『春の庭』柴崎友香(書評)
【7月26日 記】 芥川賞を受賞しているのだが、僕にとっては名前に記憶のない作家だった。読んでみようと思ったきっかけは、著者の柴崎友香さんが twitter で僕のアカウントをフォローしてくれたからだ。
彼女が何を思って僕をフォローしてくれたのかは知らない。ちょっと気になってフォローしてみただけで、既にフォローを解除してしまっているかもしれないし、あるいは僕が彼女と同じ大阪人である辺りに親近感を持ってくれたのかもしれない。
ただ、それだけで読もうと思ったわけではない。
ひとつには、東出昌大と唐田えりかの主演で映画化されて、間もなく公開される『寝ても覚めても』の原作者であると知ったこと。この映画は予告編を見て、観てみようかなと思っていたところだった。
もうひとつは2004年に行定勲監督で映画化され、僕も大変共感を覚えた『きょうのできごと』の著者だと知ったこと。──この2つが、直接の引き金である。
どんなことをどんな風に書く作家なのかは知らずに買った。ただ、電子書籍を買おうとして検索した折に、保坂和志と似ているとどこかに書いてあったのを読んだ。
取り寄せて読んでみると、なるほど保坂和志の線だ。別に悪しざまに言いたいのではないが、わざと悪しざまに形容すると、ただ、うだうだと書いてある。登場人物は何をするでもない。あるいは、そんなことして何になる?と訊きたくなるようなことしかしない。
この行き着くところのない感じは、堀江敏幸に近いとも言える。と思ったら、その堀江敏幸があとがきを書いているので、なるほどな、という感じ。
しかも、堀江敏幸が柴崎友香独特の「横滑り」感や「自分の行動を上空から客観視」しているような文体を、見事に分析した上で褒めているのを読んで、もう書評を書く気が一気に失せるくらい納得してしまった。
「太郎は食べた後もすぐ寝転がり、子供の頃はよく両親から牛になると注意され、牡牛座で頭の左右に出っ張った部分があるからいつか牛になるのだろうと思っていたが、今もって角は生えていなかった」
「そこらじゅうで巨大なビルやマンションの建設が続いているのに、内側には空洞がたくさんある。買ったまましばらく放置して隙間がたくさんできた大根を連想した」
なんて、こんな文章が他の作家に書けるだろうか? あるいは、「あの家で飼っていた鳥が死んで、あの家の庭に埋められたのかもしれない」と主人公が考えた直後に、
「太郎は足のかゆみに気づいた。この夏初めて蚊に刺された」
というような記述が、他の作家の場合、続いて出てくるものだろうか?
ここにはこの作家にしか書けない何かがある。で、大きな事件や激しい感情の動きなどを描かずに、読者の心の深いところまでひっそり降りてくる何かがある。
芥川賞を受賞した表題作に、『糸』『見えない』『出かける準備』の3篇が加わった短編集である。あらすじはあってないようなものだし、書くのも馬鹿らしいから書かない(笑)
でも、なんか、この感じ、分かる、という作家である。それはやっぱり保坂和志の線なのかもしれない。が、保坂和志の模倣でも再現でもなく、ただ柴崎友香でしかない何者かである。
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