『青白く輝く月を見たか?』森博嗣(書評)
【8月9日特記】 僕はこの手の SF小説というジャンルは読み慣れていない。ただ、この作家の本は読んだことがある。デビュー作にして第1回メフィスト賞を受賞した『すべてが F になる』だ。
コンピュータのことを学び始めた僕にとって、このタイトルからしてめちゃくちゃ面白かった(もっとも読んで初めて「ああ、そういう意味だったのか」と気づいたのだが…)。
で、最近の僕の興味は AI であり、シンギュラリティである。今回もまたこの人の小説が興味のど真ん中に刺さってきた。
海底5000mに沈没した潜水艦の中で、ほとんどの人間たちには忘れ去られながら、静かに稼働し続け、そしてディープ・ラーニングによって進化し続ける人工知能オーロラ。
その潜水艦に核弾頭が積まれたままになっていることを危惧する政府に頼まれて、ハギリ博士はオーロラとの接触、ひいてはコミュニケーションを試みる、というような話だ。
博士の周りのサブキャラたちがまた良い。
人間なのか、ロボットなのか、あるいは人間には違いないのだが現代の我々とは根本的にどこかが違う人間なのか、それとも小説の中で「ウォーカロン」と呼ばれる存在なのか──そんなことを考えながら、博士のボディガード役のウグイという女性のイメージを描く。
オーロラを助ける少年シモンも同様。何十年も前に死んでいるはずのマガタ博士。彼女がどうやらハギリを招聘したらしい。
そして、博士の脳内に埋め込まれたチップを通じて会話する(こちらは形をもたない)人工知能デボラ。──こういった登場人物(?)たちの正体を詮索しながら僕らは読み進む。
展開は結構サスペンスに満ちている。ハギリは学者だからアクション・シーンなどないが、その分をウグイが受け持っている。
そんな中で、人とは何か、人工知能はどういう進化を遂げるか、というテーマが、気がつけば静かに語られている。
「そうそう、君たち(筆者註:人工知能)が学ぶのは、言葉になったデータなんだ。そこがラーニングの最も大きな落とし穴といえる。人はね、大事なことは言葉にしない」
「頭脳回路の局所欠損によるニューラルネットの回避応答が、偶発的な思考トリップを起動する。インスピレーションのメカニズムは、これらの転移の連鎖から生じるものであり、人類に特有のものではない」
その先が知りたくなるような小説である。
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