« October 2018 | Main | December 2018 »

Wednesday, November 28, 2018

SONGS & FRIENDS 小坂忠 HORO(追記)

【11月28日 記】 1日空けて少し感想めいたものを。

1975年に発売された小坂忠の『HORO』は歴史的な名盤である。「幻の名盤」などとは言わない。知っている人はしっかりと知っているからこそ、この日のコンサート会場である東京国際フォーラム ホールA(約5000人収容)の前に長蛇の列ができたのである。

このレコードは小坂忠が、デビュー以来の盟友である細野晴臣をプロデューサーに迎えて作ったソロ・アルバムで、彼自身が言っているように、このアルバムで彼の歌のスタイルが確立した作品だ。

それまでのフォーク・ロックっぽい小坂忠からソウルフルな小坂忠を細野晴臣が引っ張り出したと言っても良い。そして、娘の事故を経て彼が信仰の道に入ったということも相俟って、彼の歌はここからゴスペルにも通じて行く。

この日のコンサートは編曲家の武部聡志が企画しているシリーズの第2弾で、言わばこのような歴史的な名盤/名曲を若い世代にも繋いで行こうという意図に基づいている。

従って、この日のコンサートには、小坂忠本人と、彼の若い頃からの仲間たちと、そして、小坂忠をリアルタイムで聴いた世代と、後から遡ってこのアルバムにたどり着いたもっと若い世代のミュージシャンが勢揃いしている。

そして、小坂忠本人と、若い世代のいろんな歌手が『HORO』のナンバーを歌う。2つのバージョンで2回歌われた曲も多かったし、このアルバム以外の曲も何曲かやった。

オープニングは大規模な聖歌隊によるジョー・コッカーの You Are So Beautiful だった。アンコールの最後もこの曲だった。他にもゴスペルの名曲である Amazing Grace もやったし、小坂忠の HORO 以前の作品もたくさん取り上げた。

オープニングに引き続いて武部の挨拶があり、それに続いて出てきたのは小坂忠の実の娘である Asiah である。彼女は伸びやかに Unforgettable を披露した。

そして漸く出てきたのが小坂忠(ギター、ボーカル)、林立夫(ドラムス)、後藤次利(ベース)、松任谷正隆(キーボード)、駒沢裕城(ペダルスティール)の5人である。単に豪華な取り合わせだなと思った人もいるかもしれないが、これが 1972年に結成されたバンド、フォージョーハーフ(「四畳半」の英訳)のオリジナル・メンバーなのである。

このバンドにはリード・ギターがいない。その分を駒沢裕城がスティール・ギターのソロで埋める。駒沢はその後もはちみつぱいとか、いろんなバンドやセッションで活躍した、日本ロック界唯一無二のスティール・ギタリストであるが、彼の奏でる粘りとうねりに満ちた響きがなんとも心に響く。

後年は大ヒットを連発した歌謡曲の作曲家として知られる後藤次利も、元はと言えばフォージョーハーフの後サディスティック・ミカ・バンドなどで活躍した日本ロック界屈指の超テク・ベーシストだ。僕はこの日、彼のベースをほんとに久しぶりに聴いた。

そして、フォージョーハーフの前に小坂忠が組んでいたのがエイプリル・フールで、ご存知のない方はメンバーを聞いてもう一度驚くと思うが、小坂の他、松本隆(ドラムス)、細野晴臣(ベース)、柳田ヒロ(キーボード)等である。

ここまで書いてきたうちの、松本隆と柳田ヒロ以外の全員がこの日のステージに上がっている。

小坂忠はその後、ロック・ミュージカル HAIR のオーディションを受けてそちらの舞台に行ってしまうのだが、それがなければひょっとしたらはっぴいえんどのボーカリストになっていたかもしれなかったという逸話を聞いた。そして、小坂忠のところに通ってレコーディングにも参加していたのが当時のスーパー中学生のピアニスト荒井由実だったという話も面白かった。

Continue reading "SONGS & FRIENDS 小坂忠 HORO(追記)"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Monday, November 26, 2018

