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Saturday, October 07, 2017

映画『ナラタージュ』

【10月7日特記】 映画『ナラタージュ』を観てきた。行定勲監督。

島本理生の原作小説は読んでいる。が、例によって何も憶えていない。で、例によって映画を見終わっても何も思い出さない。

映画の前に舞台挨拶があった。と言っても、それは僕が観に行った映画館ではなく、六本木の TOHOシネマズだ。そして、僕らが見せられたのはそこから日本全国の映画館への生中継。ふーん、最近はこんなことやるのかと驚いた。

その中継の中で、小野君を演じた坂口健太郎は、この映画を観た男性で小野君に共感を抱く人は多いようだと言っていた。うむ、最初にこのことに触れておくと、僕は全く共感を抱かなかった。むしろ彼の幼児性に嫌悪感を抱いた。

しかし、現実にこういう男、いるよな(どっちにしても僕は嫌悪感を抱くのであるが)。

恋愛映画である。ただし、上記の小野君は主役ではない。主役は映画配給会社に勤務する工藤泉(有村架純)と、彼女の高校時代の恩師・葉山(松本潤)である。話自体は泉の回想という形になっており、描かれるのは彼女の高校時代と大学時代である。

葉山は高校時代の泉を苦悩の底から掬い上げてくれた人であり、彼女にとって文字通りの恩師である。そして、よくあることだが、彼女は恋に落ちる。自分から露骨なアプローチはしない。燃えるような思いを抱きながら、静かに彼からのアプローチを待っている。

小野君は泉の演劇部時代の仲間・黒川(古舘佑太郎)の大学での同級生で、泉たちと一緒に葉山が顧問を務める演劇部の助っ人を務める。そこで泉に横恋慕する。純粋なやつとも言えるが、感情が昂ぶってくるとコントロールできない未成熟な男だ。

一方、葉山のほうは、何を考えているのかよく分からない。泉のことをどう思っているのか。別れた奥さんのことをどう考えているのか。

こんなに煮え切らない男のどこが良いのだろうと思うが、泉は恋愛の泥沼に囚われて行く。でも、葉山の態度にやっぱり何度も挫けてしまう。そんな隙間に小野君が好人物オーラを振りまきながら割り込んでくる。

なんと台詞と台詞の間の間が長いんだろうと驚くところがある(多くは葉山のパートである)。葉山と泉、泉と小野君の、微妙にすれ違う男女のやり取りには息が詰まりそうになる。

普段から目力の強い松本潤に監督は、いつもの 40% にしてくれと注文したらしい。そう、この映画はいつもの松本潤らしいシャキッとした感じがない。まだ 30代前半なのに、「迷える中年」みたいなイメージになっている。

窓の外からの淡い逆光の中でのいくつかのシーン。抱き寄せた瞬間に顔ではなく足許を映したり(そう、落とした卒業証書、落としたシャワーヘッド、脱いだ靴など、この映画では足許がよく映る)、小野君に手を引っ張られて去って行きながら葉山のほうを振り返る泉の何とも言えない表情。

脚本もカメラも役者もみんな良い。あとはこういう恋愛をどう思うかだな。確かに恋愛あるあるなんだけど、それってどうよという妙な抵抗感も覚える。

原作を読んだとき自分はどう思ったのだろうと思って、当時の書評(このブログ内にも置いてある)を読み返すとこんなことが書いてあった。

ところが、最後まで読んでもやはりこの話は純愛の話である。「おいおい、そんなにいつまでも思いを引きずってどうする?」とおじさんは問いたいのであるが、恐らくこの小説こそが、この小説を書くと言う行為自体が、その問いに対する答えなのだろう。

痛みが残り、痛みが甦り、そして、その痛みをしっかりと受けとめる小説である。

この映画もしっかりと受け止めるしかないか。

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