『人魚の石』田辺青蛙(書評)
【3月13日 記】 この妙ちきりんな小説の書評をどこで読んだのかは忘れてしまったが、ともかく妙に惹かれて読んでみたら、これまた期待を裏切らない妙な小説で、ずるずると引きずられるように読んだ。
人魚の話である。それから石の話である。
人魚と言っても、上半身はグラマラスな美女、下半身は尾ひれのついた魚、というアレではなく、イメージとしてはむしろギレルモ・デル・トロの映画に出てきそうな存在。有り体に言うと、色白のつるんとした肌の素っ裸のおっさん(あるいは兄ちゃんかもしれないが)である。
主人公は祖父が住職をしていた田舎のおんぼろ寺を継ぐべく越してきた若い僧侶である。それが庭の掃除をして、池の水を抜いたら水底で眠っていたその人魚が目を覚まして出てきたという、昨今流行りのテレビ東京みたいな話である。
で、その人魚がなんともぐうたらで、その割にはろくなことをしない。僕が読んだ書評では確かこの小説を『雨月物語』になぞらえていたが、僕は『ゲゲゲの鬼太郎』のねずみ男を思い出した。
それで、序盤は『ゲゲゲの鬼太郎』の一場面みたいな、と言っても妖怪を退治する鬼太郎のシーンではなく、ねずみ男が余計ないたずらをして事態をややこしくしてしまうような話がだらだらと続くのである。
一体どのような知性がこのような物語を紡がせるのだろうと、僕は半ばにやけながらだらだらと読んでいた。
それから石が出てくる。この辺りは確かに上田秋成っぽいとも言える。その寺の周辺には人間の記憶を消したり病気を治したりする奇妙な石がたくさんあって、主人公の祖父はそんな石を見つけ出す特殊な能力を持っていたのである。
そんなことも知らずに寺を継いだ主人公にも、実は祖父の遺伝なのか石のほうから彼に見つけてくれと呼びかけてくる。
で、人魚と石がいろいろ絡まって、そこに天狗まで登場して、人魚の姉の救出作戦が始まって、いよいよ以て奇妙な話に振れていくかと思ったら、終盤に俄に怖くなる。
いや、冗談でなく本当に怖い話に転ずる。それも一気に転ずる。崖から転げ落ちるみたいに、読者まで恐怖の世界に引きずり込まれる。
いや、これ、ダメですよ、こんな怖い話。やっぱりねずみ男じゃなくて上田秋成の怪異譚だった。途中のだらだらが見事な偽装になっていて、僕らはころっと騙されてしまう。
これも石のせいなのかもしれない。
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