SONGS & FRIENDS 小坂忠 HORO

【11月26日 記】 SONGS & FRIENDS 小坂忠 HORO の4時間近くに及んだ怒涛のライブが今終わって出てきた。

これだけのものすごいメンバーが同じステージに上がり、一体となって素晴らしい音楽を聴かせてくれたこの夜のことを、僕は一生忘れないだろう。

ステージ上のレジェンドたちと観客席の一般聴衆という関係ではあるが、この時間を共有できたことは、ほんとうに奇跡だと思う。

すごかった。なんだか分からないけれど、万物に感謝したい気持ちである。

Continue reading "SONGS & FRIENDS 小坂忠 HORO"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Sunday, November 25, 2018

映画『ハード・コア』

【11月25日 記】 映画『ハード・コア』を観てきた。いやもうほんとに、べらぼうな映画である。

権藤右近(山田孝之)は定職にもつかず、ゴミ溜めみたいなボロ・アパートに住んで、しょっちゅう酒を飲んでは生来の一本気が災いしてケンカばかりして、弟の左近(佐藤健)にいつも尻拭いしてもらっている。

左近は立派な商社マンだが、自分の生活に充実感は感じてはいない。兄とは考え方も感じ方も正反対だが、それでも酔いつぶれた兄を引き取りにバーに来たり、母親に頼まれて汚いアパートに様子を見に行ったりしている。

牛山(荒川良々)は、ある風の強い日にこの街にふらりとやってきて、今では廃墟になっている化学工場の跡地で起居している。「あ」とか「う」とかしか言わないのだが、どうやら言わないんじゃなくてろくに喋れないらしい。

右近と牛山はは国粋主義の活動家・金城(首くくり栲象)に拾われて、番頭・水沼(康すおん)の下で徳川埋蔵金発掘のアルバイトをして、月に7万円もらっている。右近はいつも牛山を庇い、女を知らない彼になんとか経験させてやりたいと躍起になったりしている。

そんなある日、牛山は自分の住む化学工場の廃墟でロボットを見つける。これがもう、なんというか1960年ごろの SF に出てきそうな代物で、外見を見る限りそんなものがまともに動くことさえ信じられないのだが、コンピュータに詳しい左近によると、NASA や Google でも開発できなかった先進の AI であるらしい。

で、右近と牛山はロボットにロボオという名前をつけて、翌日から服を着せて埋蔵金発掘現場に連れて行く。

って、一体どんな話やねん!て思うでしょ? 一体頭のどの辺りがそんなことを考えるのか?と不思議になるでしょ?

Continue reading "映画『ハード・コア』"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Saturday, November 24, 2018

映画『エリック・クラプトン ~12小節の人生~』

【11月24日 記】 映画『エリック・クラプトン ~12小節の人生~』を観てきた。日比谷の TOHOシネマズシャンテは1席たりとも余らない満席だった。

この映画を観に来た人であれば知らないはずはないので、いちいち書く必要もないかも知れないが、サブタイトルは典型的なブルーズの形式である12小節のブルーズ・コード進行から来ている。

僕には昨日見たクイーンより、今日のエリック・クラプトンのほうが遥かに胸に沁みた。

僕がエリック・クラプトンを聴き始めたのはクリームからなので、ヤードバーズやジョン・メイオールのバンドの曲は後追いで知ったに過ぎない。いや、自分の頭の中で若干記憶が混濁してしまっているが、クリームも実は後追いのはずだ。

なにしろ僕が生まれて初めて自分で買ったレコードが『バングラデッシュのコンサート』だったのだから。

あの伝説のコンサート、あの伝説のレコードの中で、クラプトンをバックにジョージ・ハリスンが歌うのを聴いたのが多分最初だろうと思う。While My Guitar Gently Weeps のギター・ソロがめちゃくちゃカッコよかった。

初めて彼を知った瞬間からずっと、僕ら当時の音楽少年たちは、今に至るまで、彼のことをエリックではなくクラプトンと呼んできた。クリームのレコードに手を伸ばしたのはあの直後かもしれない。

