映画『ヴァンパイア』(東京国際映画祭)
【10月29日特記】 東京に引越したので、以前から観てみたかった東京国際映画祭に行ってきた。
せっかくの国際映画祭なので外国映画のチケットを取ろうとしたのだが、狙った作品は予約殺到で取れず、取れそうでかつ観たい映画を探した結果、岩井俊二監督、2012年公開の『ヴァンパイア』に申し込んだ(その直後に予約システムはダウンした)。
全編カナダ・ロケ、台詞は全て英語で、脇役の蒼井優が唯一の日本人出演者である。
郊外の寂れた場所で待ち合わせた2人。ハンドルネームで自己紹介している。どうやら自殺サークルのサイトで知り合った男女らしい。
2人はこれから一緒に自殺することになっているようなのだが、男のほう(ケヴィン・セガーズ)はメールのやり取りの履歴を消すことに固執していたり、誰かに目撃されることを極端に恐れていたりする。
タイトルと合わせて考えると、このあと2人がどうなるかは推して知るべし。そう、彼はヴァンパイアなのである。
しかし、彼は獲物の頸動脈に噛みついたりしない。そもそも人を襲わない。言葉巧みに自殺志願者を誘い、血液を全部1リットル瓶に抜き取る。そして、それを飲む。
そう、これはタイトルとは裏腹に、伝統的なイメージの上には全く乗っかっていないヴァンパイア映画なのだ。
彼は高校で生物を教えている。認知症で体中に風船をつけた母親と2人暮らしである。母親が監禁されているとの通報で警官が来る。疑いは晴れ、何故かその警官に気に入られ、週末お互い家族連れで一緒に釣りに行き、警官の妹に一目惚れされる。
そこから話は新たな展開に入る。ヴァンパイアの生活を続ける主人公と、それを知らずまとわりつく警官の妹──というサスペンス的な要素がないではない。でも、これはエンタテインメント作品ではない。静かに死生観を語る映画である。いや、死を語るように見せて、実は生きることの息苦しさを語る映画である。
主人公が、蒼井優が扮する留学生に何故自殺してはいけないかを語るシーンがある。その理由がものすごく面白い。如何にも生物学者らしく、その分だけ逆に非人間的でもある。自殺者から血を盗む男が自殺という行為の誤りを説くという矛盾がある。
ことほどさように、この映画の中ではいろいろな揺らぎが描かれる。
いつも通り自殺志願者を釣ろうとして、うっかり集団自殺に巻き込まれそうになったときの狼狽。同好の士を装った男が、単なるレイプ魔であったことを知ったときの嫌悪感。一旦は血を抜き取ろうとした女性に対する突然の躊躇…。
意味が緻密に織り込まれている。
そして、この監督の特徴は何と言っても画がきれいなこと(この映画では撮影も岩井俊二が務めている)。同じ人物や風景を撮っても、他の監督ではこんなに印象深い画にはならない。どの角度でどの部分を切り取ったら良いかが撮る前から分かっているのだ。
映画祭の企画として、終わってから30分間の Q&Aタイムがあった(と言っても、実体はイベント・プロデューサーと岩井監督の対談になってしまって、会場からの質問募集は1つだけで終わったのだが)。
その中で司会役のプロデューサーは「静謐」という語を使ったが、岩井監督は「しつらえ」とか「気配」という単語を充てて語っていたのが印象的である。まさにそういう言葉にふさわしい画作りなのである。
非常に統一感のある映像作品だった。いつもの岩井ワールドであることは言うまでもない。
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