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Monday, May 01, 2017

映画『暗黒女子』

【5月1日特記】 映画『暗黒女子』を観てきた。耶雲哉治監督。

(具体的には書いていないけれど、最後の方まで読むと多少ネタバレになっています。先入観なくこれから観たい方はお読みにならないでください)

冒頭から名門お嬢様高校の読書サークルの朗読会という、ものすごく芝居掛かった設定、そして芝居掛かった台詞回し。原作はいま流行りの“イヤミス”のヒット小説だとか。確かに嫌な気持ちになる。

主人公は2人、読書サークルの会長・小百合(清水富美加)と前会長のいつみ(飯豊まりえ)だが、いつみは既に死んでしまっている。鈴蘭の花を握りしめて屋上から飛び降り自殺したことになっているが、実は殺されたのだという噂がある。

その死をめぐってそれぞれの部員(平祐奈、小島梨里杏、玉城ティナ、清野菜名)が創作した物語を朗読するのが、今日の朗読会の主旨である。ただの朗読会ではなく闇鍋を食べながらというのが笑ける設定だが、これはその後の展開に必要だからだ。

その辺りの物語の転がし方が見事に取って付けたような牽強付会である。人物の描き方も極めて類型的で、如何にも頭で考えましたという人工的な匂いのする作品だ(舞台の作品だったら、多分これほどの違和感はなかっただろうが)。

4人の少女たちはそれぞれに部員のうちの誰かが真犯人だという物語を書いて発表する。不思議なことにそれぞれの作品は結果的に重複することなく4人の部員を犯人に仕立て上げている

確かに少女たちの、この年代特有の残酷さ、あるいは一部の女性にありがちな身勝手さをうまく表した部分もある。脚本も、自分で蒔いた種を全部自分で刈り取った手際の良いものだと言える。

ちなみに脚本を書いたのは岡田麿里。『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない』や『心が叫びたがってるんだ。』など、今までずっとアニメを手がけてきた人。

うーん、こういうのはアニメで表現した方が良かったかもしれない。冒頭では「舞台の作品だったら」と書いたが、これを実写の映像でやってしまうと、なんとも言えない非現実感、逸脱感に溢れてしまっている。

もちろん、こういうのを無邪気に楽しむ人もいるのだろう。確かに多少とも現実離れしているからこそ楽しめる面もあろう。現実離れしているところに救いがあるとも言えるのだろう。

しかし、ふと思ったのだが、こういう役柄と展開が清水富美加にはこたえたのかもしれない。

彼女を出家に追い込んだのは、ヒトの形をした化物が人肉を喰う『東京喰種』という作品だったと推測した人は多いと思うのだが、決定打を与えたのは存外この作品だったのかもしれない。

あのどんでん返しを面白いと喜ぶのか、それとも茶番と感じるのか、それは人によって異なると思う。いずれにしても「よく考えたな」とは言えるのかもしれない。

ただ、最後のどんでん返しをひとりで担っている小百合の役柄が、それを演じる清水富美加に大きな打撃を与えた可能性がある、と僕は思うのだ。それほど醜悪な映画だった。

同じように醜悪な人物を演じた飯豊まりえの、僕は大ファンである。彼女は彼女なりにこの役を楽しんでくれたと信じたい。そして、女優としてもっと高いところまで到達してくれることを祈るのみである。

ま、こんな風に後味の悪さを苦々しく反芻している僕は、それこそ作者の思うツボなのかもしれないが(笑)

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