でも、クリームを聴いて僕がまずぶっ飛んだのは、ジャック・ブルースの奔放極まりないベースであり、あんな複雑なフレーズを弾きながら歌うところであり、そして、ジンジャー・ベイカーのどこまでも疲れを知らない変幻自在のドラムスであり、クラプトンはむしろ地味な存在だった。

で、ブラインド・フェイスを経て、多くの人がそうだったと思うのだが、デレク&ザ・ドミノスの Layla の(これもひょっとしたら後追いで聴いたのかもしれないが)、あの前奏からいきなり転調してメロディに入るところで頭をレンガで殴られたようなショックを受けた。

でも、正直言って、I Shot The Sheriff 以降、Tears In Heaven まで、しばらく彼のことは忘れてしまっていた。その間に彼がとんでもない薬物依存症とアルコール依存症に陥っていたとか、息子を事故で亡くしたとかいうことは、彼が Unplugged で復活したあとに知ったことだ。

Continue reading "映画『エリック・クラプトン ~12小節の人生~』"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Friday, November 23, 2018

映画『ボヘミアン・ラプソディ』

【11月23日 記】 映画『ボヘミアン・ラプソディ』を観てきた。

彼らの曲の中には好きな作品もあるが、Queen というバンド自体に対しては、僕はそれほどの思い入れがない(あの時代にふさわしい、ものすごく分かりやすい表現をすると、アルバムは1枚も持っていない)。

70年代、80年台というのは様々な音楽が花開いた時代で、僕がその20年間で熱中したのは T.Rex, よしだたくろう、Yes, ムーンライダーズ、 Cyndi Lauper, 佐野元春らだった。

こうやって並べると何の脈略もないので、そこに Queen が入っていても不思議はないのだが、彼らのデビュー以来の曲構成とコーラスワークの絶妙さが、却って当時中高生の僕に「あれはロックではない」と断罪させてしまった面は否めない。

だから、この映画も当初観る気はなくて、むしろ同時期に公開される『エリック・クラプトン』を心待ちにしていたのだが、みんながあまりにこの映画を褒めるものだから『エリック・クラプトン』に先立って観ることにした。

見終わって、と言うか、見始めてすぐに思ったのだが、この映画は完全にカメラワークの勝利だと思う。主に細かいカットを繋いで行く手法なのだが、アングルが非常に多彩だし、カメラに収める対象の選択が的確で、画は美しく、演奏シーンは非常にビビッドである。

斜に構えた中高生が少し避けてきたサウンドも、今日改めて聴くと却々ロックではないか(笑) 勝手にフレディのワンマンバンドであるかのように思っていたが、他の3人のセンスと力量を改めて思い知らされた気がして、なんだか幸せな気分である。

Continue reading "映画『ボヘミアン・ラプソディ』"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Wednesday, November 21, 2018

元号の理屈

【11月21日 記】 僕は元号をできるだけ使わずに西暦で書くようにしている。

別にイデオロギー的な反発があるわけでもなかったのだが、元号が法制化されたときの理屈づけにカチンと来たからである。

あのとき政府は元号を法制化するに際して、日本人の87.5%だか何だかが元号を使用しているという事実を根拠にした。──それはおかしな話である。もしも既に国民生活に充分浸透していると言うのであれば何ら法制化する必要などないはずではないか。

現状の利用率が何%であったにせよ、政府としてはそれに満足できず、もっと強制力を以て元号を浸透させたいからこそ法律を作るのである。

僕はその欺瞞的な論理を耳にして怒り心頭に発した。だから、それ以降、できるだけ元号は使わないようにしている。

とは言っても、自分の生活から元号を排除しようというほどのものではない。単に自分からはあまり元号を使わないようにしているという程度のものだ。でも、結局そのほうが、元号が2つにまたがったときの計算がやりやすいということもある。

Continue reading "元号の理屈"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Monday, November 19, 2018

