映画『blank13』
【2月19日記】 やっとのことで映画『blank13』を観てきた。斎藤工監督の長編デビュー作である。ただし、長編と言っても70分。
何かの番組で出演者のひとりが同じく出演していた斎藤工に「見せてもらったけど、すごく良かった」と褒めちぎっているのを聞いた。それだけなら芸能人同士の社交辞令なのかもしれないのだが、しかし、これだけチケットが取れないと何が何でも観たくなる。
そもそもが関東地方で1館だけ、しかも、レイトショーで1日1回だけ、それも定員60名の小さな小屋、ということもあるにはあるが、予約しようといつネットを見ても連日連夜の売り切れとなると、これはやっぱり口コミで盛り上がっている証拠だ。
土曜の朝に漸く今夜の座席が押さえられた。行ってみると今夜も満員。立ち見を入れて多分90名近くは入っていたと思う。
借金を残して失踪した父(リリー・フランキー)と残された母(神野三鈴)と2人の息子(成人してからは斎藤工と高橋一生)の一家を描いたもの。『blank13』というタイトルは、父と音信不通だった13年間の空白を指す。
弟のコウジの記憶にはほとんどギャンブルをしている父の姿しか残っていない。あとは電気を消して居留守を使っているアパートの外で借金取りのヤクザが喚き散らす声。でも、たまに野球を教えてくれた父もいる。
その父が煙草を買いに行ってくると出かけたまま帰らず、母と兄弟はとんでもない苦労を背負うことになる。次に父の消息が分かった時にはガンの病床にあって余命3ヶ月だった。
映画が随分進んだところで『blank13』というタイトルが出る。ということは、ここまではアバンタイトルか!と思うのだが、確かにそうとも言えるのである。そこまではブランクの始まりまでの物語、そこから後がブランクを解き明かす物語なのである。
母も兄のヨシユキも病院には行かなかったが、コウジはひとりで見舞いに行く。その後、彼女(松岡茉優)に付き添われて2人で行ったときには、父は一気にやつれていた。
そして葬式。隣の寺で同じ松田という姓の誰かの大きな葬式があってたくさんの弔問客が来ているが、こちらの葬式にはバラバラしか来ない。しかも、父の生前を物語るような変な奴ばっかり。
読経を終えた住職が弔問客一人ひとりに故人の思い出を語れと言う。この弔問客にとんでもなく個性的な俳優が配置されている。
喋りだしたら止まらない佐藤二朗と黙って座っているだけでおかしい神戸浩をツートップとして、突然歌を歌い出す村上淳、突然手品をしてみせる織本順吉、一緒に住んでいたと言い出すオカマの川瀬陽太、宗教で助けてもらったと言い出す大水洋介、等々。葬儀会場で佐藤二朗が狂言回しになってユーモラスなシーンが続く。
それは2人の息子たちが全然知らなかった父親の像だった。
──そんな話なのだが、斎藤工はこれを非常に手際よくまとめている。まず、西条みつとしによる脚本が良かったが、斎藤演出は「台詞を丸暗記する必要はない」というものだったらしい。そのことが却って生きた会話を生み出したようだ。
基本的にカメラを据えて長く撮るシーンが多く、それだけ役者にしっかり芝居をさせようとしているのだが、追憶を挟みながらの場面転換も巧みで、話がストンと入ってくる。
何と言うか温度感が非常に良いのである。名作を作ってやるぞ、紅涙を絞ってやるぞ、というような力の入り方が全くない。端的に言って「良い話」なのだが、それがあまりに良い話すぎてベタッとしたり押しつけがましくなったりもしない。
かと言って佐藤二朗や神戸浩に引っ張られすぎて笑いに紛れてしまってもいない。
はあ、斎藤工ってこういう映画を撮る人だったのか、とちょっと意外な感動があった。
映画番組の司会をやったりするほど日頃からいろんな映画をよく観ている人であることは知っていた。でも、とは言え監督となると…と思っていたのだが、この人、あんまり見くびらないほうが良いかもしれない。
良い映画だった。
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