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Thursday, November 03, 2016

映画『湯を沸かすほどの熱い愛』

【11月3日特記】 映画『湯を沸かすほどの熱い愛』を観てきた。映画館で予告が流れ始めるより前に、とある映画関係者からこの映画は素晴らしいという話を聞いていたので。

しかし、それにしてもこのタイトルはどうだろう、という思いがあったので、本当に良いのだろうか半信半疑であった。

主人公が末期癌で余命幾許もない家族もの、という設定で強引にお涙頂戴に持って行く魂胆が丸見えな上に、とんでもなくベタなタイトルではないか。

「湯を沸かす」と来たのは舞台が銭湯だからだろう。何という安易な発想か。そもそも「へそが茶を沸かす」という表現とかぶるのでうまくない。おまけに風呂の湯となるとせいぜい 42~43度である。煮えたぎる愛のイメージではない。

てなことを思って観始めたのだが、いやあ、びっくりした。べらぼうに巧い脚本である。

冒頭の煙突と、銭湯の入り口、そしてそこにある貼り紙。それだけで物語の舞台と設定を簡潔に説明する手際の良さ。貼り紙にはこう書いてある。「湯気のごとく主人が蒸発しました。当分の間湯は沸きません」。

洒落ている。そして、縁語を持ってきてタイトルを踏まえている。早くもこの時点で「悪くない映画かも」という印象に変わってきた。

蒸発した銭湯の店主・幸野一浩をオダギリジョーが、残された妻・双葉を宮沢りえが、そして、娘の安澄(あずみ)を杉咲花が演じている。家族はこの3人。

ところが、ある日職場で倒れた双葉が病院で検査を受けたところ、今からでは治療の手立てがない末期癌だと判る。しかし、双葉はいつまでも打ちひしがれているのではなく、残される家族のために気丈に動き始める。

と、こう書けば紋切型のお涙頂戴ドラマに見えるだろうが、ストーリーの仕掛けはかなり手練手管で、描き方はものすごくきめ細かである。

冒頭で今は母子家庭状態の親子が描かれている。娘の安澄は母親の一挙手一投足にいちいち不満を言う。

双葉は娘を玄関から送り出し、自転車を出しながら「途中まで乗って行く?」と訊く。安澄は案の定「親と二人乗りなんて恥ずかしい」と答える。安澄は「恥ずかしい親で悪かったわね」と言いながら、自転車で安澄を追い越して行く。

そこで終わると、単に難しい年頃の娘と気をもむ母親の微妙な関係ということになる。しかし、双葉は安澄を追い抜いた後、振り返ってにっこり笑う。それがとても良い笑顔である。そして、安澄も一瞬遅れてにんまり笑う。この一瞬の遅れも良いし、笑顔自体もとても良い。

つまり、何のかんの言って、この母子はとても良い関係なのである。

宮沢りえが上手いことは僕がわざわざ指摘するまでもないが、杉咲花という役者がこれまたべらぼうに上手いのである。僕が彼女を見初めたのは2013年のTBSの金ドラ『夜行観覧車』で、あの時から並外れた演技力だと思ったが、さらに磨きがかかっている。

そして、双葉は探偵を使って蒸発した亭主を見つけ出し、料理用のおたまじゃくしで殴って連れ戻し、家族と家業を建て直しにかかる。

さて、そこからである。そこから単純な美談が重ねられるような映画ではないのだ。

ネタバレを避けるため書かないが、あちこちに仕掛けのある、とても入り組んだストーリーになっている。冷静に考えたら無理やり作り上げた感が残っても仕方がないのだが、そんなことを思わせる間もなく観客を引っ張って行く。

とにかくよく練られた脚本である。ストーリーの進行上、別になくても構わない(他の設定でも構わない)ものが出てきたら、それは必ず後で何かと繋がって来ると思ったほうが良い。無駄が全くない。銭湯の壁の富士山も、蒸発した亭主のパチンコも、その場限りのものではないのである。

いろんなことが、いろんな人物が二度三度繋がって来る。設定からして、最後に双葉が死ぬことは目に見えている。ストーリーはその制約に縛られている。そんな中でこれだけのうねりと仕掛けをこしらえた中野量太監督(脚本も)の構成力にただただ舌を巻いた。

意表を突く展開が次々に用意されており、親と子の関係というテーマが様々な登場人物の組合せで二重三重に描かれる。そして、その親子の血を意識してなのか、赤い色の描写と、そして台詞による赤色への言及がさらにそこに塗り重ねられる。

見終わってみれば、むやみに煮えたぎる熱さではなく、人の体を温めるための湯を沸かすくらいの愛でこそあるべきだという気さえしてきた。へそが茶を沸かすなんて言って申し訳なかった。

久しぶりに映画を観て落涙する羽目になってしまった。

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