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Saturday, September 30, 2017

映画『亜人』

【9月29日特記】 映画『亜人』を観てきた。原作のコミックスは読んでいないがテレビのアニメは全回観ている(総集編である劇場版の第1部も観た)。

このキャストを最初に聞いた時、多くの人が「違う」と思ったのではないだろうか。なにしろ勉強一筋で行き過ぎた合理主義者の高校生・永井圭が研修医に変えられて佐藤健、恐ろしい中年男・佐藤が何歳も若返って綾野剛である。

それって、どうよ、という感じ。

しかし、ま、高校生(あるいはそれを演じられる年齢)の俳優でこの映画の主演を張れる人を見つけるのは難しいし、細身の中年で味があって、でも強靭なアクションをこなせる役者もいないだろう。実写化する上では仕方のないことかもしれない。

今回はアニメ版の脚本/構成を担当していた瀬古浩司が脚本を書いていることもあり、それほど違和感なく移行できている感じがする。

また、亜人が操る(人間の眼には見えないのだが)黒い怪物 IBM(Invisible Black Matter)の CG についてはアニメを手掛けたポリゴン・ピクチュアズが担当しており原作とのギャップは小さくなっている(何故だか「製作」には東宝映画と並んでプロダクションI.G の名前もある)。

ただ、実写化に当たって設定を触り、ストーリーを変えるのは良いが、やっぱり2時間そこそこでは掘り下げられる限界がある。描かれる人物は全般に平板で、のっぺりした筋運びになってしまっている。

この作品の面白さは、冒頭のシーンで、殺されても死なない(生き返る、しかし、痛みはある)亜人だと判明するのが、ほとんど発達障害のような高校生・永井圭であるところである。彼は独特の自己中心的な発想で人間社会も亜人の組織もかき回してしまう。

そして、その対極にあるのが同じく亜人の佐藤で、彼は人間に対する怨みと悪意に満ちており、すでに狂気じみた破壊者になっているが、一方でその語り口はひょうひょうとして、一見ただの初老の男に見えるところが恐ろしいところだ。

佐藤健も綾野剛もそれなりに原作を踏まえて良い芝居をしてはいるのだが、例えば圭と妹の慧理子(浜辺美波)との微妙な関係性はここでは割り切ってすっ飛ばされ、単なる兄妹愛の物語になってしまっている。

亜人を取り締まる側の厚労省の役人である戸崎(玉山鉄二)も、原作をちゃんと踏まえてはいるが、描かれ方としては一面的である。

などなどと言い出すと、他にもいろいろあるのだが、これはアニメ原作映画では仕方のないことである。むしろここまで人物設定を変えてあるのだから、漫画やアニメのことは一旦忘れて、ひとつの独立した娯楽映画として観たほうが楽しめるのは間違いない。

そう思って観ると、確かにアクションもカット割りも特撮も CG も圧倒的で、息つく暇もない怒涛の対決が次々に繰り広げられる。そう、これはひとえに佐藤と圭の(それぞれに何人か仲間はいるが)対決の映画なのである。

アクション・チームが『るろうに剣心』を手掛けた人たちだと聞いて、なるほどと膝を打ち、そうか、これは現代版の『るろ剣』と言うか、チャンバラなのだと気づいた。

器用な本広克行監督が撮ったウルトラ級のアクション映画だった。

余談だが、戸崎の秘書・下村泉を演じた川栄李奈が、髪の跳ね方から上着の裾のめくれ方まで見事に原作に近かったのと、彼女がこれほどまでにアクションのできる人だったことに驚いた。

映画は意味深なカットを挟んで終わったので、原作とは違う展開での続編があるかもしれない。

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