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Wednesday, November 14, 2018

ファースト・ネーム

【11月14日 記】 日本人がお互いをファースト・ネームで呼び合わないのは、名前が「姓・名」の順番だからだという説を聞いた。欧米人も日本人もともに姓名の前半部分で呼ぶだけのことで、日本語の名前では姓が言わばファースト・ネームだと言うのである。

それはどうも根拠が乏しいような感じがする。でも、その一方で不思議に説得力もある。

「日本人は名前より苗字が先  → だから先に来ている苗字で呼び合う」という理屈があまりに単純すぎて論理の流れに無理があるのは確かだが、ただ、「名前の成り立ちとして名ではなく姓が先」というのと「名前ではなく苗字で呼び合う」という2つの事柄の間には同じ根っこがあるような気がするのである。

そして、その同じ根っこは中国人や韓国人にもあるような気もするのである。それは、なんか、儒教と言うか、東洋思想と言うか、もっとざっくりと言ってしまうと東アジア人の気質に通じるものがあるような感じがあるのである。

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Monday, November 12, 2018

映画『ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』

【11月12日 記】 映画『ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』を観てきた。映画版3部作の2本め。

前作を観たときに、テレビシリーズと同じ素材をたくさんつかっているにも拘わらず、気持ち悪いぐらい設定が違うし、それにともなってストーリーも微妙に違うし、エウレカセブンなのにエウレカがほとんど登場しないし、そういう全てに困惑してしまった。

だから、いつの間にか今作はもうスルーしても良いかなという気分になっていたのである。ところが、twitter 上の友だちから「面白かった」「是非観てください」と言われて、気を取り直して観に行った次第。

驚いた。圧倒された。参った。

テレビシリーズでは、乱暴に言ってしまうとエウレカの敵役でしかなかったアネモネが主人公である。もちろん、テレビシリーズと設定は違う。でも、初期設定だけではない。

あの嫉妬心にがんじがらめに縛られていたアネモネが、気の強いのはテレビシリーズと同じだが、テレビシリーズにはなかった(そしてテレビシリーズとは別の)幼い時代が描かれ、実は父思いの優しい少女で、ここでは地球を救う側なのである。

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Sunday, November 11, 2018

映画『生きてるだけで、愛。』

【11月10日 記】 映画『生きてるだけで、愛。』を観てきた。

僕は趣里が水谷豊と伊藤蘭の娘だということだけ知っていて、でも、『金八先生』も『とと姉ちゃん』も観ていないし、既に舞台で活躍していることも全く知らなかったので、ともかく昨年のTBSドラマ『リバース』での三浦貴大の悪妻役でぶっ飛んだのである。

この映画でも、あの悪妻役と同じぐらいエキセントリックな役だ。twitter などでは「メンヘラ」のひと言で片付けられてしまうタイプだろう。

青春映画の文法ではクライマックスに走ることになる。終盤、何かのっぴきならない状況になって、それを脱するために主人公が走る、走る──というのが定番である。ところがこの映画では寧子(趣里)が津奈木(菅田将暉)と知り合う冒頭のシーンから街を疾走する。いや、疾走なんて爽やかなもんではない。

自動販売機に頭突き食らわして、頭から血をダラダラ垂れ流しながら、「こういう時って走りたくなるんですけど」と言い残していきなり走り始めるのである。津奈木は訳も解らずに後を追って走る。

この寧子みたいな人物をピュアだとか不器用だとか言う人とは話す気にならない。ともかく単にめんどくさい女としか僕には思えない。僕はこの手の女には、と言うより、ほんの少しでもこういう傾向のある女子には極力距離を置いて接点を持たないようにしている。

鬱で朝起きられないというのは分かる、と言うか、まあ、多分そういうもんなんだろうなとは思うが、布団から起き出してきた時にあんなにエネルギーのある鬱があるか、と思ってしまう。

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Saturday, November 10, 2018

歯医者

【11月10日 記】 先週の日曜日の朝、硬いフランスパンを齧っていたら、左の下の奥歯が欠けた。

それで月曜日の朝イチでかかりつけの歯医者に電話をして、こじ開けて予約を入れてもらった。

診察の結果、欠けたところを単に埋めるのではなく、少し削って新しく別のものを被せたほうが良いということになって治療が始まったのだが、終わる前に仮り歯を入れてくれた。

ふーん、今はそんなことをしてくれるのかと大いに感心した。

昔だったら歯は欠けたまま、穴は開いたままだった。左では噛めないどころか、食べかすが歯の穴に入らないようにしなければならず、結構ストレスだった。次回の予約はちょうど1週間後だから、昔だったら1週間そんなストレスとつきあうことになっていた。

ところが仮り歯のおかげで、普段と全く変わりのない食生活が送れるし、普段どおり歯磨きもできるではないか! もうこの仮り歯のままでも良いですよと言いたくなるくらい(笑)