発車メロディ

【11月19日 記】 電車の発車メロディ(発車ベルとも言うらしい)は、恐らく鉄道マニアの間では既に語り尽くされた話題であるか、あるいは逆に、誰にも語り尽くせないくらいの話題であるかのどちらかだと思う。

普段ぼうっと聞いているが、考えてみると日本にはいくつの駅があって、そのうち発車の際に音楽を流している駅がいくつあって、そこで使われている楽曲は何曲あって、そのうち何曲がオリジナルで何曲がどこかのスタンダードを持ってきたんだろう、などと考え始めるときりがない。

大阪にいたときの話だが、僕はやしきたかじんという人が歌手としてもタレントとしても嫌いだったので気がつかなかったのだが、ある日どうやらJR大阪駅で流れているのは『やっぱ好きやねん』のサビの出だしであると気づいた。

ファンであれば採用された直後に気がついただろうが、僕は随分経ってからだった。それで、そもそもやしきたかじんが好きではないので、「あーあ、大阪駅はこんな人の作品をテーマに選んでしまったのか」とがっくりした記憶がある。

Continue reading "発車メロディ"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Saturday, November 17, 2018

駄洒落

【11月17日 記】 facebook に書いた記事でちょっとことば遊びをしたら「オヤジギャグ」とコメントされた。いや、別にそんなことに腹を立てたり根に持ったりはしないのだが、とても奇異な感じを受ける。

昔やっていたホームページで同じようなことを、2003年の3月に書いているのだが、今はオヤジギャグと言われるものは僕らの小さい頃には単に駄洒落(ダジャレ)と言われていた。

で、今オヤジギャグと言われているものを僕がいつごろから熱心に言い続けている(笑)かと言えば、それは小学校時代からである。小学生が既に言っていたものをオヤジギャグと言われる不思議。

で、その文章の中にも書いたのだけれど、例えば和歌における掛詞や序詞などは全てこの駄洒落の発展したものだと思っている。ああいうのって、見ようによっては単なる洒落ではないか。そして、英語や中国語の詩で韻を踏むのも駄洒落の親戚だと思っている。

Continue reading "駄洒落"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Wednesday, November 14, 2018

ファースト・ネーム

【11月14日 記】 日本人がお互いをファースト・ネームで呼び合わないのは、名前が「姓・名」の順番だからだという説を聞いた。欧米人も日本人もともに姓名の前半部分で呼ぶだけのことで、日本語の名前では姓が言わばファースト・ネームだと言うのである。

それはどうも根拠が乏しいような感じがする。でも、その一方で不思議に説得力もある。

「日本人は名前より苗字が先  → だから先に来ている苗字で呼び合う」という理屈があまりに単純すぎて論理の流れに無理があるのは確かだが、ただ、「名前の成り立ちとして名ではなく姓が先」というのと「名前ではなく苗字で呼び合う」という2つの事柄の間には同じ根っこがあるような気がするのである。

そして、その同じ根っこは中国人や韓国人にもあるような気もするのである。それは、なんか、儒教と言うか、東洋思想と言うか、もっとざっくりと言ってしまうと東アジア人の気質に通じるものがあるような感じがあるのである。

Continue reading "ファースト・ネーム"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Monday, November 12, 2018

映画『ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』

【11月12日 記】 映画『ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』を観てきた。映画版3部作の2本め。

前作を観たときに、テレビシリーズと同じ素材をたくさんつかっているにも拘わらず、気持ち悪いぐらい設定が違うし、それにともなってストーリーも微妙に違うし、エウレカセブンなのにエウレカがほとんど登場しないし、そういう全てに困惑してしまった。

だから、いつの間にか今作はもうスルーしても良いかなという気分になっていたのである。ところが、twitter 上の友だちから「面白かった」「是非観てください」と言われて、気を取り直して観に行った次第。

