映画『散歩する侵略者』
【9月10日特記】 映画『散歩する侵略者』を観てきた。黒沢清監督。
映画を観ながら、ところどころで演劇的な匂いがすると思ったら、原作は芝居だった。岸田戯曲賞こそ獲っていないが、数々の受賞歴のある劇団・イキウメの座付作者にして演出家の前田知大の作品。
黒沢監督自身も今回の台本にいつもより台詞が多いことに関して、「最大限イキウメっぽさを出していきたいと考えた」と言っている。
この劇団はSF/ホラー的な芝居をするらしく、黒沢清のテーストにぴったりである。そもそもは小説版を読んだ黒沢が映画化したいと申し出たところ、前田自身が黒沢映画の大ファンであったことから両者の交流が始まったらしい。
ともかくこれは設定が全てと言って良い作品だ。宇宙人が地球を侵略する話なのだが、この宇宙人の姿は地球人には見えない。彼らは地球人の体を乗っ取って地球人になりすまし、地球人との接触を通じて地球人のことを学習しながら侵略の準備を進めている。
で、いきなり出てくる宇宙人はこの学習が途中の者ばかり(地球人の側から言えば宇宙人に体を乗っ取られたばかり)なので不気味なのだ。
そのうちのひとりが行方不明になってから突如腑抜け状態で保護され、妻の鳴海(長澤まさみ)の元に帰ってきた真治(松田龍平)。そして、セーラー服を着て全く感情のない暴行を繰り返す女子高生・立花あきら(恒松祐里)。3人めが口の利き方がどこかおかしくてカチンと来る天野(高杉真宙)。
冒頭はいつもの黒沢清で、ともかく怖い。血まみれの惨劇のあとカメラが玄関に寄る、また少し寄る──その怖さ。そしてドアが開いて惨劇の続き。
初めの数分間に女子高生の金魚掬いと超能力で横転させられる大型トラックというとんでもない場面の組合せを見せてくれる。
宇宙人たちがどのようにして地球人の情報を集めるのか、そして、その対象となった地球人がどうなるのか?──この辺の設定がこの作品のキモである。知らないで観たほうが間違いなく面白いと思うのでここには書かないが。
そこにジャーナリストの桜井(長谷川博己)や厚生労働省の品川(笹野高史)らが絡んできて、中盤は犯罪小説のような風合いをまとい、鳴海と真治のふたりはやがて夫婦のあり方の究極的な問題に入って行く。──この辺りがいかにも演劇的な進み行きで、僕は少し嫌な感じもしたのだが、でも、そこがこの物語のミソであることは間違いない。
そして、最後は宇宙人と政府当局との戦闘であり、天変地異の如き宇宙人の来襲である。
黒沢組初参加の恒松祐里は、黒沢作品を「光がすごく印象的」と語っているが、長年のファンの僕からすると、黒沢清は曇天の映画作家だと思っている。曇り空がとても怖いのである。
そして、自ら「新しもの好き」であると認める黒沢は OSMO と MILO というカメラを使ったとのことで、これはステディカム同様に手持ちの揺れを防止するのだが、コンピュータ制御なのでステディカムのような緩慢な揺れが全くないという。
そうか、それがあの玄関に寄る画がまるでホラーもののゲームの CG みたいな怖さを出していたのかと納得した。
この映画は黒沢作品としては不条理感が少し後退してやや薬臭い面もある。だが、田中幸子との共同脚本は極めて巧みに構成されており、観ていてとても面白かった。
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