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Sunday, April 01, 2018

映画『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』

【4月1日 記】 映画『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』を観てきた。リュック・ベッソン監督。僕は彼の映画を映画館で観るのは5本目で、割合好きな監督だ。

人間外生物の造形という点でいうと、E.T.、エイリアン、スターウォーズ、アバター、あと一連のギレルモ・デル・トロ監督作品などでもう想像力の限界に達した感があり、観客をギョッと(あるいはハッと)させるような宇宙人を考えるのは非常に難しいところに来ている。

いや、デザインするだけならいくらでもデザインできるのだが、それをスクリーンの中で動かすことを考えると、やっぱり似たような線に帰着してしまうのだ。

そういう意味では、この映画のクリーチャーも上に挙げた5つのパターンのどれかに似てしまっている。

でも、そこはさすがにリュック・ベッソン。可能な限り自由な発想でいろんな宇宙人を登場させている。

特に、人間のようでありながらプロポーションとか眼と眼の間の距離とかが微妙に異なるパール星人を見ていると、これ、作って動かすの面倒だっただろうなと思う。ことほどさように手抜きがない。と言うよりも、アイデアの横溢という感じ。

初っ端に宇宙ステーションの歴史みたいな連続シーンがあるのだが、最初は様々な国の様々な民族が移住してきたのに、途中から様々なタイプの宇宙人が渡来して人間に迎えられるようになるシーンが、もう面白くて仕方がない。

そして、何と言っても色彩である。宇宙空間や惑星の様子は他の映画で描かれたものに対してそれほど独自性を主張するものではない。でも、その極めて明るく鮮やかな配色は如何にもリュック・ベッソンという感じで、恐れ入ってしまうほどだ。

主人公はヴァレリアン少佐(デイン・デハーン)とローレリーヌ軍曹(カーラ・デルヴィーニュ)という兵士のカップル。コンビを組んで特殊任務に当たっている。

そして、そこに恋愛が絡められる。女癖が悪いヴァレリアンの甘い言葉を向こうっ気の強いローレリーヌが拒絶するというありがちな構図である。ただ、今回ばかりはヴァレリアンも本気である、という設定。

日本人ならこういう作品ではまず男のほうではなく女の名前をタイトルに持ってきて『ローレリーヌ』とするところである。この映画には原作があってフランスの漫画らしいのだが、そのタイトルも『ヴァレリアン』と訳されている。

ただ、映画のエンドロールには原作として英語で Valerian and Laureline と出ていた。多分そのバランスが映画の内容に一番近いと思う。

ヴァレリアンもローレリーヌも、ともに不死身と言ってよいほどタフで強い。そしてともに美男美女である。この2人が恋の鞘当てをしながら異星人の敵と戦って次々に戦果を挙げて行く。

しかし、新しい任務には軍の幹部でも知らなかった秘密があったのだ、という体で進みながら、なんだか最後は愛の物語にしてしまうのがやたら軟派な感じがしたが、まあ、フランス人らしくて良いのかもしれない(笑)

どっちにしても楽しかった。ベッソンが撮りたかったのは SF(英語風に言うなら Sci-Fi)でも SFX でもなく、コメディを盛り込んだ粋な大活劇なのだな、ということがよく分かる。

とりわけリアーナが演じたクラムポッドの設定など、バカバカしいようで却々エスプリが効いている。スター・ウォーズのアメリカ的世界観と比較すると大変面白いと思う。

溌剌とした娯楽超大作だった。そして、ローレリーヌが可愛くて可愛くて、もうそれだけでもお腹いっぱいなくらいであったことを、最後に付け加えておく(笑)

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