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Wednesday, October 31, 2018

エレベータをめぐる作為

【10月31日 記】 僕はエレベータに乗っても自分が降りる階数のボタン以外はあまり触らない。

以前も書いたことだが、誰かが降りたらいちいち「閉」ボタンを押すのは日本人だけだという話を聞いて、たまたまラスベガスに出張で行った折に観察してみると、確かにいろんな人種が乗り降りする中で「閉」ボタンを押しているのは日本人だけである。

ご丁寧にも、自分が降りる時に乗っている人のために「閉」ボタンを押す人もいる。

たまに日本人みたいな顔をしているのに押さない人もいるのだが、引き続き観察していると、その人の口から出てくるのは中国語とか朝鮮語とかだった。

それで、なるほど、そんなに急いでも仕方がないか、と思うようになって、自分でもあまり「閉」ボタンを押さなくなった(ただし、日本で満員のエレベータの、たまたまボタンの前に立ってしまった時は、押さないでいると「ボーッとしてんじゃねえよ」と言われそうなので押すようにはしているが)。

あと、自宅のマンションで、例えば僕がゴミを持って1階まで降りた時に、入れ違いで誰かが1階から乗ってきたりすることがある。そんな時にゴミ置き場から戻ってくると、エレベータが1階に止まっていて驚くことがある。

つまり、僕と入れ違いに乗った人が、自分が降りる際に僕のために1階のボタンを押しておいてくれたということなのだが、これは不思議な行為である。

僕にはその発想がまるで理解できない。どうして僕のことだけを思いやるのだろう? 僕はそういうことは決してやらない。

例えばその人が10階で降りて、降りる時に1階のボタンを押して、エレベータが8階を通過した頃にちょうど9階から誰かが降りようとして出てきたかもしれないではないか。その人にとっては迷惑千万な話である。

あるいは、僕はゴミを持っていて確かにゴミ置き場にそれを入れに行ったには行ったが、その後近所のコンビニに買い物に行ったかもしれない。なのにエレベータを1階に戻してしまうと、別の誰かが長く待たなければならないかもしれない。

もちろん逆に、他の人がちょうど1階から乗ろうとして、タイミング良くエレベータが到着するかもしれない。

要するにそんなことはどうなるか分からないのである。だから、そんな作為を働いても仕方がないのである。たまたま僕と会ったからと言って僕にだけ気を使ってどうする?と僕は思う。みんな同じマンションに住む仲間ではないか。ならば運は平等に天に任せるのが良いのではないか。

もっと言えば、エレベータに早く乗れたからその後のことがうまく進むかどうかも分からないのだ。だから、むやみに階数ボタンを押さなくて良いのではないかな、と思うのである。。

ところで最近不思議なのは、自分が降りる時に「閉」ではなく、「開」ボタンを、しかも、自分の体はもう半分ぐらい外に出ている状態で押していく人がいる。最近立て続けにそういう人と出くわしたのだが、これは何を考えているのだろう?

エレベータというのは考えれば考えるほど、得手勝手なマナーがゴッタ煮になった不思議な鍋である。

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