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Saturday, September 16, 2017

映画『交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション1』

【9月16日特記】 映画『交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション1』を観てきた。12年前に始まったテレビのシリーズは全回見ている。生涯で観たアニメの中でもとりわけ好きな作品と言える。ただ、その後作られた何本かの映画は全然見ていない。

ただ、「とりわけ好き」などと言っても、僕の場合は見終わったらどんどん忘れてしまって、面白かったかどうか以外のことはほとんど憶えていないのが常である。今回もこの映画を見終わってから漸く少しテレビのことを思い出した、というのが正直なところだ。

見ている途中の感想としては「おいおい、これでいいのか?」ということだった。観ている僕のほうが焦るような感覚があった。

テレビで使った素材に新しく書き足して映画にすると聞いていたので、概ねテレビ・シリーズのストーリーをなぞるんだと思っていたら、じっちゃんも出てこないし、エウレカさえも出番が極端に少ない。

序盤のクライマックスであるアミタ・ドライブについても少し触れるだけ、と言うよりも、それが何なのか全く分からないままの中途半端な描写である。

おまけに物語は時系列に語られるのではなく、時間が切り刻まれて、レントンが過去を述懐する順番に入れ替えられており、だからすこぶる分かりにくい。

テレビ・シリーズを知っている観客に対してはこんな構成でも良いのかもしれないが、初めて見た人には何のことだか分からないだろう。「ほんとにこれでいいのか?」というのが正直な感想だった。

だが、気がついてみると設定が変えられているところもある。レントンはビームス夫妻の養子ということになっている(テレビ版でレントンを育てた祖父が消えているのは、その声優さんがなくなったということもあるのだそうだが)。レントンの父の最期も克明に描かれている。

だから、これはテレビ版とは同じようで同一ではない物語なのである。言わばテレビ版の再集約みたいなものではないかな。精神だけは活かして、もう一度一から作り直した物語。決して再構成ではなく、あくまで再集約。

エウレカとレントンの出会いなどがほとんど描かれていないのは残念だが、テレビを観てきた者には自然とエウレカとレントンの記憶が染み付いている(僕のような細かい記憶がない者にも、彼らの“想い”は残っている)ので、不思議に読後感は広がるのである。

まあ、これは往年のエウレカ・ファンと製作チームの同窓会のような作品なのだろうなと思った。

それにしては客層が若いのが気になったが…。

いずれにしても、来年の「2」も再来年の「3」も観るつもりである。本当の評価はそれからで良いのではないだろうか。

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