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Sunday, November 04, 2018

映画『億男』

【11月4日 記】 映画『億男』を観てきた。観る候補のリストに入れておきながら「まあ、飛ばしても良いかな」と思っていたのだが、観て良かった。とても良い映画だった。

監督は大友啓史、原作は川村元気。製作会社は東宝だが、プロデューサー陣に川村の名前はない。

借金を背負った主人公・大倉一男(佐藤健)が宝くじで3億円を当て、漸く今の暮らしから抜け出せると思ったら、親友の古河九十九(高橋一生)に全額持ち逃げされてしまうという話だということは、予告編を通じて知っていた。

しかし、この映画は一男が兄の保証人になって借金を背負うところからでも、3億円の宝くじに当たるところからでもなく、九十九に3億円を奪われてしまう前段から始まっている。この構成は非常に巧みだった。観客を冒頭から一気にストーリーに引き込んでしまう。

そして、一男は行方の分からない九十九を探す旅に出る。

いや、旅行に行くわけではなくて、単に九十九の行き先を知っていそうな人間を順番に尋ねるだけのことなのだが、これがロード・ムービー風になっていて、そこに学生時代に九十九と行ったモロッコ旅行の回想が加わって、如何にも“お金の本質を尋ねる旅”になっている。

僕はこの映画を観ながら、大学の経済学部で学んだアダム・スミス、カール・マルクスからジョン・M・ケインズに至るまでの(あるいは社会人になってから読んだ岩井克人まで含めても良いかもしれない)貨幣論(価値形態論)を思い出していた。

思えばこの作品の登場人物の名前にはみんな漢数字が付いていて、お金を連想させる。

一男と九十九。──映画の台詞にも出てくるが、この2人の名前を足すと、完全を表す 100 になる。別居中の一男の妻は万佐子(黒木華)、娘の名前には数字こそ付いていないがまどか(=円)である。

一男が最初に尋ねるのは百瀬栄一(なんとなく見覚え・聞き覚えがあるのに、カツラとヒゲとメガネで最後まで判別できなかったが北村一輝だった)である。苗字と名前の両方に漢数字があって、足すと 101 になる。考えすぎかもしれないが、100 を超えてちょっとだけ余計な感じがする(笑)

九十九と一緒に起業した4人のうちのひとりで、その会社「バイコム」は成功し、そして売却することによって4人とも既にかなりの財をなしている。そもそもそんなに金のある九十九がどうして親友の一男からなけなしの金を奪うのかという謎も湧き上がってくる。

百瀬は一日中競馬場の貴賓室ですごしていて、機関銃のようなベタベタの関西弁でハチャメチャやっているようでありながら、一男の痛いところを突いて一男にお金の本質を語る。

それに対して2番めに訪れるバイコムの元CFO千住清人(藤原竜也)は思いっきり怪しげなセミナーを営んでいる。彼の持つ数字は 1000 で、これは百瀬の「余計」を超えて、異常なほどの過剰さを感じさせる。

3番目のバイコムの同僚・安田十和子(沢尻エリカ)は 10 だ。でも、そこに「和」の字が加わることでいろんな印象が出てきて、いろんな解釈を成立させる。彼女もまた大金を得たはずだが、今は結婚して夫と2人で公営住宅に住み、とても質素な暮らしをしている。

この4人を順番に訪ねて、そして、モロッコ旅行のことを思い出して、一男は少しずつお金の何たるかを学んで行く。宙を舞ったり破られたり重ねられたり隠されたり、四人四様に描かれるお金(紙幣)の画も実に面白い。

そして、どこから九十九を探せばよいのか見当もつかない一男にまず百瀬を紹介したのは、お金が消える前夜にパーティで会ったあきら(池田エライザ)だった。あきらは原作にはないキャラクターらしく、名前に漢数字は入っていない。

彼女自身は大金持ちでも何でもなく、しかし、(悪い言い方をすると)お金持ちに寄生して何かと美味しい目をしている女子である。彼女がラインに名前を登録するときに「億男」と「雑魚」に分類するところがタイトルに繋がっており、この辺の設定は大変巧い。

そして、一男と九十九は同じ大学の落語研究会部員で、そこで演じられる題目が『芝浜』である。『芝浜』は落語に興味のない僕でも一度はフルで聴いたことがある噺で、これもお金がテーマになっている。ネタバレになるので詳しく書かないが、こういう小道具のあしらい方も非常に巧い。

そういう見事な構成に、モロッコの風景の持つ圧倒的な迫力が加わって、これは却々の映像作品になっている。

高橋一生と北村一輝が素晴らしい演技だったと思う。そして、池田エライザはいつの間にかしっかりとした存在感を残す女優になってきたなあと感心した。

とても後口の良い映画。こういう映画は好きだ。

きれいごとになっていると言う人もいるだろうが、それは早とちりで、九十九が何故お金を奪ったかについては必ずしも明確には描かれていない。そこに何らかの想像の余地があり、でも、その想像の余地を乗り越えて行くような終わり方になっているところが素晴らしいと思う。

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