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Thursday, November 08, 2018

『一億円のさようなら』白石一文(書評)

【11月8日 記】 白石一文の小説を読むのはこれが5作目である。例によってタイトルは幾分リズムが悪く、要領を得ない、と言うか、タイトルから中身を想像することができないのである。そして、例によって不思議な設定。

結婚して 20年になる妻に、実は何十億円もの隠し財産があった。それは2人が結婚する前からあったお金で、そのことをずっと妻は隠していた。

どうして、妻はそのお金に全く手をつけず、自分自身にも夫にも子どもたちにもつましい暮らしをさせてきたのか? 今思えば、自分が最初の会社を追われ、親戚を頼って福岡に引っ越すしかなくなった時に、どうしてそのお金のことを言ってくれなかったのか?

そんなことを考えていると、主人公の鉄平の心に妻に対する疑心暗鬼がにわかに生じてきた。

とまあ、出だしはとてもスリリングな展開。でも、そこからいろいろあって、鉄平が意を決して福岡を離れひとりで金沢に移り新しい生活を始めるに至って、今までのストーリーの流れは一旦忘れたかのように、淡々と新しい場所での新しいストーリーがが始まる。

そういう展開がなんだか面白くもあるが、一方でなんだかかったるくもある。

かったるいと言えば、そこにどんな建物があって、どんな川が流れ、どんな雪が降って、という風景の描写は多いが、心理描写はあまりない。源氏物語のように悲しいときには暗く沈んだ風景、心躍るときには明るい風景といった情景一致にもなっていない。

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Tuesday, November 06, 2018

ハイヒール

【11月6日 記】 この歳になって突然気づくことがある。一昨日会社のビルの入り口の階段を上っていて気がついた。

前を歩いている女性のハイヒールのヒール部分が宙に浮いているのである。階段の段に足の前半分しか載っていないから、必然的にかかとの下には段がない。

他の靴と違ってハイヒールの場合はそもそも真ん中が浮いていてつま先とかかとしか地についていないので、それでこういう歩き方をすると、つまりはつま先だけで全体重を支えることになる。

しかも、たまたま一歩だけそうなったのではなく、どの歩みのときにもそうなのだ。

それは危ないぞ、と思う。もしも前からドンと押されたら、かかとで踏ん張れないわけだから、もんどり打って転げ落ち、大怪我をするだろう。

ところが、昨日同じ階段を上っていてまた気づいた。昨日見た女性だけではない。全員とまでは言わないが、大多数の女性が同じ上り方をしているのだ。

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Sunday, November 04, 2018

映画『億男』

【11月4日 記】 映画『億男』を観てきた。観る候補のリストに入れておきながら「まあ、飛ばしても良いかな」と思っていたのだが、観て良かった。とても良い映画だった。

監督は大友啓史、原作は川村元気。製作会社は東宝だが、プロデューサー陣に川村の名前はない。

借金を背負った主人公・大倉一男(佐藤健)が宝くじで3億円を当て、漸く今の暮らしから抜け出せると思ったら、親友の古河九十九(高橋一生)に全額持ち逃げされてしまうという話だということは、予告編を通じて知っていた。

しかし、この映画は一男が兄の保証人になって借金を背負うところからでも、3億円の宝くじに当たるところからでもなく、九十九に3億円を奪われてしまう前段から始まっている。この構成は非常に巧みだった。観客を冒頭から一気にストーリーに引き込んでしまう。

そして、一男は行方の分からない九十九を探す旅に出る。

いや、旅行に行くわけではなくて、単に九十九の行き先を知っていそうな人間を順番に尋ねるだけのことなのだが、これがロード・ムービー風になっていて、そこに学生時代に九十九と行ったモロッコ旅行の回想が加わって、如何にも“お金の本質を尋ねる旅”になっている。

僕はこの映画を観ながら、大学の経済学部で学んだアダム・スミス、カール・マルクスからジョン・M・ケインズに至るまでの(あるいは社会人になってから読んだ岩井克人まで含めても良いかもしれない)貨幣論(価値形態論)を思い出していた。

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Thursday, November 01, 2018

Halloween

【11月1日 記】 Halloween の日本語表記にはハロウィンとハロウィーンがある。僕は今までハロウィンを使っていた。

最近知ったのだが、放送局ではハロウィーンを採用するところが多いようだ。英語の発音としては w の後は短母音ではなく長母音であるからハロウィーンが正解だということだろう。それはそれで正しいのだが、ただ、英単語をカタカナに移すときには注意すべきことがある。

以前やっていたホームページでも確か書いたと思うのだが、日本語においては、3音以上の外来語が長音を含む場合、自動的にアクセントがその長音の部分に行きがちなのである。

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