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Thursday, November 08, 2018

『一億円のさようなら』白石一文(書評)

【11月8日 記】 白石一文の小説を読むのはこれが5作目である。例によってタイトルは幾分リズムが悪く、要領を得ない、と言うか、タイトルから中身を想像することができないのである。そして、例によって不思議な設定。

結婚して 20年になる妻に、実は何十億円もの隠し財産があった。それは2人が結婚する前からあったお金で、そのことをずっと妻は隠していた。

どうして、妻はそのお金に全く手をつけず、自分自身にも夫にも子どもたちにもつましい暮らしをさせてきたのか? 今思えば、自分が最初の会社を追われ、親戚を頼って福岡に引っ越すしかなくなった時に、どうしてそのお金のことを言ってくれなかったのか?

そんなことを考えていると、主人公の鉄平の心に妻に対する疑心暗鬼がにわかに生じてきた。

とまあ、出だしはとてもスリリングな展開。でも、そこからいろいろあって、鉄平が意を決して福岡を離れひとりで金沢に移り新しい生活を始めるに至って、今までのストーリーの流れは一旦忘れたかのように、淡々と新しい場所での新しいストーリーがが始まる。

そういう展開がなんだか面白くもあるが、一方でなんだかかったるくもある。

かったるいと言えば、そこにどんな建物があって、どんな川が流れ、どんな雪が降って、という風景の描写は多いが、心理描写はあまりない。源氏物語のように悲しいときには暗く沈んだ風景、心躍るときには明るい風景といった情景一致にもなっていない。

著者はただ淡々とストーリーを転がして行く。従来の白石一文の作品のように、深い死生観と結びついているということもない。今回は主人公自身のものとしての死が描かれていないのである。

それよりも生に対する執着が強い。いや、生に対する執着と言うより、生き甲斐に対する執着である。

そして、小説は突然終わる。いつも通り鮮やかな幕切れではある。ただ、今回ばかりは「それはどうよ?」と思う。

著者は多分、この最後の何行かを書きたくてここまで書き進めてきたようなものなのだろう。それは解る。見事などんでん返しだ。

でも、回収せずに放置したことが多すぎやしないだろうか? これを余韻と呼ぶには少し野放図すぎる気がする。

でも、面白くないかと言われると面白い。確かに、生きていれば分からないまま放置することもたくさんある。途中からどうなったのか分からなくなってしまう知り合いもいる。

そんなことが書きたかったのだろうか?

いや、違う。ここで書かれているのはある人間の営みの見事さである。そして、そんな人間に出会ったときの爽やかな敗北感である。だからこそ、こんなにプツンっと終わってしまっているのに、そんなに後口が悪くないのだろう。

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