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Friday, February 16, 2018

映画『リバーズ・エッジ』

【2月16日記】 映画『リバーズ・エッジ』を観てきた。行定勲監督得意の群像劇だ。と言うより、岡崎京子の有名な漫画の映画化である。僕は『ヘルタースケルター』しか読んでいないが、岡崎京子のタッチは分かる気がする。

まず驚いたのは画面のアスペクト比。映画館のスクリーンが所謂「サイドカット」になっている。普段横長の画面に慣れていると 4:3よりももっと正方形に近く感じてしまう。

これは後から思ったことだが、この画額だと人物のアップになった時、顔だけでほぼ画面が埋まってしまい、左右に背景が映るスペースもない。人間が画面に溢れる感じ。──それを狙ったのか、と思った。

暗い話だ。

時代は明示されないが、地球温暖化が問題になり始めた時期、まだ若者たちが携帯を持っていない時代、渋谷系の音楽が隆盛を極めた直後くらいのタイミング、つまり、90年台の前半だと想像がつく。

その時代に悪あがきする高校生たち、みたいな絶望的な設定の映画だ。

主人公は高校2年の若草ハルナ(二階堂ふみ)。彼氏の観音崎(上杉柊平)に虐められ暴力を振るわれた山田一郎(吉沢亮)を助けたことから2人は親しくなる。山田に「宝物を見せる」と言われてついていった河川敷の草むらに白骨死体があった。

同性愛者であり、小学校の頃から日常的に虐められてきた山田は、そこに来ると安心するという。その宝物を知っている人間がもうひとりいた。1学年下で、モデルやテレビタレントの仕事をしながら学校に通っている吉川こずえ(SUMIRE)である。

こずえは自分を気持ち悪いと思う。こんな気持ち悪い自分が表紙に載っている雑誌を買う人たちのことも気持ち悪いと思う。彼女は異常な量を食べ、そして吐く。自分と同じように授業をよくサボっているハルナに親近感を抱く。

一方、観音崎は暴力と性欲を抑えることができない。山田を傷だらけになるまで殴り倒し、ハルナが誘いに乗ってくれないときにはクラスメートの小山ルミ(土井志央梨)を家に連れ込んでセックスをする。

ルミはルミで無差別なくらい多くの男と寝る。ひきこもって暴食しながらヤオイのイラストをひとり描いている太った姉を軽蔑している。姉はルミの日記を盗み読みしている。

山田に一方的に思いを寄せる少女もいる。田島カンナ(森川葵)だ。彼女は勇気を奮って自分から山田に告白し、弁当を作り、プレゼントをし、水族館に誘う。山田はその気もないのにカンナの望みに応えてやる。

なんともならない話である。そう、そんなことしててもどこへも行けない。英語で言うなら takes you nowhere な話である。今なら「病んでるよね」とばっさり切り捨てられて終わりな話なのかもしれない。

でも、これは基本的に友情の物語なのだと僕は捉えた。

こういう設定の話をドラマにすることにはとても勇気がいると思う。ドラマを成立させるためにも、映画会社を説得するためにも。

岡崎京子の素晴らしい原作があり、その原作に対する真摯な敬意と熱意があり、そこに瀬戸山美咲の素晴らしい脚本があって、この映画は素晴らしいものになった。劇作家・瀬戸山美咲の名前に記憶はなかったのだが、調べてみると『アズミ・ハルコは行方不明』の脚本を手掛けた人だ。

そして、この映画で特筆すべきことは、それぞれの登場人物に対してドキュメンタリ風のインタビューが入るところだ。

人物によってインタビューを受けた時期が、ストーリーの中のいろんな時点に散らばっていて、そのインタビューが時系列と関係なくインサートされてくる。最初は分からないのだが、見ているとこれが終盤で一挙に繋がってくるのである。

行定監督は今作では原作をこねくり回すことはしなかったと言っているが、これはあきらかに映画のオリジナルだろう。そして、このインタビューのやり取りにものすごいリアリティがある。

脚本家はこういうシーンでも常に質問と答えを用意してしまいがちなものだが、ここには質問に対して長らく言いよどむ姿、ややトンチンカンな答え、聞いてる側では感情を読み取りにくい表情、真意が掴めずに戸惑ったりひるんだりするインタビュアーの姿など、生きた人間のリアルな反応がある。

これは多分エチュードのようなものだろう(そうでなくて全てが書き込まれた台詞ならこの脚本家は天才だ)と思っていたら、やはり前提や大筋だけがあってほとんどアドリブだとのこと。インタビュアーがめちゃくちゃ巧い、というか「らしい」と思ったら、これも案の定行定監督自身だった。

主演の二階堂ふみが自ら映画化を望み、プロデューサー的な役割まで果たした結果実現した企画だそうだ。彼女の素晴らしい演技もあって、誰にも真似のできない化け物みたいな映画になった。

エンディング・テーマが流れ始め、ギターとオルガンのイントロのあと声が聞こえてきたら、おお、オザケンではないか! 岡崎京子と小沢健二は二十数年来の友人なのだそうだ。

ひどく抑鬱的で暗澹たる世界なので、客の入りはやや心配だが、しかし、圧巻としか言いようのない、詩のように愛おしく、圧倒的な作品になった。これは間違いなく何か賞を獲るだろう、いや、獲らなければならない映画だと思う。

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