驚いた。圧倒された。参った。

テレビシリーズでは、乱暴に言ってしまうとエウレカの敵役でしかなかったアネモネが主人公である。もちろん、テレビシリーズと設定は違う。でも、初期設定だけではない。

あの嫉妬心にがんじがらめに縛られていたアネモネが、気の強いのはテレビシリーズと同じだが、テレビシリーズにはなかった(そしてテレビシリーズとは別の)幼い時代が描かれ、実は父思いの優しい少女で、ここでは地球を救う側なのである。

Continue reading "映画『ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Sunday, November 11, 2018

映画『生きてるだけで、愛。』

【11月10日 記】 映画『生きてるだけで、愛。』を観てきた。

僕は趣里が水谷豊と伊藤蘭の娘だということだけ知っていて、でも、『金八先生』も『とと姉ちゃん』も観ていないし、既に舞台で活躍していることも全く知らなかったので、ともかく昨年のTBSドラマ『リバース』での三浦貴大の悪妻役でぶっ飛んだのである。

この映画でも、あの悪妻役と同じぐらいエキセントリックな役だ。twitter などでは「メンヘラ」のひと言で片付けられてしまうタイプだろう。

青春映画の文法ではクライマックスに走ることになる。終盤、何かのっぴきならない状況になって、それを脱するために主人公が走る、走る──というのが定番である。ところがこの映画では寧子(趣里)が津奈木(菅田将暉)と知り合う冒頭のシーンから街を疾走する。いや、疾走なんて爽やかなもんではない。

自動販売機に頭突き食らわして、頭から血をダラダラ垂れ流しながら、「こういう時って走りたくなるんですけど」と言い残していきなり走り始めるのである。津奈木は訳も解らずに後を追って走る。

この寧子みたいな人物をピュアだとか不器用だとか言う人とは話す気にならない。ともかく単にめんどくさい女としか僕には思えない。僕はこの手の女には、と言うより、ほんの少しでもこういう傾向のある女子には極力距離を置いて接点を持たないようにしている。

鬱で朝起きられないというのは分かる、と言うか、まあ、多分そういうもんなんだろうなとは思うが、布団から起き出してきた時にあんなにエネルギーのある鬱があるか、と思ってしまう。

Continue reading "映画『生きてるだけで、愛。』"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Saturday, November 10, 2018

歯医者

【11月10日 記】 先週の日曜日の朝、硬いフランスパンを齧っていたら、左の下の奥歯が欠けた。

それで月曜日の朝イチでかかりつけの歯医者に電話をして、こじ開けて予約を入れてもらった。

診察の結果、欠けたところを単に埋めるのではなく、少し削って新しく別のものを被せたほうが良いということになって治療が始まったのだが、終わる前に仮り歯を入れてくれた。

ふーん、今はそんなことをしてくれるのかと大いに感心した。

昔だったら歯は欠けたまま、穴は開いたままだった。左では噛めないどころか、食べかすが歯の穴に入らないようにしなければならず、結構ストレスだった。次回の予約はちょうど1週間後だから、昔だったら1週間そんなストレスとつきあうことになっていた。

ところが仮り歯のおかげで、普段と全く変わりのない食生活が送れるし、普段どおり歯磨きもできるではないか! もうこの仮り歯のままでも良いですよと言いたくなるくらい(笑)

Continue reading "歯医者"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Thursday, November 08, 2018

『一億円のさようなら』白石一文(書評)

【11月8日 記】 白石一文の小説を読むのはこれが5作目である。例によってタイトルは幾分リズムが悪く、要領を得ない、と言うか、タイトルから中身を想像することができないのである。そして、例によって不思議な設定。

結婚して 20年になる妻に、実は何十億円もの隠し財産があった。それは2人が結婚する前からあったお金で、そのことをずっと妻は隠していた。

どうして、妻はそのお金に全く手をつけず、自分自身にも夫にも子どもたちにもつましい暮らしをさせてきたのか? 今思えば、自分が最初の会社を追われ、親戚を頼って福岡に引っ越すしかなくなった時に、どうしてそのお金のことを言ってくれなかったのか?

