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Saturday, July 30, 2016

映画『森山中教習所』

【7月30日特記】 映画『森山中教習所』を観てきた。森さんと山中さんが共同出資した教習所かと思ったらそうではなく、これは「もりやまちゅう」と読む。廃校になった中学校を改装した非公認自動車教習所の話である。

そこに通うことになったのは2人。たまたまではあるが高校の同級生だった。

ひとりは脳天気な大学生・清高(野村周平)。底抜けのお人好しで楽天家で、と言えば聞こえは良いが、簡単に言うとアホ・キャラである。そして、それと対照的なのが、高校中退後にヤクザになった轟木(賀来賢人)。こっちは無表情で暗い。

そもそも轟木がこの田舎の教習所に送り込まれたのは、夜中に無免許で組の車を運転していて、チャリンコに乗っていた清高を轢いてしまったから。組長(光石研)が「この際ちゃんと習ってこい」と言って、自分の息の掛かったこの教習所に連れてきた。

ところで、轢かれた清高の死体は、とりあえず車のトランクに放り込んでおいたのだが、教習所に着いてみたら、なんと清高は気絶していただけで傷一つ負っていなかった。しかも、彼もまた運転を習おうと思っていたところだった。

豊島圭介監督の作品は何本か見ているが、作風的には結構振幅の大きい人だと思う。ただ、その根底にはバカバカしいコメディへの愛着が強い人なのではないかと思う。

今回はその線の話だと思って見始めたのだが、どうも様子が違う。笑えるところがそんなにないのは良いとして、笑えるところでもクスッとしか笑えない。単なるドタバタにする気じゃないんだ!

しかし、そう思って観ると、一体何を描きたいんだろ?と思えてきて、次第に飽きてしまった。そう、中盤ちょっとかったるい。でも、そこから辛抱して観ているとだんだん解ってきたのである。

──うん、これは彼のコメディ路線の作品ではなく、むしろ前々作『海のふた』の世界なのだ。コレコレだと言葉で言い表せない人間のありようを描いている気がする。

清高に片思いしている(と言うか、つきあっていたのに振られた)松田さんを演じている岸井ゆきのがものすごく良い。彼女の出演作品では今までで一番大きな役をもらったのではないかな。

映画の中で唯一、清高に面と向かって、「アンタはおかしい、変だ、人間として欠けている」などと言える人物である。そのくせ、どんなに振られても清高が好き。

映画の冒頭はその松田さんのバスト・ショット。場所はその後も何度も出てくる食堂。松田さんと清高のワン・ショットを切り替え切り替え、間抜けな会話を見せて行く。このシーンで清高は松田さんと別れて教習所に通うことを宣言する。

で、彼が「教習所に行く」と言った途端にカメラが引いて、いきなり周囲の画音(食堂内の客の会話や給仕の様子)が入ってくる。そこで、そうか、今までは2人の声以外の音を全部消していたのか(と言うか、環境音を被せていなかったのか)と気づく。

この演出に、なんだか知らないけれど、僕は取り込まれてしまった。

で、途中中だるみしたものの、変な家族(ダンカン、根岸季衣、麻生久美子)が経営する、卒業しても免許がもらえるわけではない教習所でのやたらと自由な教習や、清高の失業中の父との確執、轟木のこのままヤクザになるかどうか揺らぐ気持ちなどを描いて、映画はゆるゆると進んで行く。

原作漫画があるらしいのだが、すごい物語だしすごい脚本だと思った(脚本は和田清人と豊島圭介)。

途中まであまり何も起こらない映画であっても、往々にして最後のほうでちょっとした事件が起こり、主人公は映画を終わらせるために走りに走ったりするものである。

この映画にはそういうところが全くない。しかし、2台の車が踏切ですれ違うというだけのシーンで、主人公が何かを思って走るのと同じ重さを吹き飛ばすカタルシスを与えてくれた。

この映画は拾い物。結構捨てたもんじゃなかった。賞は獲れないかもしれないが、僕は高く評価したい。

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