『十代に共感する奴はみんな嘘つき』最果タヒ(書評)
【4月10日 記】 僕は映画『夜空はいつでも最高密度の青色だ』を観るまで最果タヒの存在を知らなかった。痺れるようなタイトルである。映画そのものが一遍の詩のような世界だったので、その原作者に(しかも、その原作が詩であったのでなおさら)興味を覚えた。
タヒってなんて変な名前だ、と思った。本人が何を思ってそんな名前をつけたのか知らないが、僕が連想したのは「死」という漢字だ。そこから「一」を取り除くと「タヒ」になる。最果ての地での死から一を減じた詩人。僕は何かを読まずにいられなくなった。
Kindle 版が出ている作品で選んだらこれだった。で、読み始めて初めてこれが詩ではなく小説だということに気づいた。ああ、小説も書く人だったんだ。
読み始めてすぐに思ったのは、この作家、デビュー時の綿矢りさよりも言葉が切れるな、ということ。
一人称で語られる主人公・唐坂カズハは女子高生。感覚が鋭敏で、思いばかりがつんのめって、言葉が脳内に溢れ返って、必死で背伸びする老成した甘ちゃんで、制御できない思いを抱えていて、でもそれほど必死にもなれない、矛盾だらけの存在。
その彼女が語る言葉は、大人の読者の目には女子高生の幼稚な思考に見える。自分にもこんな面はあったと自覚しながら、ちょっと嫌な感じにもなる。
全てが否定から始まる──何にでもそんなに目くじらを立てていると、それはあまりに窮屈ではないか、と思いながら読み進む。
カズハは沢くんに告った。沢くんが「まあいいよ」と答えたのでカズハは即刻彼を振った。そしたらそれを聞いた友だちのナツが切れた。ナツにハブられたカズハに今度は沢くんとクラスで浮いている(ひょっとしたらいじめれている?)初岡さんに同情される。
カズハの兄の彼女は兄の友だちの三井と浮気をした。その彼女と友だちを家に呼んで、兄は彼女と結婚すると言う。三井を家に呼んだのは放っておいたら彼が自殺しそうだからと兄は言う。
ストーリーはそんなところだが、やはり詩人の文章だと強く感じる。物語を使って彼女は詩を編んでいるのではないだろうか。
出来事や言葉や考え方にいちいちにカズハが噛み付く思考と表現があまりにもリアルで、それは単なる未成熟のように見えて、でも深いところで何かとてつもなく大きなものに繋がっていることを僕らはちゃんと知っていて、なんだかのっぴきならない気持ちで読者は彼女の話の続きを聞くことになる。
「十代に共感する奴はみんな嘘つき」という身も蓋もないタイトルに、如何にも未成熟な繰り言っぽい心情吐露、そして、時々はっとするような切れる言葉を投げ込んでくる。なんか切実なものがここにはある。
そして、最後の2~3ページの持って行き方、物語の閉じ方の鮮やかさに完璧にノックアウトを食らった。
この人やっぱり詩人だ。それもタダモノではない詩人だ。
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