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Friday, January 26, 2018

映画『わたしたちの家』

【1月26日記】 妻が急に観たいと言い出して、2人でレイトショー『わたしたちの家』を観てきた。清原惟監督。東京藝大で黒沢清、諏訪敦彦両監督の教えを受けたと言う。後から知ったのだが、この映画は PFFアワード2017グランプリ受賞作品だった。

冒頭に「東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了作品」と出る。最初のシーンからして、如何にも「習作」という感じ。

商業映画ではなく、アマチュアが自分の財布からお金を出して作るわけで、そんなに凝ったことはできない。

女優たちは誰もあまりきれいじゃない。台詞はやや棒読みっぽい。でも、ロケに使われた家は却々面白いところを見つけたなという感じ。

この家で暮らす母と娘・セリの話。父親はいない。どうやら失踪したらしい。母は最近ゴミ清掃車を運転する男とつきあい始めている。セリは学校の帰りに親友と2人で秘密の浜辺に行っていろんな話をする。

すると突然、今までと全く関係のないフェリーの客室の場面。そこで目覚めた女・さなは記憶がない。たまたま乗り合わせた透子が自分の家に連れてきて一緒に住み始めるのだが、そこはセリの家と全く同じなのだ。

それ以降しばらく、同じ家を舞台に、全く交錯することなく2つの異質の物語が進行する。違う時代を描いているのか、パラレルワールド的な話なのか見当がつかない。

セリの話のほうは、如何にも女子中学生という年代的な特徴を追って、割合日常的なのだが、さなの話のほうはさなが何者なのかだけではなく、なんだか怪しげな仕事に加担しているらしい透子についても謎に満ちている。

このあたりのミステリっぽいタッチには、画作りも含めて、黒沢清の匂いがする。諏訪敦彦は『M/OTHER』しか観たことないのだが、それとも近い気がする。

僕は、なるほど、うまいこと考えたな、と思った。素人がほんの何日かであれ家一軒借りるとなるとなかなか大変なはずだ。こういう設定ならロケーションは1箇所で済むのである。

上映後のトークショーで聞いたところでは、監督はまずこういう設定を思いついて、それからこの家を見つけて、そこから脚本を書き変えて行ったと言う。

かなり巧く作った映画だと思う。画の構成も、話の進み行きも、非常によくできている。PFFアワードのグランプリもさもありなんという感じ。

ただ、僕は、もうひとつ何かが足りない気がする。あとひとつ何かが解決していない。

妻は「解決しちゃったらダメなんだよ」と言う。もちろんそれは解っている。何も全てを解決しろとは言わない。

ただ、この映画は、一番大きなミステリである家の謎はともかくとして、セリの父親が何故失踪したのか、さなは何者なのか、何故記憶を失ったのか、透子はさなに何も明かさずに何をしているのか、透子の前に現れた男は単なる近所の人なのか、など、全ての謎を放置したままなのだ。

花瓶やプレゼントで2つの世界を繋げてはみたものの、それ以上の進展はない。

観客に考える余地は相当残してあるのだが、ここで止めてしまうと、ものすごく楽しめる観客とまるでついて行けない観客に二分されるのではないだろうか?

あと一歩か二歩で良いので、これらの謎にヒントを与えるくらいのところまで踏み込んで、「ああ、それはそういうことだったのか! え、でも、これは?」という感じで終われれば一番良かったのではないかと思う。

ただ、全体のトーン・コントロールは実に見事だ。とても面白かった。

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