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Sunday, February 04, 2018

映画『羊の木』

【2月4日記】 映画『羊の木』を観てきた。吉田大八監督が好きで観に行ったのだが、山上たつひこ(原作)といがらしみきお(作画)による漫画が原作だと知って驚いた。

近年漫画を全く読まないのでそんな2人が組んでいたことさえ知らなかったし、文化庁メディア芸術祭の賞を獲っていたことも知らなかった。

で、めちゃくちゃ面白かった。すごい映画だった。

「引越してきた6人全員が殺人犯」みたいな宣伝文句を予告編で見たのかポスターで読んだのか分からないが、それだけの予備知識はあった。ところが、その先これがどんな映画なのか、クライムものなのか、ホラーなのか、サスペンスなのか、あるいは最後はほっこりする人間ドラマなのか、観ていて見当がつかないのである。

次から次へと繰り出すエピソードがどちらに転んで行くのか、全く予測がつかない。ただなんとなく落ち着かない感じがずっと消えない。

過疎で悩む富山県魚深市の職員・月末(錦戸亮)は、課長から6人の移住者を迎えに行ってくれと頼まれる。6人が一度に来るのではなく、到着のたびに迎えに出るのだが、皆なんとなく様子がおかしい。

4人出迎えたところで不審に思った月末が課長に問い質したところ、課長は秘密を明かす。──出迎えのシーンが最初に6人分続くのかと思ったら、そうではなく途中にそんな種明かしを挟んでくる展開はうまいなと思った。

課長曰く、法律が変わって、自治体が住居と就職先を保証すれば10年間の定住を条件に受刑者が仮釈放されるようになったとのこと。刑務所の費用削減と地方都市の過疎を一気に解決するウルトラC と捉えられているようだ。

だが、6人が6人とも、ピリピリするような危うさを孕んでいる。

刑務官らしき人物に付き添われて改札口から出てきたのが2人。実際に刑務所まで迎えに行ったのが1人。月末は決まって「良いところですよ。人も良いし魚も旨い」と言うが、ほとんど期待した反応は返って来ない。

どこから来たかと問われても「遠かった」としか答えず、見るからに気が弱そうで、鬱屈した感じのある福元(水澤紳吾)。まるで貪るように飯を食うのは、単に長らくろくなものを食べていなかったからなのか、それとも鬱屈の裏返しなのか。彼は刑務所で取得した理髪師免許を持って理髪店に就職する。

何か思い詰めた感じで、ほとんど何も話さない栗本(市川実日子)。掃除婦として働き始めた彼女は、職場では「丁寧すぎて仕事が遅い」と叱られながら、移り住んだアパートの空き地に死んだ動物たちを次々に埋葬し始める。

喫茶店で甘いものをぺろりと食べてにっこり笑い、洋服のカビ臭さを気にする太田(優香)。一見何でもないようで、どことなく何とも言えずエロい。彼女は介護の仕事に就き、施設に通っている月末の父(北見敏之)と怪しい関係になる。

宮腰(松田龍平)は、最初はこいつが一番普通に見える。月末が話しかければ唯一普通に返して来た人物。だが、人懐っこさの裏で心がここにないような、何を考えているのか分からない不気味さがある。彼は宅配ドライバーの仕事をする。

刑務所の壁の内側から出てきた大野(田中泯)は、左目の傷もさることながら、どこからみても筋金入りのヤクザという感じの老人。月末が出迎えに行った際に待っていた旧知のヤクザに絡まれるが一蹴する。クリーニング店の内藤(安藤玉恵)が市に頼まれて彼を店に置くことにした。

杉山(北村一輝)は安物の刑事ドラマに出てくる犯罪者の典型のような存在。品悪く笑い、全く懲りていない感じをムンムンと醸し出している。初対面の月末に煙草を買って来いと命じ、「こんなとこで10年も辛抱できるかな」と嘯く。彼は港の釣り船を操縦する。

こういう設定は原作と同じではなく(そもそも原作では移住してくる犯罪者は6人には留まらないらしい)、個々の人物もエピソードも必ずしも原作にあったものを採用しているのではないようだ。

いずれにしても6人がそれぞれ異なった受刑者の過去を引きずっていて、その6人それぞれに様々なエピソードが用意されていて、6人6様の末路をたどるところが、面白いというより観ていてすごい構成だと思う。

この6人のどれが「本筋」になってくるのか分からないということもあって、ともかく先が読めない。そのためもあり、また、元殺人犯と接しているのだという怖さが常に背景にあり、全編に漲る緊張感がハンパないのである。

剃刀を使う福元、針金で看板を縛り付ける大野、背後から老人の葉を磨いてやる太田、市死骸を埋めて盛り土をする栗本、港で上がった死体をにやけた顔で見物する杉山、妙に月末になついてくる宮腰。どのシーンにも心がざわざわする。

唯一フツーの人間である月末にもエピソードがたくさん用意されており、高校時代に想いを寄せていた石田文(木村文乃)やバンド仲間の須藤(松尾諭)、職場の後輩田代(細田善彦)、そして実の父親らも次第にこの緊張した状況に巻き込まれて行く。

そこにさらに地元の伝承の妖怪であり守り神である、おどろおどろしい「のろろ」様の呪いまで筋に絡んでくる。いや面白いのなんのって。

脚本は吉田大八監督と脚本家の香川まさひとが3年かけて練り上げたものらしい。その香川がインタビューでこんなことを言っている:

自分が「羊の木」という原作のどこに惹かれているかを改めて考えたとき、それは他者というものが持つ本質的な不気味さだと思ったんですね。(中略)プロットや伏線をきっちり考えることも大事ですが、むしろ今回はそういう謎と向き合った際の主人公の困惑や戸惑い、ざわついた皮膚感覚のようなものを、その瞬間ごとに観ている人が体感できる映画にしたかった。

まさにその通りの映画になっているから驚きである。結末は笑えるほど意表を突いたものだったが、その後のエピローグはしつこくならずすこぶる読後感が良い。ここでは触れなかったけれど、タイトルの「羊の木」をめぐるエピソードも非常に余韻が深い。

まだ2月だけれど、これは今年の映画賞を獲って然るべき作品だと思う。吉田大八って、全くぶれない監督である。

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