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Saturday, May 12, 2018

映画『四月の永い夢』

【5月12日 記】  映画『四月の永い夢』を観てきた。中川龍太郎監督。

前評判だけ聞いて中味を何も知らずに観に行ったので、海外の映画祭で賞を獲ったと言っても、多分自主映画的な作品だろうと思っていた。が、これはかなり本格的な作品だった。

自主映画も含めて、低予算映画によくあるように、カメラは1台を据え置きにして役者にやや長めの芝居をさせたシーンが多い。でも、良い構図、良い画だと思う。そして、そのカメラが動き出すとこれがめちゃくちゃ巧い。

  • 藤太郎(三浦貴大)の手ぬぐい工場で天井から吊るした無数の手ぬぐいを抜けて行くカメラ。
  • 床に寝そべって2人で手ぬぐいを見上げる初海(朝倉あき)と藤太郎を斜め上から切り取った構図。
  • 初海が藤太郎の工場を出て夜道をトボトボ歩き始めた姿を真後ろから、しかし高さを変えて少し上から切り取った画作りの工夫。告白されたのに素直に喜べない初海の沈んだ感じを体現している。
  • その沈んだ初海が音楽プレイヤを取り出して、曲を聞きながら歩く姿を真横からレールに乗ったカメラが追うのはよくある手法だが、気分が高揚してきた初海がスキップ風になったりくるっと回ったりして移動の速度が不規則に変わる──それがまさに高揚感を表している。

自主映画どころか、非常に熟練した、才能のある監督ではないか。

三浦貴大や高橋惠子、志賀廣太郎ら、結構名の通った良い役者たちが出ているということは、そもそも既にこの監督がある程度の評価を得ているか、あるいは、少なくとも出演した俳優たちがこの監督に“何か”を感じ取っている証拠だろう。

で、主演の朝倉あきがこれまたとても良い。

良い演技をしているという意味と、カメラに魅力的に映っているという意味の両方で。自主映画っぽいものをイメージしていたのに、朝倉あきの最初の10分間の演技でその印象は吹っ飛んでしまった。

例によってもうあまり記憶はないのだが、僕は2013年の『横道世之介』や2014年の『神様のカルテ2』においても朝倉あきの演技を評価していたようで、自分の書いた映画評を読み返すと、そこにちゃんと彼女の名前を書き記している。

3年前までつきあっていた憲太郎(画面には登場しない)が突然死んでしまい、そこから立ち直れないまま、中学校の教職も辞し、しんどいものから逃げて自分を解放するかのように、蕎麦屋でバイトをしながらゆるゆる暮らしている初海。

そこに憲太郎の母親(高橋惠子)から手紙が来る。暇な時に一度遊びに来てほしいと書いてある。だが、初海は彼女に返事を書くことも電話をすることもできない。

そんな彼女に、自分の産休の代用教員として復職を勧める友人の朋子(青柳文子──彼女も良かった)。DV の彼氏から逃れて初海のもとに転がり込んだ元教え子でジャズ・シンガー志望の楓(川崎ゆり子)。そして初海に思いを寄せる手ぬぐい製造職人の藤太郎。

そんな人物たちでストーリーを転がして行く。

途中、このまま終わってしまうとテーマとしてはちょっと薄いし掘り下げ方も浅いかな、という気がしながら観ていたのだが、終盤になってそこまで描かれていなかった事実が出てきて話がピリッと締まった感がある。

中川監督自身による脚本は少し分かりにくいところもあったが、今の時代にオリジナルで勝負して、ここまでうまくまとめたのは大したものだ。

ともかく画がきれいだ。センスがある。だからこそ、台詞やストーリーがすんなり体に入ってくるのだと思う。映画ってやっぱり映像芸術なんだなあと改めて思った次第である。

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