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Sunday, August 07, 2016

映画『秘密 THE TOP SECRET』

【8月7日特記】 映画『秘密 THE TOP SECRET』を観てきた。正直よく解らなかった。

死んだ人の脳に科学的な処置を施して脳だけを生き返らせ、それをスキャンしてその人の記憶を映像に固定することによって真犯人を突き止める警察の組織「第九」の話。

原作があるらしい。少女漫画なのだそうだ。

SF と呼ぶにはあまりに実現性が低いと思う。だいいち死んだほうの脳には頭蓋骨を剥ぎ取って脳に直接多数の電極(か何か)を埋め込んで行くのに対して、それを読み取る担当者は線がいっぱい繋がったヘッドキャップを被るだけというのは如何にも無理がある。

いや、だけど、映画なんだからそんな風に「設定上のリアリズム」から逸脱していても構わない。だが、「進行上のリアリズム」からは外れてはいけない。僕はどうもこの話が進行上のリアリズムに乗り切れていない気がした。

そもそも2時間の映画にするには複雑すぎる話だったのだろうか?

映画を単調にしてしまったのは俳優たちへの演技指導だと思う。みんながみんな、大声でがなりたてるか、顔をしかめるか、泣くかの3つの演技しかしていないのである。

違うパタンで演じていたのは謎の精神科医を演じたリリー・フランキーだけである。あと、すでに死んでいる凶悪犯・貝沼を演じた吉川晃司も抑えた演技をしていた。

しかし、凶悪犯を捕まえる側の「第九」のメンバーたちは、生田斗真も岡田将生も松阪桃李も栗山千明も大倉孝二も平山祐介も、みんな一様に力が入り過ぎである。

映画のオリジナル・キャラであるがさつな所轄の刑事を演じた大森南朋が怒鳴り散らすのは良い。でも、それがアクセントにならなければならないのに、他のメンバーたちも同じようにがなりたてるので、全く意味がなくなってしまっている。

女性研究員の木南晴夏にまであんなしかめっ面をさせる意味が分からない。彼女の持ち味であるコメディ・リリーフ的な資質を活かすことは考えなかったのだろうか?

大友啓史が監督をして、高橋泉が彼と共同で脚本を書いているのに、なんでこんな映画になっちゃったんだろ? 不思議で仕方がない。

この映画でも大友監督はかなりの長回しで撮っていたらしいのだが、今回は全く印象に残っていない。俳優たちの演技がそれくらいベタ一色だったということである。

とは言え、まあ、映画自体はあまりに白黒がはっきりするような展開にはしていない。適度に謎を残したまま話を閉じ、それによって余韻も適度に残っている。それが救いかな。

でも、脳の記憶を映像化する科学的な部分も、凶悪犯の動機も、凶悪犯の記憶を見てなぜ歴代の捜査官は皆おかしくなってしまったかということも、なんだかよく分からないまま終わってしまった感があり、それまで「余韻」だと言われるとちょっと辛い。

見終わって帰ろうと思ったら、斜め前の観客が「ああ、疲れた」と言った。僕もそんな感じ。

ただ、この手の作品によくある、あまりに陰惨な結末で観なきゃ良かったと思わせるような形にしていないことだけは評価したい。読後感はそれほど悪くない。

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