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Tuesday, May 16, 2017

つぶやき8年

【5月16日特記】 twitter を始めた当初は、気にしても仕方がないとは思いながら、やっぱりフォロワー数の増減が気になった。公式でも何でもないとは言いながら、勝手に社名を掲げて社名を背負って呟いていたので、増えれば幾分誇らしく、減ればそれなりにプレッシャーを感じた。

だから、一挙にフォロワー数が増えたときなどは、「僕なんかフォローしてもあんまりご期待に添えないと思いますけど…」みたいなことをついつい呟いてしまいがちだった。こんな僕に過大な期待をかけられると辛いな、という心の現れである。

でも、考えてみれば、フォロワー数が僕の人間性や人格を測る指標であるはずがない。本来それは僕の書いた(呟いた)ものに対する人気の指数である。面白ければ読む。読みたければフォローする。──ただそれだけのことだ。

僕の書いたものを以て僕という人間の品定めをしようとする人もいるかもしれない。もちろんそれは勝手だが、でも、まあ、そんな勝手な評価を僕は気にする必要はないのだ。

比較的早くにその境地に達し得たのは、僕がインターネットを(日記や交流の場などではなく)基本的に作品(著作物)の発表の場だと考えているからである。

評価されるのは僕の作品である。あるいは、評価という言葉を使うのは少し大げさで、僕の作品は単に好かれたり嫌われたり、あるいは拡散されたりされなかったりするだけのことなのかもしれない。

もちろん、読んでくれる人が増えたら多少とも嬉しいし、減ったら多少とも淋しい。それは仕方がない。でも、逆に言うとただそれだけのことだ。

逆の立場で考えてみればよく分かる。僕が誰かをフォローしないのは(あるいはフォローを外すのは)その人の人格を否定しているからではない。自分の個人的な趣味趣向や関心で、「面白そうだ、読みたい」と思うコンテンツを購読して、そうでないものはフォローしない。──ただそれだけのことだ。

だから、実生活上の友だちであっても、僕に興味のないテーマばかり書いている人や、アカウントは作ったのに休眠状態にある人は、twitter であれ facebook であれ決してフォローしないし、友達申請もしない。Instagram でも、挙がっている写真がいいなと思った人でなければ、友だちであろうとなかろうと、むやみにフォローしたりはしない。

だからと言ってその友だちを低く見ているわけでも何でもない。ただ、極めてシンプルに、自分の読みたいもの、見たいものを選んで購読しているだけのことだ。誰が書いたものであるかなんてむしろどうでも良いことだ。

もちろん知っている人だから面白いということもある。それはどっちでも良い。ただ、面白いと思ったらフォローするだけのことだ。逆に僕も、僕の書いたものも、そういう風に接してくれると一番嬉しい。

ただし、そういう考えをしてくれない面倒な奴もいる。知り合いであろうとなかろうと。

例えば「友だちなんだからフォローしてくれ」というニュアンスで来る友だちである。ま、そういう場合は少しぐらい我慢してフォローするか、あるいはいっそのこと友だちでなくなるか、どちらのストレスが大きいかで決めれば良い。

随分話が逸れてしまったが、twitter もやり始めてもうすぐ丸8年。あんまり力が入らずに呟けるようになったかな、ということを言いたかったのである。

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