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Sunday, July 22, 2018

映画『未来のミライ』

【7月22日 記】 映画『未来のミライ』を観てきた。

冒頭からいきなり、よくこれだけ根気よく描いたなあと思う、めちゃくちゃ広い範囲の街の俯瞰の、細かい画が出てきたり、くんちゃんがガラスに息を吐いて曇らせて、それをもう一度手で拭ったときの曇りの晴れ方など、やっぱり巧いなと思わせる表現があったり、そこかしこに構図的に面白い場面が溢れているし、時空を超えるときの模様が建築家であるお父さんの製図のデザインに通じているのが面白かったり、ま、画的には今までの細田守監督と同様に、見せ場満載なのである。

ただ、やっぱり細田守は『時をかける少女』か『サマーウォース』が一番面白かったなあ、というのが、僕だけではなく、恐らく多くの人の共通した感想ではないだろうか?

4歳児のくんちゃんにミライちゃんという妹ができる。それまで両親の愛情を独占していたくんちゃんは嫉妬して不機嫌な毎日が続く。そこに14歳になった未来のミライちゃんが現れ、あるいは逆にくんちゃんがタイムスリップして他の時代の他の家族に会ったりして、そこからくんちゃんはいろんなことを学んで行く、という、タイトルはミライちゃんだが、内実はくんちゃんの成長物語である。

とても良い話なのだが、あまりに良い話すぎて何か物足りない気がするのである。

映画館で隣りに座った夫婦がよく笑うのである。まさに監督がここで笑ってほしいと思ったであろうタイミングで、まさに監督がこんな風に笑ってほしいと思い浮かべたであろう笑い方でゲラゲラ笑うのである。

多分、子育てというものをよく捉えているのだろう。でも、逆に言うと僕のように子育ての経験がない者にはちと辛い。自分が4歳のころのことなんてもちろん何も憶えていないし。

昔であれば「子育てという、人が生活する上で普遍的なテーマを」などというキャッチ・コピーがついたのかもしれない。でも、今は下手すると、「子育てが普遍的なテーマだなんて言ってんじゃねえぞ」と噛みつかれても仕方がない。そんな時代なのだ。監督もかわいそうに、と思った。

パンフを読むと、元々監督の子供が「昨日、大きくなった妹の夢を見た」と言ったことに着想を得てできた企画のようだ。

言うならば、ジャスト・ワン・アイデアの作品なので、そこからよくここまで膨らませたな、とも言えるのだが、ここらあたりが限界だったのかな、とも言える映画だった。

今度はもう少し大人の話を描いてほしいなと思った。

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