『迷子のコピーライター』日下慶太(書評)
【9月4日 記】 不思議な本である。商店街ポスター展の仕掛け人として大いに成功を遂げたコピーライターの本だと聞けば、(まあ、タイトルはちょっと変わってはいるが)多分広告のノウハウ本だと思う人が多いだろう。
ちょっと異色っぽい人のようだから奇を衒った書き出しをしたのかもしれないが、そのうちに「広告で忘れてはいけないたったひとつの原則」とか「コピーライティングの3つの要素」とかいうようなものが出てくるのではないかと思ったりするのだが、これが全くない。
出だしは自伝である。いや、小説である。いや、作者が自分のことを書いた文章だから自伝か小説かじゃなくて、つまり自伝小説なのだが、小説であることを強調したいのはそれだけ面白いということだ。
著者は電通に就職が決まってからユーラシア大陸横断の卒業旅行に行く。で、そもそも「おいおい」と嗜めたくなるくらい世の中を舐めているから、あちこちでひどい目に遭う。このひどい目に遭う記述が結構面白いし心配にもなる。そして、その一方で日本では知ることのできないきれいな景色も見る。
何度も痛い目に遭い美しいものに触れるうちに、視野が狭いくせに謙虚さを知らなかった若者も、次第に世界の大きさに気づき、その一方で自分に自信をなくし、ひいては広告というものに対しても懐疑的になってしまう。
なんとかかんとか帰ってきて無事に就職はしたが、「これでいいのか」という思いが強く、自分ひとりが浮いている。
でも、そこからが彼の才能なのか強運なのか、来た仕事をこなしているとなんだか知らないけれど大きな広告賞を立て続けに獲ってしまう。
さて、ここからはコピーライターとしての快進撃の話かと思ったら、どっこいそうではない。今度は病気になる。死ぬような病気ではないが、治るまでに何ヶ月も、下手すると何年もかかる病気だ。
彼はものすごく不安な気持ちで仕事から遠ざかる。そして、やっとのことで退院できて会社に行ったら、産業医から暫く家で養生せよと言われる。なんとか会社に復帰したら、今度は「とりあえずは仕事に慣れる」みたいなメニューが組まれていて、やっぱり自分の仕事がない。
ひまだからいろんなところをうろうろしている間に大阪の新世界の人たちと知り合う。「コピーライターだったらポスターのコピー書いてよ」みたいなことを軽いノリで言われ、どうしようかと思ったが一応申し出を受ける。
でも、それに留まらないでその仕事を、若手のトレーニングを兼ねて会社の仕事(と言っても一銭も儲からないが)にしてはどうかと恐る恐る上司に相談するところがこの人の偉いところ。そしてそれを受けた上司は「面白い」のひと言で了解──ここら辺りは往年の電通の強さが象徴されたエピソードだ。
そこからやっと本題っぽく、彼がどうやって新世界の商店街のポスター展を成功させ、それを日本各地に拡大させたかという話が始まるのだが、しかし、文章の体は初めから一貫してノウハウ本ではなく小説だ。と言うか、めちゃくちゃ面白いのだ。
なぜ面白いかと言えば、これが著者といろんな人たちの出会いの物語であるからだ。で、最後まで読み終わると、僕らはいつの間にか自分がものすごく濃い広告論の本を読み終えていることに気づく。この自伝小説がいつ広告論に切り変わったんだろう?
中には日本の広告のあり方の問題点を鋭く突いたような記述もある。だけど、僕らはそこにたどり着くためにこの本を読んできたのではない。面白いから読んできたのだ。
うん、結局クリエイティブってそういうことなのだ。で、不思議なことに、僕らがこの本から得たものは、決して広告クリエイターでなければ役に立たないようなものではないのだ。
この本のタイトルは「迷子のコピーライター」だが、コピーライターが迷子になる話ではない。迷子だからこそなれたコピーライターの、そしていつまでもフラフラと迷子であり続けるコピーライターの話である。
僕はこの本を小さなモノクロ画面の Kindle で読んだのだが、できればきれいなカラー頁のある(と言っても、どの程度カラー頁があるのか知らないのだが)紙の本で読んだほうが良いと思う。ものすごい数のポスターの写真が掲載されているから。
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