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Thursday, November 23, 2017

映画『火花』

【11月23日特記】 映画『火花』を観てきた。

原作は読んでいる。Netflix でドラマ化された時には、再入会してまで観る気にはならなかった。それが今度の劇場版では板尾創路が監督をすると聞いて、期待感が一気に高まった。『板尾創路の脱獄王』も『月光ノ仮面』も大好きな映画だ。

知らなかったのだが、板尾は Netflix 版でも脚本協力を務めていたらしい。

結論から言うと、すごく出来が良い。僕は読んだ小説も観た映画もすぐに忘れてしまうので、この映画が細部に渡ってどれほど原作に忠実なのかは分からない。ただ、原作の中核をなす精神は見事に復元されていたのではないだろうか。

芥川賞受賞以来あちこちで紹介されているので、いまさら筋を書くまでもないと思うが、売れない若手漫才師スパークスの徳永(菅田将暉)が熱海での“営業”でスパークスより少しは売れている大阪のコンビあほんだらの神谷(桐谷健太)と出会ってからの10年間の話だ。

徳永は神谷の天才的なお笑いのセンスに心酔し、弟子にしてもらう。やがて神谷は上京し、真樹(木村文乃)のアパートに居候して、毎日のように徳永と吉祥寺の街を飲み歩くようになる。

うだうだしているだけの日常を描いているのだが、それは漫才師としての日常であり、そこには芸人の世界へのとんでもなく深い洞察がある。

例えば井の頭公園の太鼓のお兄さんのエピソードなんかは見事なパフォーマンス(実演)論になっていたし、神谷が語る思いつきみたいな話がお笑いというものの本質をしっかりと捉えているように思った。

そして、これはお笑いだけの話ではないのだ。たとえば性の営みもその道を極めようとすると変態に走ってしまう。──いや、そんなことはない、それはどこかで踏み外してるんだ、と言う人もいるかもしれないが、僕は同じだと思う。

性の道もお笑いの道も、ともに非日常性を追い続けることなのだから。

仕事でも趣味でも、あらゆるところにそういう面はあるのではないだろうか。この映画はおっそろしくエキセントリックな人物を描いているようでありながら、実はとても普遍的なテーマを扱っている、というのが僕の捉え方だ。

神谷が目指す新しいお笑いが痛々しいほど胸に刺さってくる。そして、真面目に話していてもすぐに即興でボケ/ツッコミ合戦になってしまう漫才師の性(さが)。

脚本があまりに巧いので誰が書いているのだろうと思ったら、板尾創路に並んで豊田利晃の名前があった。ああ、これは大阪が誇る2つの才能の協業だったのかと大いに納得した。

相棒の山下(2丁拳銃の川谷修士)が辞めたいと言い出してスパークス最後の舞台となったライブでの漫才は、あほんだらが自分たちの漫才の音声を使って演じ審査員の顰蹙を買った芸を超えて、これまた非日常と皮肉と諧謔の混ざった怒涛の舞台だった。

しかもカメラはこれをものすごい長回しで緊張感を維持したまま撮り切っている。

いやあ、これはかなり良いぞ。特に主演の2人がものすごく良い。そして、痛いほどの共感が湧く。

ところで、僕の隣の席にきっちり1ダース分の男女老人のグループが観に来ていた。どういう動機で観に来たのかはしらないが、映画が終わってから耳を澄ましていたら、案の定ボロカスにメッタ斬りしているではないか(笑)

そういうところにも芸とかお笑いとか実演とかいったものの真実があるような気がする。これはそういう深い作品である。

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