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Tuesday, March 21, 2017

コンテクストに戻る

【3月21日特記】 頭の中があまりまとまらないうちに早まって facebook に投稿してしまった文章を、少し整理してこちらに再掲することにした。

3/17(金)に TV meets Data という角川アスキー総合研究所主催のセミナーがあったのだが、それを聴いていて思った断片的なこと:

イベント自体は第一部が AI やディープ・ラーニングについての対談、第二部が角川アスキー総研ライフログ研究所が新指標「スポンサードバリューインデックス」を紹介する「ネタ出し放談」であったのだが、今回僕が書こうとしているのはその本質部分ではない。ただ聴いていてふと思ったことを書いてみる。

前半の対談(ドワンゴ小田桐氏とスクエニ三宅氏、司会はアスキー総研遠藤氏)で出てきた話なのだが、ニコ動で、とあるあまり面白くないアニメの最終回に「このアニメ、みんなと一緒じゃなきゃ最終回まで見れなかったよな」というコメントが流れたとのこと。

逆に言うと、内容がつまらなくても、「みんなと一緒に見てる」という “思い” があれば最後まで見てくれるということ。

マクルーハンに「オーディエンスはコンテンツである」との言葉があるそうで、そんな古い本にそんなことが書いてあったのかと驚く。

この日の対談でも、「コンテンツだけではなく如何にコンテクストを付与するか」という発言があった。

もし、今「テレビ離れ」というものが進んでいるとしたら、僕らはその “コンテクスト” を見失っているのかもしれないという気がした。コンテクストとは、ある種の参加意識である。

では、そのコンテクストを作れば良いではないか、そのコンテクストはどうやったら作れるのか?

例えばそれは twitter や facebook などをうまく活用するということかもしれないけれど、「面白い番組を作ろう」として必ずしも面白い番組が作れるわけでもないように、twitter や facebook をうまく使おうとしても必ずしもうまく行くわけでもない。

twitter や facebook を使うのは良い。ただ、それはコンテクストを紡ぎ出す魔法の杖ではないのだ。

思えば昔、僕らは自然にコンテクストの中で生きていた。誰と示し合わすこともないのに、これを観ていないとクラスで話について行けない番組が自然に醸し出され、自然に存在していた。

僕らはそれを取り戻すことはできるか?──いや、もう、多分できない。

時代は変わった。今は僕らがコンテクストを引き寄せるのではなく、僕らがコンテクストの中に入って行くことを考えるべきだろう。

それは常時同時配信をすることではなく、テレビ受像機というひとつの機械の中でリアルタイム視聴もタイムシフト視聴もできるようにすることだと思う。

僕らはコンテクストから抜け出してしまったのだ。僕らが今やるべきことはコンテキストを取り戻すことではない。コンテクストに戻ることなのではないだろうか?

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