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Sunday, May 20, 2018

映画『モリのいる場所』

【5月20日 記】  映画『モリのいる場所』を観てきた。

沖田修一監督の作品というだけで観に行ったので何にも知らなかったのだが、まず驚いたのは観客層の年齢の高さ。40代でさえパラパラと見かける程度、20代・30代は2人か3人、ほとんどが50代、60代、70代、80代だ。

で、年寄りはネットで買わずに劇場でチケットを求めるのでカウンターの混んでいること!(僕はネットで買うので別に構わないのだけれど)。でも、普段映画公開情報に疎いはずのこの世代がこんなにも大挙するのは何ゆえなのか?

1974年。主人公は熊谷守一(山﨑努)。通称モリ。94歳。食べ物は一回ハサミで細切れにするかペンチで潰してからでないと口に運べない。腰は曲がり、歩くのに両手で2本の杖をつく。

で、暫く見ていると、どうやらこれが画家であり、書家であることが判る。

食事が済んだら日課の散歩らしく「池に行く」と行って出かける。妻の秀子(樹木希林)が洗濯物を干しながら見送る。モリは鬱蒼とした森の中を虫や魚や植物や石などを次々に観察しながら、と言うか、それらのものに魅入られるようにしながら森の奥に入って行く。

どんな山奥に住んでいるのだろう、と思って観ていたら、どうやらここはモリの家の庭であるらしいと知って驚く。広い庭とはいっても所詮は庭である。そして、表札の住所が東京都豊島区になっていたので再度驚いた。

最後まで見て、この熊谷守一が実在の画家であると漸く知った。そうか、この年配の客たちは恐らくはそもそもこの画家のファンなのだろう。

そして、山崎努にとってモリは長年の“アイドル”であったのだそうだ。『キツツキと雨』に出演した際に山﨑が沖田監督に教え、興味を持った沖田がいろいろ調べてオリジナル脚本を書いたのだとか。

また、樹木希林は20代のころから熊谷守一の絵が好きで、「山崎努さんが熊谷守一を演じられるのなら」と脚本にも目を通さず即答で出演を快諾したのだとか。

どうやら僕がものを知らなすぎたようだ。

この映画、まず驚くのは美術。家の中の家具や調度品、モリが身につけているもの、そして家そのものの“汚し”が見事で本当に時代を感じさせる。それは舞台となった時代が古いということではなく、モリや秀子が積み重ねてきた時の重みを感じさせるということだ。

さらに庭が凄い。土がむき出し、草木が茂り、虫や爬虫類、両生類が這い回る。まさにネイチャーものの番組に出てきそうな光景だ。昆虫専門のカメラマンでも雇ったのかと思うほどだ(ま、CGもあったのだろうけれど)。よくこんな画を撮ったと思う。

撮影は月永雄太。『素敵なダイナマイトスキャンダル』などの冨永昌敬監督作品を何本か、赤堀雅秋監督の『葛城事件』、そして沖田監督の『キツツキと雨』などを撮った人だ。

そんな自然の中だが、しかし、そこは庭だから樽や鉢が置いてあり、モリがその上に座る。筵を敷いて横たわる。モリはもう何十年もこの庭から一歩も外に出ていない。観察しだしたらピクリとも動かない姿や、ひょうひょうとした語り口から“仙人”と言われている(顔のドアップを多用したカメラワークも面白い)。

しかし、そんな彼のところに客は絶えない。隣近所の住人。表札が盗まれていることを知らせてくれる郵便配達人。絵を買いに来る画商(きたろう)。自分が経営する旅館の看板に揮毫してもらいに来た人(光石研)。モリの写真を撮りに通っている写真家(加瀬亮)。ふと気がつくと、どこの何者だか分からない男(三上博史)まで入り込んでいる。

そんな多くの来客を、来訪のアポイントなども含めて秀子と姪の美恵(池谷のぶえ)が捌いている。

そこに、向かいにマンションを建設中のオーナー(吹越満)と現場監督(青木崇高)もやってくる。オーナーは建設反対運動を抑えようとしてモリを訪ねるのだが、現場監督は実は自分の息子の描いた絵をモリに見てもらって天才かどうか訊くのが目的だ。

モリは「下手くそだ。下手で良い」と言う。「巧いと先が見えてよろしくない。下手も絵のうちです」と言う。

そんな風なモリの奇妙で静かな日常が延々と綴られる。画家なのに絵を描いているシーンは一切ない。それが余計に不思議な感じを醸し出している。

話に起承転結はない。見ていて途中で一度、「この映画はこの先どうやって終わるのだろう?」と気になったが、しかし映画は「ストーリーをどうにかして終わりに持って行く」という発想で作られてさえいない。

世間ではこの映画は小津安二郎の『東京物語』になぞらえられているようだ。

この熊谷守一は97歳で、18歳下の妻に看取られたのだそうだ。

モデルとなっている人物自体に圧倒的な存在感があったようだが、それを映画にした脚本もカメラも、出演者もみんな凄い。展開というほどの展開もなく終わってしまうのだが、ところどころに沖田監督のいたずらっぽいシーンもあって小難しくなっていない。

終わって一体これは何だったんだろう?という気もしないではないのに、一方で読後感はすこぶる深く心地良い。不思議な映画だ。

年配者ばかりではなく、是非若い人にも観てもらいたいと思う。

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Comments

私も、初日に満員のシネコンで見た。確かに年寄り、それも女性が多かったが、彼らは熊谷守一というより、樹木希林のファンのような気がします。それにしても、あの一発ギャグには驚いた。劇場が一瞬、静まりかえったのです。沖田修一、うちの娘の、日芸同級生です。

Posted by: hikomal | Sunday, May 20, 2018 at 20:00

> hikomal さん

うーん、樹木希林で上映2日目に年配の客が殺到しますかね? にわかに信じがたいです。樹木希林は是枝監督作品をはじめとして結構重要な役柄でいろんな映画に出ていますから、ならば他の映画でもそうなるはずかと思うのですが…。

Posted by: yama_eigh | Sunday, May 20, 2018 at 21:15

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