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Sunday, May 13, 2018

映画『孤狼の血』

【5月13日 記】  映画『孤狼の血』を観てきた。白石和彌監督。

オープニングから流れる男声ナレーションが妙に古めかしい演出のような気がする。これも東映伝統のヤクザ映画を意識してのものなのかな、と思う。

そもそも原作の小説からして『仁義なき戦い』にインスパイアされた女流ミステリ作家が手がけたものである。

僕は東映の古い映画で言うと藤純子の緋牡丹お竜シリーズだけはテレビで全作観ているが、それ以外の任侠ものは一切見ていないし、それに続く『仁義なき戦い』を代表作とするヤクザものも全く知らない。

でも、ああ、白石和彌がヤクザものを撮るとこういう感じになるんだな、という気はした。

僕は白石作品ではこれまでに『凶悪』『牝猫たち』『彼女がその名を知らない鳥たち』を観てきた。人間の中にある醜悪な感情、暴力的な衝動などを描くのが大変巧い人だと思う。

とは言えヤクザ映画となると、これはもう、そう銘打たれた瞬間に何か特殊な社会を描いたものとして枠に嵌められてしまうような気がする。今まで普通の人間の中にあるどす黒いものが肥大するとどうなるかを描いてきたのが面白かったのが、なんか関係ない世界に行ってしまうようで少し残念ではある。

ただ、この映画の主人公は抗争する2派のヤクザではなく警官である。役所広司が演じるマル暴の刑事・大上は、捜査方法がいちいち露骨に違法であり、ヤクザを抑えるためなら何でもする、と言いながら、ヤクザとの癒着具合もただごとではない。

その下につけられた広島大学出身のインテリ刑事・日岡(松坂桃李)は、実は広島県警の監察官から送り込まれ、大上の身上を洗う命を受けていたのだが、大上のめちゃくちゃぶりに呆れ、反発しながらもいつしか大上のペースに巻き込まれ、次第に大上の本当の姿にたどり着く、というような設定だ。

バイオレンスの描き方は相当なもので、拷問や刃物が苦手な僕には結構きついシーンも多かったのだが、まあ、それだけの映画であれば、白石和彌が撮る意味もないのではないかと思いながら観ていた。

でも、最後まで見るとやっぱり白石和彌の映画だった気がする。

これまでは人間の中にある悪の要素をえぐり出してきた感のある白石監督だが、この映画では一見無法者の悪徳刑事を描いているようでありながら、次第に明らかになるのは彼の善/正義のほうで、今までとは逆であるとも言える。

いや、よくよく考えると今までも白石監督は善と悪、正義と不正を切り分けて描いてきたのではなく、そういうものはきれいに切り分けられないのだということを描いてきたのではないだろうかと、この映画を観ていてふと思った。

それにしてもまあ、何と大勢のむくつけきヤクザが出てきて、何人が撃たれ、斬られ、残虐の限りを尽くして拷問されたことか。観ていて痛いよ、これは。

そんな中で2人の女優、ヤクザが出入りするクラブのママ役の真木よう子と、日岡が殴られて手当を受ける薬局の薬剤師役の阿部純子が、料理で言うならおいしい副菜になっていた。

特に阿部純子の役は映画オリジナルだとか。この設定はこの映画の中で大きく効いていたように思う。

小説には既に2作の続編があるようで、白石監督も「たいへんだ。映画も三部作で考えないと(笑)」と語っているが、僕は多分続編が映画化されても観ないような気がする(笑)

でも、この映画は印象の深い作品だった。役所広司ってやっぱり巧い。

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