そんなことを考えていると、主人公の鉄平の心に妻に対する疑心暗鬼がにわかに生じてきた。

とまあ、出だしはとてもスリリングな展開。でも、そこからいろいろあって、鉄平が意を決して福岡を離れひとりで金沢に移り新しい生活を始めるに至って、今までのストーリーの流れは一旦忘れたかのように、淡々と新しい場所での新しいストーリーがが始まる。

そういう展開がなんだか面白くもあるが、一方でなんだかかったるくもある。

かったるいと言えば、そこにどんな建物があって、どんな川が流れ、どんな雪が降って、という風景の描写は多いが、心理描写はあまりない。源氏物語のように悲しいときには暗く沈んだ風景、心躍るときには明るい風景といった情景一致にもなっていない。

Continue reading "『一億円のさようなら』白石一文(書評)"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Tuesday, November 06, 2018

ハイヒール

【11月6日 記】 この歳になって突然気づくことがある。一昨日会社のビルの入り口の階段を上っていて気がついた。

前を歩いている女性のハイヒールのヒール部分が宙に浮いているのである。階段の段に足の前半分しか載っていないから、必然的にかかとの下には段がない。

他の靴と違ってハイヒールの場合はそもそも真ん中が浮いていてつま先とかかとしか地についていないので、それでこういう歩き方をすると、つまりはつま先だけで全体重を支えることになる。

しかも、たまたま一歩だけそうなったのではなく、どの歩みのときにもそうなのだ。

それは危ないぞ、と思う。もしも前からドンと押されたら、かかとで踏ん張れないわけだから、もんどり打って転げ落ち、大怪我をするだろう。

ところが、昨日同じ階段を上っていてまた気づいた。昨日見た女性だけではない。全員とまでは言わないが、大多数の女性が同じ上り方をしているのだ。

Continue reading "ハイヒール"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Sunday, November 04, 2018

映画『億男』

【11月4日 記】 映画『億男』を観てきた。観る候補のリストに入れておきながら「まあ、飛ばしても良いかな」と思っていたのだが、観て良かった。とても良い映画だった。

監督は大友啓史、原作は川村元気。製作会社は東宝だが、プロデューサー陣に川村の名前はない。

借金を背負った主人公・大倉一男(佐藤健)が宝くじで3億円を当て、漸く今の暮らしから抜け出せると思ったら、親友の古河九十九(高橋一生)に全額持ち逃げされてしまうという話だということは、予告編を通じて知っていた。

しかし、この映画は一男が兄の保証人になって借金を背負うところからでも、3億円の宝くじに当たるところからでもなく、九十九に3億円を奪われてしまう前段から始まっている。この構成は非常に巧みだった。観客を冒頭から一気にストーリーに引き込んでしまう。

そして、一男は行方の分からない九十九を探す旅に出る。

いや、旅行に行くわけではなくて、単に九十九の行き先を知っていそうな人間を順番に尋ねるだけのことなのだが、これがロード・ムービー風になっていて、そこに学生時代に九十九と行ったモロッコ旅行の回想が加わって、如何にも“お金の本質を尋ねる旅”になっている。

僕はこの映画を観ながら、大学の経済学部で学んだアダム・スミス、カール・マルクスからジョン・M・ケインズに至るまでの(あるいは社会人になってから読んだ岩井克人まで含めても良いかもしれない)貨幣論(価値形態論)を思い出していた。

Continue reading "映画『億男』"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Thursday, November 01, 2018

Halloween

【11月1日 記】 Halloween の日本語表記にはハロウィンとハロウィーンがある。僕は今までハロウィンを使っていた。

最近知ったのだが、放送局ではハロウィーンを採用するところが多いようだ。英語の発音としては w の後は短母音ではなく長母音であるからハロウィーンが正解だということだろう。それはそれで正しいのだが、ただ、英単語をカタカナに移すときには注意すべきことがある。

以前やっていたホームページでも確か書いたと思うのだが、日本語においては、3音以上の外来語が長音を含む場合、自動的にアクセントがその長音の部分に行きがちなのである。

Continue reading "Halloween"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« October 2018 | Main | December 2018 »