の動きが巧みに描かれている。

でも、僕が見終わっての第一印象は「何かが足りない。何かもうひとひねり必要だったのではないか?」だった。

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Saturday, December 01, 2018

映画『ギャングース』

【12月1日 記】 映画『ギャングース』を観てきた。

入江悠監督は『SR サイタマノラッパー』で名を挙げた人だ。シリーズ最初の作は僕も観たのだが、その後もサイタマノラッパーばかり撮っている印象があって、ああ、この人はひょっとしたら一生サイタマノラッパーを撮り続けるんだろうか、とまでは思わないにせよ、一生自主映画っぽい監督で終わりそうな感じがあった。

しかし、そんな風に思っていると、今度は『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ』が出てきて、僕はこの映画で、あっ、この人、他の映画も撮れるし、結構すごい!と大いに見方を改めた記憶がある。

ところが、その後 WOWOW でドラマWを何本か引き受けたり、『ジョーカー・ゲーム』や『22年目の告白 ─私が犯人です─』を撮ったりするに至って、あらら、なんだかフツーの(つまり自主映画っぽくない)監督になっちゃったな、と思っていた。

別に自主映画が偉くて商業映画が堕落しているなどと言うつもりはまるでないが、今回の映画はサイタマノラッパーやかまってちゃんが帰ってきた感があって、僕は嬉しかった。

この2本は音楽をテーマとした映画だが、今回の『ギャングース』では渡辺大知、金子ノブアキ、MIYAVI という3人のミュージシャンが出演していて、やっぱりこの監督は音楽と通じたところのある人だと思った。

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