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Saturday, March 10, 2018

映画『シェイプ・オブ・ウォーター』

【3月10日 記】 映画『シェイプ・オブ・ウォーター』を観てきた。

僕はギレルモ・デル・トロ監督の比較的新しいファンで、『パンズ・ラビリンス』で魅せられて、その後『パシフィック・リム』と『クリムゾン・ピーク』を観ているのだが、しかし、それにしても彼がアカデミーの作品賞や監督賞を受賞するとは驚いた。

でも、デル・トロ自身はアカデミー賞をもらうくらいの大御所になってしまった感じがするかと言えば、それは全くない。この半魚人の描き方なんてデル・トロそのもの。これこそがデル・トロのケレン味なのだと思う。

何しろヒロインとヒーローの2人とも口がきけないという驚くべき設定である。1962年、冷戦期の米国ボルチモア。白人ではあるが多くのマイノリティ雇用者に混じって便所掃除をするヒロイン。そして、彼女が務める米政府の機密機関に持ち込まれた半魚人。

ヒロインの同僚の黒人。ヒロインの隣人のゲイの売れない画家。結局最後には国にも切り捨てられるソ連のスパイ。監督自身は others と呼んでいるらしいが、主要人物全員が「他所者」、と言うよりむしろ「余計者」である。1962年という設定がよく効いている。

その余計者たちが協力して、政府に囚われていた半魚人を救い出す。そんな風にマイノリティに対して、と言うか、全ての人間に対して(いや、半魚人に対してさえw)温かく優しい映画である。

そもそもこれがオリジナル脚本であるところが驚異である。こういう自由な空想力は偏見などというものを超えたところにしか生まれないのではないかと思った。

とは言っても、みんなが外見だけで忌み嫌い虐待していた半魚人も実は知的生物だった──というようなお伽噺的な扱いはしていない。救い出された後も、人間の感覚で言うとやっぱり怪物としか思えない半魚人の生態を描いている。

ヒロインだってそうである。貧しくつましく生きる美しい娘という描き方にはせずに、冒頭はいきなり浴槽での自慰シーンである。全てのキャラクターをそんな風に描いているところがとてもフェアだと思う。

いつものデル・トロらしいクリーチャーのリアル感もさることながら、なんとなく大時代的な大げさに思えるカメラワークが、でも、とても多くを語っているようで力強い。

主役のイライザを演じたサリー・ホーキンスと同僚のゼルダを演じたオクタヴィア・スペンサーがとりわけ素晴らしかった。

敵役のマイケル・シャノンも極めて印象が強かった。この人物には現代アメリカのいろんな政治的・社会的な問題点が塗り込められている。それがアカデミー作品賞の所以ではないかと僕は感じた。

隣人ジャイルズ(リチャード・ジェンキンズ)が見るテレビ番組などで流れる往年のハリウッド映画へのオマージュもたっぷりで、突然ミュージカル仕立てになった辺りに、一緒に観ていた妻は違和感を覚えたようだが、僕はとても楽しかった。

見れば見るほど深いのである。そして、最後のあのシーンでは、ああ、それがそんな風になるのか(ネタバレになるのでとても書けないw)という、小さなパーツだけれど驚きの展開がある。

とても面白かった。こういう素晴らしい映画に対しては、配給会社もいつもの芸のない英語そのままカナ書きではなく、もう少し頑張って洒落た邦題を考えれば良いのになあ、と思った次第。原題の持つ意味の深さを思うと非常に残念である。

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Comments

あの、突然モノクロのミュージカルシーンにつきる映画です。なにより、見ていて楽しかった。

Posted by: hikomal | Monday, March 12, 2018 at 19:45

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